36 火山登山

 久しぶりに高く飛んだ。

 下に、火山の頂上が見える。


 竜の力を完全に受け入れてから、飛び続けた後で1日中眠ってしまうことはなくなった。

 それでも念の為、飛ぶのは必要な時のみにしている。

 今は、ヴェイグのリクエストで火山の山頂付近を見物するために浮いている。


 火山の見物と言っても、噴火中ではない、普通の山を鑑賞しているだけだ。

 眺めるだけなら、スキルや竜の力を使えば済んでしまう。

 どうせなら、現地にいないと体感できないようなことを知りたい。


「もっと近くで見たい」

“俺もだ”

 火口から少し離れた山肌に降り立つ。傾斜は緩やかで、すいすい登れる。もっと火口のそばへ寄ろうとして、足を止めた。

“どうした?”

「なんか、揺れてる?」

 地震なんて久しぶりだ。急に日本のことを思い出した。幸運なことに大きな震災に遭ったことはないけど、震度2、3は年に何度も体感していた。こっちの世界で大地が揺れるのは、強めの魔物か竜が出てきた時ぐらいだ。

 と、そこに思い至って、慌てて[気配察知]を発動させる。


 いた。何故最初に気づかなかったのか。地中に気を配ったことがなかったせいかな。

「何かい……わわわ」

 今度は派手に揺れだした。慌てて空に退避する。

 [千里眼]と竜の視力であたりを見回す。幸い、揺れが激しいのは火山と周辺だけのようだ。

“噴火前は揺れるものだが、この規模は尋常ではないな”

「噴火するの!?」

 そういえば休火山になったという話も聞いていない。

 エイシャ村がなくなった原因の噴火が五十年前というだけで、その後噴火したかどうかも。

 もっと多角的な情報収集の必要性が……って、それどころじゃない。


 火口から下向きにヒビが走り、バキバキと割れ出した。


 中から、山と同じサイズの岩塊と、巨大な赤い瞳が現れた。


 山に顔があったらたしかにこれだと納得できるサイズの瞳だ。岩塊に見えたのはおそらく頭で、竜の姿のラクと同じくらい大きい。

 赤い瞳はこちらをぎょろりと見据えた。今のところ、悪意や害意は感じない。

 でも、すごく不機嫌そうだ。

「起こしちゃったかな」

“そんな雰囲気だな”

 活火山の火口付近をざくざく歩く生き物なんて、あまり思いつかない。

 さぞ寝心地のいい環境だったところへ、僕がズカズカと上がりこんだわけだ。

「うるさくして、ごめんなさい」

 空中で腰を折って謝った。頭部に耳らしきものは見えない。聞こえるかどうか、そもそも話が通じるのかはわからない。

 再び山が大きく揺れた。

 身構えていると、赤い瞳は瞼を下ろし、出てきたのと同じゆっくりした速度で、山の中に沈んでいった。


「許してもらえたのかな」

“どうだろうな。これ以上山を踏み荒らすのは止めたほうが良さそうだが”

 宙に浮き、身体をさっきの巨大生物が出てきた方向に固定したまま、山から離れた。


 空中にいるのに、途轍もない振動を感じた。

 大地の揺れが、大気まで揺さぶっている。

 火山は、今度はヒビどころではなくなった。

 ガラガラと崩れ落ち、中から赤い瞳の巨大な亀が現れた。


“玄武だ”

「玄武って、僕が居た世界じゃ水の神様なんだけど」

“俺もそう伝え聞いている”

「じゃあどうして火山に」

“わからん”


 頭だけで竜と同じサイズだから、全身は王都一つより大きい。

 それが、こちらを向いて口をかぱりと開け、火の玉を吐き出した。

 玄武の頭の四分の一ほどの大きさの塊が、目の前に迫ってくる。

「友好的じゃなさそうだね」

 受け止めたり避けたりすると、周辺に被害が及びそうだ。ヴェイグに右腕から消滅魔法を使ってもらった。

“本当に玄武か怪しいな。見た目は完全に言い伝えのそれなのだが”

 次々に火の玉が放たれる。僕の魔力をヴェイグに供給しつつ、片っ端から消してもらう。

 徐々に火の玉の数が増える。そのうち、明らかに僕を狙わずに打ち始めた。


 玄武の気配は魔物のそれではない。

 でも、話は通じなかった。

 このまま放っておいたら、周辺が壊される。人里へ向かうかもしれない。


 起こしてしまって悪いけど、倒すしかない。


 火の玉を消しながら、玄武に近づく。

 まず火の玉を打ち出す口を上から殴りつけて閉じさせた。

 玄武の身体は見た目通り岩で構成されているようで、ガゴン、と硬いものがぶつかる音がして、口の一部が砕けた。

 砕けて割れた場所から、小さいサイズの火の玉が漏れ出ている。

 体内から壊さないと、止められないのか。

“俺も正直気は進まないが、アルハがやれないなら”

「大丈夫。消滅魔法は頼む」

[弱点看破]で火の玉の発生源を探してみる。

 甲羅の奥だ。あれだけ消すのは……無理そうだ。


“ヴェイグ、岩創って”

 魔法なら、隙間にフィットする形を自在に創れる。それで砕けた部分を塞ぎ火の玉の発生を止めた。

 甲羅の真上に、大量の刀を創る。

 最初の一万本で穴を穿ち、最奥めがけてさらに一万本を落とす。

 玄武から鼓膜が破れそうな声が発せられた。生き物の声とは思えない重低音があたりに響く。多分、悲鳴だ。口は塞いであるのに、全身から音を出している。

 念のために飛び上がって穴の奥を確認すると、赤いマグマのようなものが冷えて固まり、黒くなりつつあった。

「止められた、かな」

“とどめは刺さんのか”

「……」

 火の玉の発生源は、玄武の弱点と同義だ。

 それを壊したのだから、玄武も長く持たない。


「やる」

 眠っていたのを起こしてしまい、僕だけの都合で命を奪う。

 褒められる行為じゃない。だからこそ、自分の手で決着を付けないと。


 発生源の上に、もう一度刀を創る。

 今度は身体を完全に貫いた。



 山が一つ消えて、すぐ横にふた周り小さな山が出来上がった。

 辺りには砕けた岩の破片が無数に散らばっている。

 魔物じゃないから、こうして残っている。

“あれが火山の正体だったのかもしれんな”

「それは、どういう?」

“五十年前、火山を気の済むまで調べたと言ったろう。最近、地殻研究の本を読んだ時に、違和感を覚えてな”

 本を読むタイミングは、フィオナさんのところや王城でお世話になっていた時にあった。

 確かに難しそうな本を手にしているなとは思ってた。そんな本まで読んでいたのか。

“それに、先程の揺れだ。五十年前も今も、常の火山とは兆候が少し違う。まあ、この大陸は他の大陸と違うと言われたらそれまでで、俺は専門家ではないし、はっきりとは言えないがな”

 ヴェイグがこんな曖昧な物言いになる時は、大抵僕に気を遣っているときだ。

「うん」

 引きずるのは今だけにしよう。

「帰ろうか」

“そうだな”


 そうして玄武の残骸に背を向けて、すぐに振り返る。


 ただの岩になったはずの欠片が、一箇所に集まりつつあった。

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