18 魔力を喰らう剣

 途轍もなく大きな木だと思っていたそれは、何千本もの木の集合体だった。

 集合体は、真ん中で一旦離れて、また一本の木になっている。そこにはステージのような空間があった。

 中央に、紺色の髪の人がいた。座り込んで、僕らを見上げている。


 目が合った瞬間、そいつは厭らしい笑みを浮かべた。気配をよむだけで気持ちが悪い。


「あれがアマド?」

「そうじゃ。どうした、顔が青いが」

「大丈夫」

 ラクや他の竜はなんともないようだ。とりあえず一安心する。

“本当に大丈夫か”

 ラクに聞こえないように、小さく会話する。

「ヴェイグは?」

“俺も見られた。不気味なやつだな”

 ラク以外の竜は、ヴェイグの存在に気づいていない。特に紹介もしなかった。


「黒竜って聞いてたのに、人間じゃん?」

 僕らが無言でアマドの周囲に降り立つと、アマドが立ち上がりながら、そんなことを言ってきた。

 竜の姿のままのラクと5竜がいても、スペースは十分に広い。

「お主こそ、人の姿ではないか」

「まあね。こっちのほうが動きやすいし」

 人の姿になれる竜は限られているようだ。5竜は全員できない。強さではなく、能力差とのこと。

「ラクも人の姿になろ? あっちのほうが美人だよ」

「お主の前でなるわけなかろう」

「でも、そのままだと黒竜に庇ってもらえないんじゃない?」

「黒竜じゃなくてアルハだ」

 竜の姿になった覚えはない。イメージが具現化していたんだろうか。

 しかも黒竜て。僕の二つ名キラキラネームを知っての狼藉か。

“落ち着け。アルハらしくもない”

 無言で苛々していたら、ヴェイグにたしなめられた。

「ねぇ、そっちの君たちは僕を裏切ったの?」

 君たちってのは5竜のことだ。全員、背筋を伸ばして冷や汗をかいている。

「ラクを連れてきたのはえらいけど、この黒竜は何? 余計じゃない?」

 こいつに名前を呼ばれることは無いんだろうな。諦めよう。

「アマド、儂は……」


「その『儂』って一人称やめてって言ったよね?」

 アマドから気持ちの悪い気配がぞぞぞと漂い始めた。

「美しい君に似合わないよ。『私』とか、『わたくし』とか、そういうのにしてよ」

 気配が気持ち悪いんじゃなくて、言動が気持ち悪いのかもしれない。

「お主と儂は、もう関係ないはずじゃ。そもそも、儂を斬りつけてきた者に好意など持てぬ」

「これのこと?」

 アマドの手には金色の剣が握られている。どこから出したか、見えなかった。スキルで創った感じでもない。

 それにしても、あの剣、見覚えがある。どこだったかな……。

「だって、こうでもしないと、ラクが逃げちゃう」

「お主の言動が元で」

「あー、それにしてもチオは役に立ったねぇ」

 ラクの顔がこわばる。僕も、自分を抑えた。

「今いないってことは、あっちで魔物化してくれたのかな? それで、そこの黒竜に殺された、と」

「お主、チオに何をした」

「僕がラクを求めてるよって恋文だよ。“眼”を持つやつにお願い・・・して、チオをあっちに送り込んだだけさ」

 歯ぎしりの音がする。ラクだ。

「“眼”って?」

 問う僕の声は聞こえていないようだ。

「イオは、どこじゃ」

 アマドは何故か上機嫌に、胸糞悪い話をぺらぺらと垂れ流した。


「安心してよ。僕はラク以外の女性に触れたりしないから。“眼”はお願いしても無視するから、ちょっとこの剣でつついたけどね。面白いんだよ、あの2人。本人じゃない方を傷つけたほうが言うこと聞いてくれるんだ」


 ラクが瞬時に人の姿になったかと思うと、アマドに拳を振り上げていた。

 止める間もなかった。

 ラクの拳は金色の剣の腹で受け止められた。

「う、あっ」

 ラクが拳を押さえて後退る。

「何? 邪魔だよ」

 追撃をかけようとするアマドの前へ出た。

 なにか言われたのを無視して、剣の切っ先をつまんで奪い取った。

「は?」

 そのまま、柄を握ってみる。

“アルハ……”

「ごめん。好奇心を抑えきれなかった」

 魔力はつまんだ切っ先から剣に吸い取られていく。柄の部分は大丈夫なようだ。

「これ、剣から魔力取り出せそう?」

 ヴェイグが柄を掴んでいる右手の主導権を取り、暫し。

“無理だな。剣に魔力が定着している。ここから奪うには[吸収]しかないだろう”

「ちょっと! 俺の剣返せっ!」

 剣を奪い返そうと躍起になるアマドを、ひらりひらりと避けながら検証を続ける。

 さっきラクの一人称を指定してたくせに、自分の一人称は“俺”になっちゃうのか。ブレブレだなぁコイツ。

「いい加減にし」

「こっちの台詞だ」

 アマドは両腕だけ竜のものにして、僕に抱きつくように振り上げた。軽く跳んで避け、頭を踏みつける。

「ちょっと黙ってて」

 そのまま木の床に踏み留めた。ジタバタしてるけど僕の動きは阻害されないから問題ない。

 一連の流れの間も、切っ先は左手でつまんだまま、魔力は吸われ続けてる。

“魔力は大丈夫なのか?”

「そろそろ2万くらいかな」

 魔力2万は、最大値3メガの僕の魔力の、たった150分の1だ。

「2万? 何を言ってるんですか?」

 ロムが思わず、といった感じでつぶやいた。そうか、竜にステータスは見れないんだっけ。

「ねえ、この剣でどのくらい魔力吸収できるの?」

 足元のアマドに訊いてみる。意外なことに返答が得られた。

「その剣はっ! 竜100体分の魔力を蓄えると、魔剣と化すんだよ!」

「魔剣?」

「黒い、魔剣だ。伝説の黒竜が死んだ時、体内から出てきたと、言われて」

「黒竜って伝説扱いなの? それと僕をどう見間違え……ああ、髪の色か」

 だったら殆どの日本人が黒竜だ。ワーオ、エキゾチックジャパン。

“黒い魔剣……まさかな”

 背中の剣を意識する。以前ディセルブの城でイーシオンが見つけた、ヴェイグの剣だ。

 この剣も真っ黒で、伝説がどうのと言っていたような。


 魔力は順調に吸われているのに、ステータスを見ていたらおかしな現象が起き始めた。

 魔力が200万から減らない。

 ステータスをよく見たいと思ったら、画面が切り替わって魔力の数字からメガ表記が外れ、1の位まで正確に見られるようになった。こんな便利機能があったのか。

 それで改めてよく見ていると、吸収されて減った分と、時間経過による自然回復が拮抗している。

 てことは、無限に吸わせても僕は痛くも痒くもないのかな。

「いいかげん、足を、どけろ!」

 アマドが渾身の力で、僕の足の下から脱出した。

 僕はと言うと、剣にもっと吸わせてみるべく、魔力の流れを操作した。

 一気に100万ほど流し込む。

 すると、剣は一瞬真っ黒の、ヴェイグの剣に似たものになった。

「同じかな?」

“そのようだな……む?”

 更に魔力を流していたら、ボグン! と鈍い音がして、剣は砕け散ってしまった。

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