7 猛省した精霊
異界から出ると、今度はヴェイグから交代を要求された。
「次はこちらの番のようだ。ウーハンが呼んでいる」
ヴェイグはマリノの熱が下がらない事件のあと、精霊を積極的に喚んでいる。
本当に喚ぶだけで、なんというか、点呼に見える。
でも精霊からしたらそれで十分なようで、ヴェイグに喚ばれてハイテンションからの、帰るときは「また喚んでください!」と元気いっぱいで去っていく。
意義や意味を聞いたら、
「用のあるときに喚ぶだけでは、精霊は人の世界に馴染めぬ。こうして定期的に喚んで、人の世界に慣れてもらっている。……そうだな、点呼だな」
だそうだ。やっぱり点呼だった。
ヴェイグに従うと決めた精霊は無数に居たように見えて、実際は三千ちょっとだった。千でもものすごく多いと思うし、僕なら名前を覚えきれない。頭のいいヴェイグは、既に全員の顔と名前が一致している。凄い。
ウーハンは、僕でも顔と名前が一致する数少ない精霊のひとりだ。精霊の中でも立場が上の方で、まとめ役を担っている。それ故か、精霊界から出ないし、ヴェイグが喚んだこともない。時折、僕とヴェイグみたいに何かしら不思議な力で他の人には聞こえない会話をしている。
“ってことは精霊界? いや、あの即席のとこ?”
精霊界は人の世界と時間の流れが違いすぎて、人は入れない。
「即席の方だ。行くぞ」
ヴェイグが最後まで言い切った直後、僕らは再び、カラフルファンシーな世界に立っていた。
「ここは大丈夫なのかな」
マリノの熱が下がらなかった原因は、トーシェと言う名の藻の精霊が、マリノの精霊に取り憑いてしまったせいだった。
トーシェは暴走状態だったように思える。
もしかしたら、呪術の影響だったかもしれない。
「長時間居座るわけではないからな、心配ない」
この世界では、僕とヴェイグはそれぞれ身体を持つことができる。
僕は僕の身体で、ヴェイグは以前のヴェイグの身体だ。
相変わらず、ヴェイグは顔が整ってらっしゃる。
謝りたくなるのをこらえていたら、すぐにウーハンがあらわれた。
「お呼び立てして申し訳ないです。またトーシェが」
「ヴェイグさまああああ!!」
真っ白なホイップクリームことウーハンの横を、バレーボールくらいのサイズの緑色の藻玉が駆け抜けてヴェイグに飛びついた。
ヴェイグが思わず胸に抱きとめると、藻玉から黒い糸が2本、シャキンと生えて、ヴェイグにひしっとしがみついた。
「トーシェっ! あなた調子乗ってんじゃないわよ!」
ウーハンがクリームみたいな毛を何本も細く伸ばして藻玉ことトーシェをぺしぺし叩きながら怒鳴りつける。
「落ち着け。今度は何だ」
ヴェイグはあくまで冷静だ。トーシェの背中というか裏側をぽんぽん叩いて、鎮静を試みている。
トーシェの方は、ヴェイグにひっついてるのが安心するらしく、線と点しかない顔なのに安らかに見える。
「何事だ」
ヴェイグはトーシェを剥がすのを諦めて、ウーハンに尋ねた。
「すみません、ヴェイグ様、アルハ様。そのトーシェがどうしてもお二人に話があるって聞かなくて」
ウーハンはひたすら申し訳無さそうに言葉を続ける。
「僕も?」
思わず自分で自分を指差すと、ウーハンが全身をふるふるさせた。どういう意思表示なの、それ。
「話を聞く限り、アルハ様のことを言ってるんですが、本人がよくわかってなくて」
僕は魔法が苦手で、どれだけ練習してもうまく使えない。
ヴェイグが命がけで僕に魔法と使い方を渡してくれた時は使えたのに、その時の感覚は頭からも身体からも、きれいさっぱり消えて忘れてしまった。
だから、精霊召喚魔法なんて高度な魔法は、使おうとしたことすらない。
僕がここに呼ばれているのは、僕とヴェイグの魂が繋がっていて、ヴェイグだけ呼べないから、という理由だったはずだ。
何なら前回呼ばれた時、僕はトーシェのこと、引き千切っちゃったし。
ああ、そうか。僕を一回殴りたいとか、そういう理由かな。
「アルハ様、どうしてきっちり正座されてるんですか?」
「トーシェの気の済むようにしていいよ」
「あれはこやつの自業自得だろう」
ヴェイグは僕が何のつもりか、察してくれた。
ここでようやく、トーシェがヴェイグの胸から離れた。
ぽす、と地面に降り立ち、ヴェイグを見上げた。
「ヴェイグ様、お話があります。以前おれを千切った人を呼んでください!」
やっぱり殴られるかな。
っていうか、僕ならすぐ横にいるのに。どうもこのトーシェという精霊は、周囲が見えないタイプだ。
「先程から、俺の隣りにいるのがそうだ」
「え? ……えっ!?」
横で、長い身体をなるべく小さく畳んで正座している僕を見て、トーシェがのけぞった。
「この人が? だって、もっと怖くて強くて」
怖かったか……。
「アルハは俺や、親しい者を害する相手に容赦しないからな。強さなら、俺などより遥かに強いぞ」
僕が微妙な顔で黙っていると、トーシェは浮き上がり、僕を真正面からまじまじと見つめてきた。
「金色の瞳に睨まれた覚えがあるんだけど、黒ですよ?」
僕とヴェイグを交互に見ながら、トーシェが疑問を呈した。
「アルハ、できないか」
やろうと思ってやったことじゃないからなぁ。そもそも自分の瞳の色って鏡とか使わないと確認できないし。
自分でも半信半疑になりつつ、ぎゅっと目を閉じて、あの時のように竜の力を身体中に巡らせる。全身にばりっと電流のようなものが走り、トーシェが驚いてヴェイグの背に身を隠した。
「どうかな」
そっと目をあけて、ヴェイグを見ると、頷いてくれた。成功したようだ。
「これで納得できる?」
ヴェイグの背中から、身体を半分だけ出しているトーシェにも尋ねる。
トーシェは明確にぶるぶる震えながらも、身体を前後に揺すった。たぶん頷いてる。
「は、はい、あのときの人だ。アルハ様っていうんですね。おれトーシェです」
震える黒い糸を、僕に差し出してくる。握手でいいのかな。精霊の感情や表情って解りづらい。
恐る恐る握り返すと、トーシェがほっと力を抜いた。
「あのときは、ごめんなさい。それと、ありがとうございました。アルハ様が止めようとしてくれなかったら、ヴェイグ様をもっと傷つけてた。コマにも、謝りました」
謝罪とお礼をされると思ってなかったから、思わず硬直してしまった。
そんな僕に、トーシェはさらに続ける。
「アルハ様。おれを、取り込んでください」
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