35 エイシャ村の物語
結論から言うと、エイシャ村はなくなっていた。
大陸の端の、一番大きな火山の麓にあったその村は、討伐隊を組織せず、見かけた魔物をなるべく倒すという、他の大陸と同じスタンスで営みを続けていた。
村の周囲はそもそも魔物が少なく、資源や動植物が豊富にあり、他の村と交流せずにやっていくことができていた。
そんな村の転機は、五十年前に起きた。
ボーダが丸一日かけて調べてきてくれた話を聞いていて、五十年前というキーワードが出てくると、ヴェイグがわかりやすく反応した。
火山が大噴火を起こした。予兆の小規模な噴火の際に逃げていた村人たち難を逃れたが、何割かはそれで亡くなった。
村は壊滅。行き場を失った人々は、わずかに持ち出せた荷と共に他の人里を目指した。
しかし、村の周辺以外は、積極的な討伐が行われないことによる成長した魔物の巣窟だった。
さらに多くが犠牲となり、生き延びたのはほんの一握りだったという。
「そのうちの一人が、現在、城に仕えています。国の歴史書を編纂する仕事をしておるようです」
黙り込んで俯いてしまっていた僕は、ボーダの言葉に顔を上げた。
「その方にお会いすることはできますか」
「だろうと思いまして、話をつけてあります。国を開いたとはいえ、まだまだ多くは前時代を引きずっております。普段は他所の大陸の冒険者が城へ上がることなどできませんが、アルハ殿は
“なあアルハ。魔物討伐の違いの理由は判明し、村はもう無いとわかった。生き残りに会う必要はあるか?”
確かに。呪術は関係なさそうだし、無くなった村の話を聞いてどうなるわけでもない。
「ヴェイグの昔の話が聞けるかもしれないじゃん」
あるのは、単純な好奇心のみだ。
”それこそ不要だろう”
「いいや必要。僕が知りたい」
僕が断言すると、ヴェイグは止めても無駄と悟ったのか、それ以上反対しなくなった。
城門前の兵士さんにギルドカードを提示すると、すぐに通してもらえた。
王様に会うわけじゃないから、謁見前の面倒な手続きや儀式はない。
応接室に案内され、待つこと暫し。
入ってきたのは、白髪交じりの黒髪を軽く括った女性だ。瞳も黒い。
女性は僕を見て、少し驚いたような顔をした。
「あら、もしかしてエイシャ村ゆかりの方なのですか?」
余程驚いたらしく、迎えるために立ち上がり、女性も立ったままなのに、そのまま質問された。
「いいえ。髪と瞳の色でそう思われましたか?」
「はい。大陸広しといえど、黒髪黒目はエイシャ村のあった、大陸南方の者の特徴なのですよ。昔はもっとたくさんいたのですが」
一旦座ってから話を続けた。
火山の噴火は、エイシャ村以外の人里にも影響を及ぼしたそうだ。
それで、黒髪黒目の人たちは散り散りになり、やがて数を減らしたんだとか。
「だから見かけないのか」
「どちらのご出身か、伺っても?」
「ええと……」
返答に迷う。
ところでヴェイグが先程から難しい顔で黙り込んでいる。
「転生のこととか説明してもいいかな」
“替わるぞ”
ヴェイグにだけ聞こえる声で話しかけたら、突然の交代。よく知らない人と話している最中に入れ替わるのは初めてだ。
「もしや、ニーグではないか」
交代してすぐ、そう尋ねると、ニーグと呼ばれた女性は、口元に手を当てて息を呑んだ。
この世界の男性名と女性名ってあまり区別がないみたいで、僕は未だに名前だけでは男女の見分けがつかないことがある。それでもニーグという響きは、男性名に聞こえた。
「それは、私の幼名です。エイシャ村では幼い子供は、別の性別の幼名を付ける風習がありました。今はニーナと申します」
「なるほど、それでか」
ヴェイグは納得したようだ。多分、この人がヴェイグが助けたっていう子供だ。ヴェイグは男の子と言い切っていたのに、成長したニーグ改めニーナさんをよく見分けたなぁ。
「貴方は一体……?」
ニーナさんは困惑していた。
「言葉が足りなかったな、すまない。アルハにも初めから説明する」
ヴェイグが名乗ると、ニーナさんは三度驚いた。
それから僕らのことを説明し、僕が異世界から来たことも話した。
静かに話を聞いていたニーナさんの瞳から、ふいに涙がこぼれた。
「どうした!?」
ヴェイグが慌てて腰を浮かせる。ニーナさんは首を振り、目頭を押さえた。
「すみません。ヴェイグさんが助けてくれたこと、幼かった当時の自分には理解できていませんでした。ただ、村にやってきた旅人は、私と遊んでくれて……それから急にいなくなったのだと、思い込んでおりました。私を助けて、火山に飲まれていたことは、長じてから……」
「俺の自業自得だ。ニーグが気にすることではない」
ヴェイグはあえて、ニーグと呼びかけた。声色は随分と優しい。
「骨を、拾うこともできなくて」
「俺は今、こうしてここにいる。だからもう、大丈夫だ」
小さく啜り泣くニーナさんが落ち着くまで、少し時間がかかった。
その間、ヴェイグは僕の身体に間借りしていることがどれだけ快適かをニーナさんに語っていた。
本人が目の前というか中にいるのに、性格や行動を褒めちぎるの、そのくらいにしない? 次に出る時どんな顔したらいいかわからないんだけど。
昼過ぎに城へ来て、ニーナさんとの話を終えて城を出ると、日が暮れかかっていた。
“アルハ。エイシャ村の火山へ行きたい”
ニーナさんから、エイシャ村の詳しい位置を聞くことができた。
今いるのが大陸のかなり北の方だから、少し遠い。
遠くても、異界を通ったり飛んだりすれば、すぐだ。
「行こう」
王都を出て、人気のない場所で[異界の扉]を
意外と緑が多かった。背の高い木はないけど、草がぽつぽつと生えている。
「自分で歩く?」
“そうさせてもらう”
お互いに入れ替わるように交代する。
しばらく、ブーツが地面をざくざくと踏みしめる音だけになった。
人はもちろん、魔物も、動物もいない。
少し離れた場所に、高い山がそびえている。あれが火山だろう。
「さすがに、跡形もないな」
村があった場所は、かろうじて分かった。運良くマグマから逃れた人工建造物の名残があった。
「ニーグの家は、こっちだったか」
ヴェイグが記憶を頼りに村を歩く。建物は木造ばかりで、時間も経っている。殆どは残骸すらなかった。
ニーグの家跡地らしき場所に、ぽつりと大きな石が残されていた。
「……!」
「な、何、急に」
突然ヴェイグが中に引っ込んでしまった。あの石が原因らしい。
近づいて、よくよく見てみる。
石もマグマの影響を受けたのか、損壊が激しい。
それでも、刻まれた文言は読めた。
『誇り高き旅人、ここに眠る』
「精霊の世界へ行きたいな」
“……”
「あの場所なら、ヴェイグに触れるのに」
“……”
もどかしさを感じながら、ヴェイグが顔を上げるのを待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます