11 くねくね

 マデュアハンへは、[異界の扉]を使っても行くことができなかった。


 食料の調達のために、一旦近くの町へ降りた。

 戻ろうと扉を出して……その後、どう頑張ってもマデュアハンにつながらなかった。

“大体の座標ならば覚えている。動きの予測もしてあるから、現在地の割り出しにさほど時間はかからん”

 ヴェイグが賢くて本当に良かった。僕一人だったら、虱潰しに探すしか手がなかったよ。

 そのヴェイグの予測地点にも、扉は出せなかった。

 転移魔法の印が付けられない時点で、マデュアハン大陸について、ある仮説が浮かんでいた。

 それなら、[異界の扉]が出せないことにも、こじつけ気味ながら合点がいくのだ。


 空を飛んで、無事マデュアハンに戻ってきた。

 食料はひと月分ほど買い込んである。

 これで、本当にここなら呪術の影響がでないかどうかを調べ上げるのだ。


「メルノ達を連れてこれないのがなぁ」

“仕方あるまい”

 高度のせいで、空気が薄いらしい。

 らしい、というのは、僕は気付かなかったからだ。

“アルハの身体だから耐えられる環境なのだろう。俺は慣れたが、地上よりも疲れやすいな”

 ヴェイグが身体を使って楽しそうに探索していたのに、妙に早く交代してきたから何事かと思ったら、それが原因だった。

 人や魔物の気配は敏感に察知できるのに、空気が薄いのに気付かないとか、人間としてどうなんだろう。

 

 トーシェが融合してから、身体機能がいよいよ化け物じみてきた。

 一番どうなのと思ったのは、髪の毛が自在に動かせるようになったこと。

 髪はヴェイグに“魔力が宿ると信じられているので、アルハが短いと違和感を覚えられるかもしれん”と言われてから、なるべく切らないようにしてきた。

 身体機能強化で新陳代謝も活発になったようで、伸びるのが早い。

 流石に、腰を越えたら適宜切り揃えている。

 マデュアハンで身支度の最中、髪をまとめている紐が切れた時、じゃあ自分で括るか、って自然と髪を操ってお団子状にまとめていた。

 流石に引いた。気付かずやったことにも引いた。

 ヴェイグからも久しぶりに、

“何だ今の”

 が出た。

 お団子ヘアは落ち着かないので、別の紐で括っておいた。



 僕の視力やスキルがないと見つけられない大陸は、飛べないとたどり着けない。

 ディセルブの飛行船でも無理だ。

 そんな大陸を探索して2日目に、人工建造物を見つけた。


 大陸の中心から北へ十数キロの地点に、祠のようなものがあった。

 木と石となにかの金属が組み合わさった柱と屋根があり、中央に白くて丸い石がある。全体のサイズは二十メートル四方くらいで、石のサイズは直径十メートルほど。

 白い石の真ん中には短剣の形の窪みがある。

「まさかなぁ」

“ものは試しだ”

 無限倉庫から取り出したのは、ディセルブで譲り受けた滅茶苦茶重たい短剣だ。

 ディセルブの剣の間解析班からの連絡はまだないが、ヴェイグが受け取った黒い剣の方は、竜由来だと確定している。

 こちらの短剣については、何の情報も得られていない。

 装備しようにも、どんな固定具も重さに耐えきれず、身に付けられないため、ずっと仕舞ったままだった。


 短剣を窪みに置くと、カチリと小気味良い音がして、ぴったりおさまった。


「サイズはジャストだね」

“ふむ。何も起きぬな。もしかしたら、黒い剣の方も置く場所が……む?”


 白い石がふわっと光り、短剣とともに下へ沈みはじめた。

 石があった場所を覗き込むと、もうかなり下まで沈んでいた。


“何か見えるか?”

「光出して」

 ヴェイグが右腕で、照明代わりの光の玉を魔法で出してくれた。

 それを穴にかざそうとした時、地面の下から咆哮が鳴り響いた。


“やはり、そうか”

「でもまだ気配は無いんだよね」


 僕らの仮説というのは、この大陸自体が生き物である、というものだ。

 転移魔法の印は生き物や魔物には付けられないし、[異界の扉]を生物の体内に出すこともできない。

 仮説の域を出ない理由は、生き物や魔物の気配を全く感じないことだけ。


 それも、一つ考えが浮かんだので、早速実行する。

「気配を感じないというよりは、麻痺してたのかもしれない」

“麻痺……そうか”

 常に全開にしていた[気配察知]を、ほんの僅かな範囲に狭めてみる。

 その瞬間、全身にぶわわと鳥肌が立った。

“どうした”

「あってた。生き物で正解だよ」

“何?”


 範囲を狭めた[気配察知]は、僕のすぐ近くにいる生き物だけを捕らえた。

 僕が今踏んでいる大地がそれだ。

 相手の気配が強すぎて、全開の[気配察知]では逆に気配が飽和していたんだ。


 これだけ強い相手なら、今の僕の全力を試しても大丈夫かな。

 ……そんな物騒な考えが頭をよぎってしまった。

 相手が強いからって、僕が喧嘩していいってわけじゃない。


「相手してやってもいいぞ」


 白い石が沈んでできた穴から、咆哮と同じ声がした。文字通り、地の底から鳴り響く声だ。

 普通に僕の心を読まれた。

「理由がないから、やめておく。妙な考えを持ったことは謝る」

“もう俺では相手にならぬからな。致し方ないだろう”

 ヴェイグはヴェイグで僕の心というか考え方や感じ方を完全に理解している。

 つい先日までは、ヴェイグが魔法で創ったゴーレムを相手にスキルの練習ができていたのに、トーシェが融合してから、全く相手にならなくなってしまった。

 本当にこんなに力要る? と思う自分と、竜の力を受け入れる前に厳かな声に言われた『必要になりますよ』がひっかかっている自分がいる。


「相手にしてくれねば、困る」

「え?」


 地の底の声が何か言い出した。


「私を壊してくれ」

「何故」

「理由は言えない。そして、お前にしかできない」

 これだけの強さだ。確かに僕にしかできないだろう。

 

 壊すってマイルドな言い方してるけど、要は自殺志願だ。


「その気になれないなら、この力をもって、世界を破壊するが」

 僕より物騒なことを言い出した。

「それは嫌だな。ヴェイグ、来るよ」


 白い石があった穴から、蒼い光がすごい速さで立ち昇った。光は石を覆っていた祠の屋根を突き破り、はるか頭上で、角と手足の生えた蛇のような形をとった。


“青龍か?”

「青……龍?」

 龍の字に違和感がある。ラクや、僕が取り込んだのは“竜”の力だ。

“ラクたちは、あの青龍の子孫か化身だと言われている。原初の竜だから、龍だ”

「なるほど」


 死にたい理由をちゃんと聞こうとしたら、青龍は地上に向かって凄まじい霹靂を落とした。

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