10 探索の果てに

 ヴェイグにお説教を頂いた。


「何かと契約するときは、内容を精査するものだろう。俺は確かに、内容を聞かずにアルハの頼みを了承することもあるが、相手を選んでやっていることだ。アルハは精霊はおろか、トーシェの性質すら知らぬまま融合を了承したのだぞ。これがどれだけ愚かなことか、分かっているか?」


 精霊の即席世界を出て、ご飯を食べて、ちょっとゆっくりして、寝ようかというタイミングで身体を取られた。

 僕が起き上がった直後は安心してしまって、僕が無事だったからなんでもいいや状態だったらしい。時間が経ってから、怒りがふつふつと湧いてくるタイプだ。

 たっぷり一時間は中で正座してました。


“ごめんなさい。もうしません”

「精霊との融合は、人1人につき1精霊までだ。別の精霊と融合しようとしたら、前の精霊が消えるか、そもそも融合できない」

“え、えっと。似たような事例に遭遇した場合は、まず内容を精査します”

「うむ」

 反省を口にして、ようやく解放された。でも身体は返してくれない。

「どうせ明日も地図の作業をする。このまま、明日の夜まで休め」

“食事の支度は……”

「まだ携帯食料があるだろう。適当に食べておく」

 出来合いのものを食べるだけなら、大丈夫かな。

 即席世界にいたときはヴェイグが僕の保護者みたいだったのに、食事の話になると僕がヴェイグのお母さんみたいだな……。



 翌日、ヴェイグは有言実行して、一日中身体を明け渡さなかった。

 身体の主導権で有利なのは、圧倒的に僕だ。その気になれば、ヴェイグがどれだけ抵抗しようとも、僕が自由にできる。

 だからって、ヴェイグから無理矢理主導権を奪おうとは考えない。

 反省の意を示すわけじゃなく、ヴェイグが僕を心配してくれてるのが十分わかってるから。


 夜になり、一日中おとなしくしていた僕が中で伸びをすると、ヴェイグも地図から顔を上げた。

「アルハ、食事の支度を頼んでもいいか」

“勿論”

 食事なんて腹が膨れたらなんでもいい派だったヴェイグが、携帯食料を2食続けただけで手料理が懐かしくなったらしい。

 ぶつ切りにした肉を串刺しにして焚き火で炙っている間、地図の進捗を聞いた。

“殆ど終わったと考えている。だが、7つ目の大陸がありそうな場所は、見当がつかない”

 大陸というくらいだから、それなりの広さがありそうなのに、世界にそんな隙間は見当たらないという。

「探せば分かる、みたいな言い方してたもんね。小さな島だったらお手上げだよ」

 手詰まりになってしまった。

 串焼きに塩を振ってから、ヴェイグと交代する。ヴェイグは串焼き肉を美味しそうに食べ始めた。

 中にいても、視界の方向は割と自由だ。肉を見つめる視界を外して、空を見上げる。

 よく晴れていて、星空がはっきり見える。

 ぼんやり眺めていると、黒い点を見つけた。

 黒い点は、じわりと動いている気がする。

 鳥か魔物か、はじめはそう決めつけていた。

 どちらにしても、動きが遅い。鳥はあんなにゆっくり飛んでいられないし、魔物は人が真下にいるのに滞空するとは考え難い。


「ご馳走様。どうした、アルハ」

“なんか、変なのある”

 上を見たままヴェイグに伝えた。ヴェイグも空を見上げる。

「どこだ?」

“見えない? ええっと、これでどうだろう”

 感覚を共有できるのだから、視界も共有できないかな、と試してみた。無事成功したようだ。

「……随分遠いな。この距離であの動きをしているなら、相当大きな何かがあるぞ」

“行ってみようか”

 わからないなら実物を見に行くまでだ。

 交代し、野営の跡をざっと片付けてから、飛んだ。




「まさか、これのこと?」

 と言いつつ、ヴェイグが「相当大きい」って予想を立てた時に、薄々感づいていた。

“他になければ、これとしか考えられぬな”

 ヴェイグは意外と冷静だ。


 空に浮いていたのは、巨大な島だった。

 島と言うには巨大過ぎるし、他の大陸と分断されているから、やっぱり大陸と呼べるかもしれない。

 僕らの意見は、これがマデュアハンである、で一致した。


 早速上陸したものの、辺りは真っ暗だ。動物の気配はなにもない。

「探検するのは明るくなってから、でいいかな」

“そうだな”

 この意見も一致したので、ひとまず焚き火と寝袋だけ用意して、眠りについた。


 久しぶりに、よく眠れた。

 いつもは、呪術を撒かないよう気を張っていたことに、今更ながら気づいた。



 次の日から、早速探索を開始した。

 とにかく広い。今の僕でも一周するのに丸一日かかった。

 目視で探しても、動物は虫の類しか見当たらなかった。魔物の気配も全く無い。

 植物は地上の他の大陸と変わらない程度に生えていて、川や湖もあった。

 起伏は少なめで、一番高い山でも五百メートルくらいだ。それも、切り立った岩山はなく、斜面のなだらかなものばかり。


「菜食主義者になるか、家畜を育てれば、ここで生きていけるね」

“それも一興だな”

 一言で表すなら、平和。楽園だと言いすぎかな。


 無限倉庫から簡易テントを取り出して、一番見晴らしのいい場所に設置した。

 そういえば、随分高い場所なのに、トイサーチみたいに温かい。

 地表から見て動いているのに、日のある時間も一定だ。

 このサイズで地上から雲より高い位置をゆっくり動いてるなら、衛星と言うべきなのかな。天文学はよくわからないや。


 ここと地上を自由に行き来したい、という願いは、ヴェイグの実験結果によって崩れた。


「印がつかぬな」

 印とは、転移魔法の目標地点を定めるための魔法のことだ。

 大抵地面や建物など、動かないものに付ける。

 ものにも付けられるけど、「それを海底に沈められて、知らずに転移したら」怖いので、普通はやらない。

“テントに付けたら?”

「駄目だった。この大陸に属しているものは一通り試した」

 僕が「スキル:全」を持っているように、ヴェイグは「魔法:全」というチートを持っている。

 魔法に関してヴェイグで駄目なら、他の誰にも不可能だ。

“確か、付かないものの条件あったよね”

 僕も一応魔法を使える。ただし、どれだけ練習しても、一般人未満程度しか使えない。

 練習の過程で、魔法についてはヴェイグに一通り教わった。

“火や水みたいな、流動的なもの。魔力やスキルで創ったもの。それと……そういうことかな”

「だとしたら、少々面白いな」

 場合によっては、面白がってる場合じゃないんだけど……やっぱりちょっと、面白そうだ。

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