19 キャパオーバー

 砕けた、というより粉砕したというか。

 粉々どころか、霧みたいにもやっとした状態になった。


 アマドがもやもやの真ん中あたりをひっかくように手繰る。

「ま、魔剣が……」

「えっと、ごめん」

 思わず謝ってしまう。


 もやもやはふわふわと僕の周りを漂い……胸のあたりへ集まると、僕の中に入ってきた。

「わあっ!?」

 胸に吸込口でもあるのかってくらい、するっと入ってくる。勿論吸込口を付けた覚えはないし、スキル[吸収]は使っていない。あっという間に全て入ってきてしまった。

「……うぅ」

 身体の状態に変化はないのに、なんだか気持ちが悪い。

“アルハ、だいじょ……か……”

 ヴェイグの声が小さい。ヴェイグに影響がでたんだろうか。


 ずきり、と頭が痛くなってきた。頭の内側から、何か出てくるんじゃないかってくらい、ガンガン叩かれている。

 痛みを堪えるために頭を両手で抑える。眼の周りも痛い。眼精疲労でもこんなに痛くなったことはない。

 口から漏れるうめき声が、自分の声じゃないみたいだ。

「アルハ!?」

 ラクの声も遠い。アマドが僕になにかしようとしてるらしい。

 適当に振り払って、木のステージの端へ移動する。今はそっとしといてほしい。

「がっ!!」

 アマドが僕と反対側の壁にぶちあたって声を上げた。


 痛い。痛みを逃す方法はないのか。

 痛みの流れが、魔力に似てる。

 僕に入ってきた剣の欠片は魔力でできてたっけ。

 そうか、キャパオーバーしてるのか。

 それなら、魔力を……。


 もっと蓄えられるように、解放しよう。



 そう決めたら、身体も気分も楽になった。もう痛みはない。

「剣を返せっ!」

 アマドが竜の爪で、僕の薄い胸を貫いた。たとえ切り開いても、剣は僕に溶けたから、でてこないよ。

「アマド、貴様あ!」

 ラクがアマドに向かって飛びかかろうとするのを、片手で制した。

 僕に繋がっているアマドの腕を、下から手刀で斬り落とした。手首から先が、僕の身体に残った。

 そのままスキル[吸収]で手首ごと力や魔力を身体に取り込む。

 塞がった傷を、左手でぽんぽんと叩いて確認する。体力も元通りだ。

「あがあああああ!!」

 アマドが切断された腕をかかげて苦しんでる。ちょっと可哀想かな。そうだ、竜は魔力があれば再生できるんだよね。

 近寄って、アマドに魔力を渡す。アマドが僕を信じられないというような眼で見上げてきた。うん、元気そうだ。


「それで、どうする? まだラクに付き纏うなら、僕が相手するけど」

 アマドは手を再生させながら僕から距離を取り、ぶんぶんと首を横に振った。

「本当に? もうラクの前に姿みせたり、人界に誰かを送り込んだりしない?」

 今度は首を縦に振った。

「ラク、これ信用できる?」

「それよりアルハ、お主、瞳が……。何が起きたのじゃ」

「瞳?」

 さっき眼の辺りが痛かったのは、何か怪我でもしてたんだろうか。

 刀を創り、刃に自分の瞳を映してみる。


 瞳は金色だ。


「何か変かな」

「変もなにも……ヴェイグはどうした?」

「ヴェイグ?」


 ヴェイグ。聞き覚えのある名前だ。名前ってことは、人かな。

 頭の片隅から、自分の声がする。抗議してるみたいだ。自分で自分に?

「ヴェイグのことを忘れたのか!?」

 ラクが僕に近づきながら叫ぶ。

「大きな声出さなくても聞こえるよ」

 両肩をがしっと掴まれた。

「いいや、聞こえておらぬ。お主がヴェイグを忘れるなど、あってはならぬ!」

 そんなに大事な人だっけ。

「そ……」

 口に出そうとして、やめた。それだけは、口にしちゃだめだと直感した。

 ヴェイグって、いつもどこにいたっけ。家で待ってる? 仲間として一緒に旅をしている? ……違う。

 常に一緒だ。隣とか、背中を守り合うとかより、もっと近くに。


「ヴェイグ」

 もう一度、今度は声に出さずに呟く。

“ああ”

 絞り出すような、でも普段どおりの返事。


「……!!」

 本当に、ヴェイグを忘れるなんて、どうかしてる以前の問題だ。

 改めて自分に向き合う。瞳の色、僕は黒だったはずだ。カラコンを入れた覚えはない。

 ステータスを見ると、魔力だけ最大値が5Mになっていた。他の数値は前にチェックしたときと同じだ。

 これを受け入れるために、僕は一体何をした? それはヴェイグを蔑ろにしていいものじゃないだろ!

 自分に対する怒りが収まらない。余計な力は消し去ってやりたい。こんなの、いらない。

“アルハ、それは勿体ないだろう”

「何を言い出すんだよ。そのせいでヴェイグを」

“俺のことはいい、とは言わん。ただ、受け入れたらどうだ”

「無理だ」

 ヴェイグを忘れるようなものなんて、受け入れたくない。

“アルハらしくもない。これまでも、己の力に向き合ってきたではないか”

「……」

“すぐにやれとは言わん。ただまあ、そろそろ俺を出してくれないか”


“ごめん”

「表に出せという意味ではなかったのだが」

“……”

 自己嫌悪で押しつぶされそうだ。




◆◆◆




「ヴェイグか」

「うむ。少し休ませる」

 ラクに目配せし、他の連中への対応を頼んだ。

 アマドはともかく、緑色の竜たちは俺のことを知らぬからな。


「イオはどこじゃ」

「そいつは、あそこの山の麓に」

「生きておるのじゃな?」

 ラクが目配せすると、緑竜のうち、確かパシという名の竜が言われた方向へ飛び去った。

 更にその後、ラクがアマドに、これ以上関わるなと言う旨を話した。俺がその後ろで腕を組み、無言で睨みつけておく。アルハでないから威圧はできず迫力も無いが、やらないよりはマシだったようだ。アマドは俺とラクを交互に見、ラクの要求を飲んだ。


 パシが薄赤い色をした小柄な竜を背負って戻ってきた。眠っているらしい。

「起こすことはあるまい。儂のねぐらで面倒を見よう」

 木の空間を出て、来た時と同じ顔ぶれに、小柄な竜を連れてラクのねぐらへ戻った。その道中、ラクが緑竜たちに俺のことを説明し、俺も自己紹介を済ませた。

「アルハ様の相棒なら、アルハ様と同じです!」

「俺はアルハほど強くはない」

「問題ありませんよ! 俺達、アルハ様の強さは二の次だと思ってるんで!」

「どういう意味だ?」

 最悪、俺には付き従わなくてもいいと言う意味で、強さのことも話した。

 返答は予想外のものだった。

「俺達はアルハ様の心柄こころがらに心酔してるんです。だって俺達と戦った時、アルハ様なら気を失った俺達にトドメをさせたのに、しなかったじゃないですか。それに、俺達がついてくって言った時も、命令とか、ああしろこうしろって……主様呼びだけやめろって言われましたっけ。でもそれだけで」

「ああ、もうわかった」

 ロムがうっとりした表情で次々にアルハを褒めそやし、まだまだ続きそうなのを遮った。放っておいたら何時間でも語りそうだ。

「だが、俺もそうとは限らんぞ」

「アルハ様を信じてますから、その相棒も信じられます!」

 アルハは本人も預かり知らぬところで、竜の信頼を確りと得ていたようだ。


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