6 戦場跡

▼▼▼




「ラク、黒い剣と灰色の重い短剣について何か知らない?」

 女子会から一夜明け、オーカ、リースと共にジュノ国へ戻ったラクは、イーシオンにそう尋ねられた。

 よくよく話を聞くと、それらの武器はディセルブという国の城の地下に安置されており、部屋の内部の古代文字を解読した結果、竜が関わっていることが判明したという。

「黒い剣の方なら、少し心当たりがある。アルハ達も剣について何か思案していたようじゃったが……あの時はアルハがそれどころではなくなったからのう」

「なにそれ、聞いてない」

「長うなるで、また今度じゃ」

 ラクがはぐらかすと、イーシオンはあっさりと引き下がった。

「心当たりって?」

「似た剣を振り回していた竜がおってな。そやつが言うには、黒い剣は黒竜が死んだ後に現れるとか」

 ラクは「眉唾ものじゃがの」と乾いた笑いを上げた。アマドの言い分を信じていないらしい。

「黒竜?」

「む、黒竜は人に斃された原初の竜じゃぞ。人が知らぬとは、どういう了見じゃ」

 ラクが不機嫌そうな面持ちで周囲の人間を見ると、人間たちはより困惑を深めた。

「聞いたことがないわ」

「俺もだ」

「存じ上げません」

「剣のことを除けば、ラクに会うまで竜とは縁がなかったよ」

「同じく」

 口々に言われ、今度はラクが混乱した。

「あれだけの出来事を、忘れ去ったというのか」

「どんな内容なのか、話してくれないか。別の事物に置き換わって伝わっているかもしれない」

「竜より弱いと思うておった人が、竜でも敵わぬ竜を討ち取った話じゃ。黒竜は、今もって史上最強の竜と考えられておる。竜の長でも敵わなかった黒竜を、人の勇者が仲間とともに、様々に工夫をこらした武具で黒竜を倒した、と伝えられておる。覚えはないか?」

