17 勢い

 飛んでる間に攻撃された時の受け方をラクに教わっておいてよかった。早速役に立った。

 そもそも、「浮く」という認識を「空中に立つ」と置き換える発想はなかったよ。普通の人間そんなことしないから。

 というわけで、地に着いているときと同じだけ、攻撃を受けたり防いだりできる。

「ああ、お前か。ラクが人界から連れてきた黒竜ってのは」

「僕は人間です」

 食い気味に答えると、浅葱色が僕に受けられたままだった手を引っ込めた。

「そんなわけあるか! 姿を見せろ!」

「違うってば」

「アルハはれっきとした人間じゃ」

 ラクの助け舟も、他の5竜には嘘にしか聞こえないようだ。

「じゃあ、黒竜はどこにいる?」

「恐らく、アルハのことじゃ。それには理由が……」

「嘘ばっか。とっととアマド様のところへ連れて行こうぜ。多少傷つけてもいいんだよな?」

 5竜のうち、薄緑色のやつがヘラヘラしながらラクに手を伸ばしてきた。ラクが身を引いて逃れようとしてるから、僕が間に入って手を押し退けた。

「僕のことは信じなくていい。でもラクは嘘なんか言ってない。連れて行くのも許さない」

「羽虫は羽虫らしく潰れてろ」

 薄緑が蚊でも潰すように、僕を両手で挟み潰した。勿論、やられるわけがない。

 両手を畳んだ状態で受けて、思い切りはねのける。薄緑が少しだけよろめいた。

 それを合図に、他の竜が僕に襲いかかってきた。




「ラク、この後どうする?」

 竜の里へ来た理由は聞いたけど、ここで何をするのかは聞いてない。

「アマドのところへ穏便に行くつもりだったんじゃがのう……」

 ラクが視線をやったところには、返り討ちにした5竜が仰向けになってのびている。

「嫌がってるように見えたから、つい」

「よく知らぬ竜に触られとうないでな」

 同行が嫌なわけじゃなく、触られるのが嫌だったのか。

「それはごめん。でも、行って、どうするつもりだったの?」

 ラクが言葉に詰まる。僕らが半ば無理やり同行した理由は、そこにある。


 ラクはきっと、アマドってやつと、元鞘に収まろうとしてる。


「自分だけが我慢すればいいと思ってる?」

「他に方法がない」

「ラクがアマドのこと好きだっていうんなら止めないよ。でも違うよね」

 僕がラクをじっと見上げると、ラクは観念したようにうなだれた。

「儂はまだ、アルハに礼をしておらぬ」

「何の話だっけ?」

「初めに会った時の」

「あーもー、そういうのいいから! 皆ほんと律儀に、恩返しだのお礼だのと! 僕がいいって言ってるんだから、いいの!」

 この世界の恩倍返しシステムに、牙を剥いてやる。

 受けた恩を返すのは僕もやる。でも皆は、返しすぎだ。

 この世界やこの状態に慣れる前は甘えてたけど、次からはそうはいくか。

 僕は決意に満ちて、指をびっとラクに向ける。

「そのアマドとかいう束縛野郎を締め上げる!」

“……くくく”

 ヴェイグが笑い出した。たまに笑う時はなるべく抑えるようにしてるのに、珍しく声を出して笑ってる。

“ラク、諦めろ。アルハを止める術はない”

 ラクは竜の姿だというのに、人みたいにぺたりと力なく座り込み、少し笑った。

「この礼は、必ずさせてもらうでな」




 小一時間後、僕は薄緑の背に乗って空を飛んでいた。


 アマドとケリをつけると決めたラクは、早速アマドの元へ行くことにした。

 アマドは住処を転々とする性格で、現在地はわからない。

 しかし、さっき倒した5にんは「アマドのところへ連れて行く」と言っていた。つまり、居場所を知っているってことだ。

 話を聞くために、叩き起こした。

 そうしたら、デジャヴというか。


「弟子にしてください」「あるじになってください」「兄貴と呼ばせてください」「あ、俺も」「俺も!」


 懐かれた。

 但し、イーシオンとはだいぶ雰囲気が違う。全員巨大な竜だから見た目の迫力も違う。

 後で聞いたら、雄竜には自分より強い存在に付き従いたがる性質があるとか。そこに種族は関係ないみたいで。

 最初、ラクが反撃しようとした僕を止めたのは、この状況を危惧してのことだった。僕の性格上、困惑するから、と。

 大困惑だよ。かといって、知っててもあの状況なら絶対手を出してたからなぁ。自業自得だ。

「わかったから。あ、でも兄貴って呼ぶのだけはやめて」

 僕を兄と呼んでいいのは、マリノだけだ。

「というか、アマドのことはいいの?」

 彼らはアマドに付き従ってたんじゃないか。簡単に鞍替えして、竜の矜持とかは。

「アマド様も強いっすけど、戦った時は1対1でしたからね。兄貴……じゃなかった、アルハ様は俺ら5にんをまとめて相手しましたもん! アルハ様のほうが強いっす!」

 うーん。なんだろうこの、舎弟感。大学やバイトの後輩にもこんなタイプいなかったなぁ。


 僕の質問に機嫌よく答えてくれたのは、今乗っている薄緑改めロムだ。

 ちなみに、「弟子に」と言ったのは浅葱色のマウ。「あるじに」は抹茶色のネールで、「兄貴」に俺も俺もと続いたのは若葉色と山葵色のヤンとパシ。

 一度に全員覚えきれそうにないのを先に謝ったら、全員から「気にしません!」「覚えてもらえるよう頑張るっす!」「わかりやすい渾名でもいいっすよ!」と威勢のいい返事を頂いた。なるべく早く覚えよう。


 アマドのところへは全員で飛んで行くことになった。

 僕が本当に竜じゃないと知った後、「じゃあ飛ぶの疲れるでしょう、どうぞ!」とマウに首根っこを咥えられ、ロムの背に落とされて、今に至る。

 竜の背は広くて、翼に隠れれば風も強く感じない。但し鱗は岩みたいに硬くて冷たいので、座り心地はあまりよくない。

“アルハが飛ぶのが一番いいが、これも悪くないな”

 中にいるヴェイグに座り心地は影響しないからね。楽しそうで何よりです。


「すまんのう、暑苦しい連中で」

 並んで飛んでいるラクが申し訳無さそうに声をかけてくる。

 ラクへの敵意は、僕がやめるように言ったら即座にやめてくれた。それどころか「姐さん」と呼ぼうとして嫌がられていた。

「ラクが謝ることないよ。敵対しないでくれるのは助かる」


 さらに1時間ほど飛び続け、草原と岩山ばかりだった景色に樹木が増えてきた。

 人の世界で言う大木が普通サイズのようで、無数に生えている。

 中でも一際大きな木が見えてきた。

 目的地は、それのようだ。



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