12 VS四魔神・青龍

 範囲が広すぎて、全ては止められなかった。


 咄嗟に創り出した盾で一番激しい部分を食い止め、乱気流みたいな余波の部分は斬撃を飛ばして散らした。

 地上に大きめの雷が数本と、細い雷が何本も落ちてしまった。被害が少ないことを祈るしかない。


「急に何するんだよ」

 滞空したまま、[威圧]を伴って青龍を睨みつける。竜の力を全開にしているから、たぶん今、瞳は金色になっている。

 青龍は、蛇状の胴体が蜷局を巻いている状態なら、竜の姿のラクより小さい。伸ばしてどのくらいの長さがあるのか、想像したくもない。

「いまのをあっさりと防いでおいて、何を言う」

 だから全部は止めきれなかったんだってば。

“俺は反応もできなかったのだが”

 もう僕の心の声を場の全員が読んでくれてるなら、僕は喋らなくてもいいんじゃないかな。


「理由は言えぬが、壊してもらわねば困るのだ。聞いてくれなければ、また今のをやるぞ」

「させない」

 霹靂を発した方法は見切った。次は出す前に潰せる。

「私の攻撃は、これだけではないぞ」

 頭上に、黒い雲が渦巻いた。内部に膨大なエネルギーが立ち込めている。あれは僕の力じゃ潰せない。

“借りるぞ”

 ヴェイグが竜の力ごと、右腕を操った。消滅魔法の黒い球が見たことのない大きさと速さで発動し、雲を消し去る。

 次の瞬間、右手がばちり、とダメージを受ける。それも、ヴェイグがすぐに治癒魔法で癒やしてくれた。

“やはり俺には使いこなせぬな。すまん”

「平気、助かる」

 気にしなくていいのに。痛みぐらい、耐えられる。

 右手の先に、ヴェイグが消耗した分の魔力球を創ると、ヴェイグがそれを受け取った。


「これも防ぐか。ならば、この大陸を落とそうか」

「は?」

「私を壊せば、大陸は空に留まる。さあ、どうする?」

 選択肢は一つしかない、って思ってるのかな。


「大陸を止めつつ、お前の攻撃も防ぐ。理由を聞くまで壊さない」

 今の僕が全力を出せば、そのくらいできる。

 本気だということを知らせるために、大陸全てを覆うサイズの盾を創り、大陸の下の空間に浮かべてみせた。


 僕が青龍の希望を聞かないと言っているのに、青龍は盾を見て恍惚とした声を出す。

「素晴らしい……この力を待っていた」

 なんか気持ち悪いなこいつ。

“気持ち悪いやつだな”

 ヴェイグと考えが完全に一致した。


「改めて、頼む。私を壊してくれ」

「断わ……」

“ひとに何かものを頼むなら、こちらの頼みも聞け”

 ヴェイグの一言で、目が覚めた。僕の頭からすっかり抜けていた考え方だ。

「確かに、いささか失礼だったな」

 青龍まで納得してしまった。

 当たり前の一言を発しただけなのに、ヴェイグ凄いな。

 あと、青龍はナチュラルにヴェイグの声聞こえてたんだね。


“俺たちは自身に纏わりつく呪術が、周囲に悪影響を与えるのを無効化するすべを探している。ここに手掛かりがあると聞いてきた。何か知らないか”

 ヴェイグが慎重に言葉を選びながら、青龍に問いかける。

「ならば、私を壊せ」

“アルハが嫌だと言っている”

 さすがのヴェイグも苛立っている。

 青龍は両眼を一度閉じ、また開いた。

「全ては話せないが、今の私に言えることだけ伝えよう。お主らの呪術に心当たりがある。しかし、呪術そのものを消せば、お主らも消える。だろう?」

“……そうだ”

 やっぱり、そうか。


 [解呪]は、人に良い作用をもたらす数少ないスキルの一つだと思っていた。

 確かに、普通に呪術に冒されただけの人にとって、呪術を取り払えるのは良いことかもしれない。

 では、僕とヴェイグに[解呪]を使うと、どうなるか。


 僕もヴェイグも、本来は死んで終わってたはずの人間だ。

 ヴェイグに施された『よみがえりの呪術』で、ヴェイグは魂のみ生き返り、僕はヴェイグの魂の器として転生させられた。

 僕は呪術をかけられた覚えはない。だから、この身体に[解呪]を使って真っ先に影響があるのは、ヴェイグだ。


「絶対やらないからね」

“ああ”

 僕の性格上、有り得ないことだとヴェイグも分かってくれている。


「私以外の四魔神たちは……ああ、お主らは、あやつらには慈悲を与えたのか」

 他の四魔神とは、白虎、朱雀、玄武のことだ。成り行きで、僕とヴェイグで倒している。

「四魔神は、呪術が生み出した存在と言っても過言ではない」

 確かに、白虎と朱雀は呪術が絡んでいた。

「玄武は?」

「太古の昔にあの山へ封じられた魔物が、時に火を吹き、山自体を神として崇められた存在だ。お主らのような呪術の塊が近づいて、目覚めたのだ」

“呪術の塊……皮肉なものだな”

 ヴェイグはディセルブが呪術の研究を続けていたことを、とても嫌悪している。そんなヴェイグが呪術で構成されているのだから、皮肉と表現したんだろう。


「世界中の呪術を消滅させ、お主らだけにでもなれば、影響は少なく済むだろうよ。それには……ほれ、目の前の、別の呪術を消したらどうだ」


 悩むのは、時間の無駄だ。選択肢は最初から一つしかなかった。

 それでも、こいつを壊すのは……こいつの言いなりになるのは、よくない気がする。


 ヴェイグも同じことを考えている。だから、何も言わなくなってしまった。


「むぅ、手強いな。なら、お主らの大事なものを壊させてもらうぞ」

 青龍の前に、鏡が出現した。表面がこちらを向いているから、僕の全身が映っている。瞳は金色になったままだ。


 鏡の表面が一瞬光ると、次に映ったのは……メルノだ。


「おい」

 自分の声が、一段低くなる。

「みっつ、数えた後に、この者を殺す」


 数える間は、与えなかった。


 左腕に全力を乗せて、青龍の眉間めがけて拳を叩き込む。

 針先ほどの小さな一点に凝縮させた力は、青龍の身体にぶつかった瞬間、ピッ、とあっけない音をたてた。

 引いた拳に血が滲んでいるのは、握りしめすぎて自分の爪で手のひらを傷つけたせいだ。

“やはりメルノに何かあれば、世界が滅ぶな”

 ヴェイグ何か言っていたらしいが、何も聞こえてなかった。


「は、はは……これで、ようやく……」

 衝撃が青龍の全身に伝わるまで、数秒かかった。

 僕の全力の打撃は、青龍の身体を粉々に砕いたようだ。

「メルノは無事だろうな」

 すぐに転移魔法で帰りたいけど、こいつがちゃんと死ぬのを見届けなければ。もどかしい。

「感謝するぞ……異世界の……」

 口は崩れ落ちたのに、まだ声が聞こえる。


「これで、ついに、完成する」



 青龍が不穏な言葉を残していたのを、僕は聞き逃していた。

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