 それぞれ思いを巡らせるが、やはり心当たりはない。

「何かを倒す話はたくさんあるけど、似た状況の話に心当たりはないわ」

「竜の間では有名な話なの?」

「有名も何も、生まれる前から知っておる。竜は記憶を受け継ぐでな」

「記憶を……。竜とは神秘の存在だな」

 ハインは深く感心し、何度も頷いた。


 剣のあった部屋の文字は、ほとんど解読できていない。それなら直接見ようということになった。

 ディセルブでの案内役のイーシオンと、ラクの付き添いのハインが、ラクと共に異界を通っている。

「異界ってこんなふうなのか。アルハも使えるの? じゃあアルハと会える?」

 イーシオンが好奇心を抑えきれず、ラクを質問攻めにする。

「お互いが会おうとすれば会えるが、アルハは今、誰とも会おうとせんでな」

 イーシオンの質問にはむしろ楽しそうに答えていたが、アルハの状況の話になると、途端に顔を曇らせた。

「ちょっとぐらい、いいのに」

「アルハめ、自分だけが我慢すればいいと思っているかと、言うておったのはどちらじゃ……」

 ラクとイーシオンが同時に暗くなる。

「なに、あいつらのことだ。すぐに解決策を見つけてなんとかするだろう。それまでの辛抱だ」

 ハインが懸命に明るい声を出す。それで二人も、気を取り直すことにした。


 異界を抜け、ディセルブの地に扉が出現した。

 中からイーシオン、ハインの順に出てくるが、ラクがなかなか出てこない。

「ラク? ……ラク!」

 ハインが扉の中を覗くと、ラクが胸を抑えてうずくまっていた。

「どうしたの!?」

 イーシオンも慌ててラクに駆け寄る。

 ラクはなんとか顔を上げるが、顔色が悪い。白い肌から更に色が抜け、土気色になっている。

「すまぬ、イーシオン、ききたいことがある」

「何!?」

「アルハは、この地に来たことがあるのじゃな? その時のアルハの様子は、変わりなかったか」

 何故今、そんなことをと聞き返したかったが、答えを優先させた。

「二回くらい来てるけど、特になんとも……それよりラクが」

「慣れるまで、しばらくここに留まる……ハインはイーシオンと城へ行っておれ」

「慣れるって何にだ?」

 ラクは何度か深呼吸をし、ハインを見上げて笑顔を作って見せた。


「おそらく、この地で黒竜が倒れたのじゃろう。その穢れた気が、わしに馴染まぬだけじゃ。数日で、慣れる」


「ならば俺もここに……っ!」

「わっ!?」

 ハインとイーシオンはラクから発せられた衝撃波に突き飛ばされ、強制的に扉から外へ出されてしまった。

 扉が閉まり消えてしまうと、もう二人には為す術がない。

「一体どうしたんだろう」

 立ち上がったイーシオンがハインを見ると、ハインは座り込んだまま、動かなかった。

「ハイン、ここに居ても仕方ないから、城へ」

「いや、俺はここでいい。イーシオンは城に行け」

「……。わかった」

 イーシオンは城へ向かって走り出し、あっという間に見えなくなった。

 と思いきや、行ったのと同じスピードで戻ってきた。

「はい」

 手には、旅をする者のように大きな荷物を持っており、その半分をハインに手渡す。

「これは?」

「野営のやり方、教えてよ」

 受け取った荷物を広げてみれば、新品の寝袋や野営道具が一揃い。数日分の食料と水も入っていた。

 同じものを、イーシオンが地面に広げている。

「お前も、待ってくれるのか」

「僕はハインに、冒険者について教わりたいだけだ」

 寝袋を手に取り、「どう使うの?」などと言いながら、ハインにニッと笑ってみせた。

「なんだかアルハに似てきたな」

 イーシオンに聞こえないようにつぶやき、顔を上げた。




◆◆◆




“ラク?”

「どうした、アルハ」

 いつものように瞑想していて、ふいにラクが異界にいるような気がした。

 しかもなんだか、具合が悪そうだ。

“異界へ行く”

「わかった」

 ヴェイグの地図づくりを中断してもらって、交代する。

 すぐに[異界の扉]を出して入った。


 少し歩いただけで、ラクのいる場所へ辿り着く。相変わらず異界の法則はよくわからない。

“これは一体”

 倒れているラクに近づき、再び交代してヴェイグにラクを診てもらう。

「病気の類ではなさそうだな」

 ヴェイグが呟くと、ラクがぴくりと反応した。

「儂のことは、心配いらぬ、放って……」

「おくわけにいかないだろう」

 譫言を言うラクを膝に抱えて治癒魔法を当てる。少し顔色が良くなったかな。

「……ヴェイグ? !? アルハ!? な、なぜここに」

 目を開けたラクが、今更僕に気づいて驚く。

“何故って、ラクが具合悪そうだから来たんだよ。ヴェイグ、代わるよ”

 ラクから感じる気配は、呪術に似ている。もしかしたらと思って、ほんの少しだけ[解呪]を当ててみた。

「これは、解呪か。ああ、楽じゃ」

 ラクがもぞもぞと体を起こし、そのまま立ち上がり、朝起きたみたいに伸びをした。

「助かったぞ。ハイン達を待たせずに済む」

「何があったの」

「ディセルブに呼ばれての。その、ぬしらの背の剣があった部屋に、竜のことが書いてあったというのじゃ」

“これのことが、わかったのか”

「全部ではない。故に、儂が呼ばれたのじゃ。だが穢れに当てられてのう」

「穢れ?」

「ハイン達を待たせてある。なにか解れば、またここに来る」

 ラクがいそいそと扉を出すから、慌てて離れた。僕が、人のいる場所に近づくのは良くない。

「アルハ、気にするものは居らぬぞ」

 ラクは寂しそうな顔で僕を一瞥して、扉の向こうへ去っていった。

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