16 キロメガ

 クレーターの穴は、ヴェイグが魔法で土を創って埋め立てた。

 元々は居心地のいい草原だったそうだ。

「寝心地は悪うなったが、穴だらけよりマシじゃ。助かったぞ、ヴェイグ」

“大した手間ではない”

 ヴェイグがいつもの調子で返事する。

 クレーターの一つ一つが、竜の姿のラク用のダブルベッドサイズくらいあったんですが。

 かなりの量の魔力を使ったはずなのに、ヴェイグは平然としている。

 ヴェイグもステータス上がってるのかな。

「そうだ、ステータス」

 この前見た時、僕の方は百万越えてたんだっけ。

 改めて見直すと、体力や魔力、力などの数値が全て「Mメガ」の表記になっていた。悲報、ステータス画面、ついに詳細表示を諦める。

 レベルは90。スキル欄には「詳細表示」ボタンと「New」の項目があり、「New」をタップしたら画面がフッと一瞬消えてから別の画面に入れ替わり、[再生]、[反射]そして[吸収]が表示された。詳細表示のほうは、同じように切り替わってスキル一覧が出てきた。

 ステータスの画面はA5サイズくらい。そこに大きめの文字で書いてあるため、あまり表記するものが多くなったらどうなるのかと思ってたら、こうきたか。

“アルハ、ケイとは何の意味か解るか? 数字の横に書いてあるのだが”

「そっちもか。Kキロは千倍って意味だよ」

 現地人が理解できない表記はやめてあげてよ。……普通の現地人はキロ表示になるほどステータス上がらないのか。

「にしても、百万ってもう意味わかんな……、これ1じゃない、3だ」

 よくよく見たら、1Mではなく3Mだった。何故?

 ヴェイグとラクに伝えると、ラクがなにか思いついた顔になった。

「チオの魔力を吸収し倒したであろう」

 胸がずきりと痛む。

「その……」

「気に病むでない。それより、吸収した魔力が過剰だったと言うておったが、どうなった?」

「えっと、僕の魔力上限があがったからか、そのままというか、特になんとも」

「身体に障りはないか?」

「ないよ」

「ならばよかった」

 ラクがにこりと笑う。竜の姿でも表情は豊かだ。

「参考までにラクのステータス聞いてもいい?」

 他人のステータスの内容を聞くのは、なんとなくタブー感がある。僕とヴェイグがお互いに教え合ってるのがイレギュラーだ。例外として、冒険者の中には、体力と魔力以外が千を越えたら発表する人もいるらしい。ちなみにハインは「力はもうすぐ千だ」と、はじめて会った時に自分から言っていた。

「竜にそのようなものはないのじゃ」

「人の姿になっても?」

「うむ。アルハやギルドの者に言われて試したが、一切見えなかったのう」

 人間限定の能力なのかな。それなら仕方ない。



 日が暮れてきた。僕が簡単な食事を作ると、ラクが人の姿になってまで食べたがった。

「竜の普段の食事って、どういうのなの?」

「そもそも食事は取らぬ。儀式や祭事の際に木の実や動物を口にすることはあるがな」

「じゃあ、今食べてるのは?」

 メニューは、焚き火で炙って塩を振っただけの燻製肉とチーズを、堅パンで挟んだサンドイッチだ。肉の熱でチーズが溶けていい塩梅になってる、と思う。

「美味い」

「それは、よかった」

 微妙に質問と回答が噛み合ってない。本当に美味しそうに食べてくれてるから、まあいいか。




◆◆◆




「アルハのおかげで、他の竜が寄り付かぬな。感謝するぞ……と、ヴェイグであったか」

 焚き火の横に座り込んでいると背後から人の姿のラクに声をかけられた。竜の姿で付近を偵察に行っていたのだが、脅威は見当たらなかったようだ。

 振り返るなり、入れ替わりを見抜かれる。

「他の者にも何度か訊いているのだが、そんなに違うか」

 アルハは先程眠ってしまった。竜の力を多用したから、疲れたのだろう。

「お主は笑わぬでな。アルハはいつも笑みを浮かべておる」

「それも、よく言われる」

 ラクは人の姿のまま、焚き火を挟んで向かいに座った。

「笑わぬ理由を訊いてもよいか?」

 はぐらかそうとしたが、なぜかしつこく食い下がられた。根負けしたのは俺の方だ。

「死ぬ前の生のときだ。俺が笑みを浮かべると、女が何か勘違いして寄ってくる」

「ほほぉう?」

「俺にとっては、苦痛の記憶だ」

 面白がっているラクに釘を刺すと、ラクは肩をすくめた。

「いやすまぬ。しかし、今はアルハの身体じゃ。アルハの顔で、困ったことになっておるか?」

「わかっている。もう、自分に染み付いた癖だ」

 一応、次の王として様々な人間と対面してきた。社交辞令で顔を緩めると、それだけで惚れただの求婚されただの言い張る者が何人もいた。親からは笑うなと厳命され、俺自身も表情を変えぬように努めた。

「お主も数奇な生涯を歩んできたのじゃな」

「アルハに比べれば大したことはない」

「随分とアルハを気に入っておるのう。まあ、わからぬでもない」

 ラクが俺の方を見る。俺、というより中で眠るアルハを見ているようだ。

「ラクもアルハが気に入ったようだな」

「得体のしれぬ儂に躊躇なく魔力を分けてくれたしの。今日も、儂のために、慣れぬ力を揮ってくれたのじゃ。気に入らぬほうがおかしい」

「それはアルハに直接言うべきだな」

「照れくさくて言えぬ」

 普通の人間のように顔を赤らめてそっぽを向くラクに、思わず吹き出した。

「なんじゃ、笑えるでないか」

「気のせいだ」

 顔が熱いのは、焚き火に当てられたためだ。




◆◆◆




 ラクではない竜の気配で目が覚めた。

 竜の姿になったラクと、5体の竜が対峙している。

「起きたか、アルハ」

“おはよう。僕いつの間に寝たんだろ”

「食事の後すぐだ」

“確かにそのあたりから記憶がないや。で、どういう状況?”

 ヴェイグはラクの足元にいる。知らない竜たちが僕らに気づいているかは怪しい。

「帰ってきたならアマドの元へ何故来ないのかとか、迎えを追い払うとは何事だとか、そういう話をしているところだ」

“アマドって、例のラクの?”

「恐らく。ラクにはしばらく静かにしておれと言われている」


 とは言っても、話し合いが穏やかに済むはずがない。

 5体の竜はだいたい緑色で、濃淡で区別がつく。1体、浅葱色がいて、そいつがラクの身体に手をかけようとして振り払われた。

 竜のたわいない仕草が起こす風圧だけで、ヴェイグがぐらつく。

 やっぱり次元の違う生き物なんだなぁ。

 身体の主導権を貰って、ラクと浅葱色の顔の間まで飛んだ。両腕を精一杯伸ばして、存在を主張してみる。

「ストップ。話し合いで手を出すのはマナー違反だよ?」

 竜に人のマナーを押し付けていいものかと、疑問形になってしまった。

「なんだこいつは」

 浅葱色が僕を羽虫か何かのように、片手で払いのけようとした。

 それを僕も片手で止めた。

「アルハ、儂は大丈夫じゃ」

 何故かラクが焦ったような声を出す。

「羽虫のくせに生意気な」

 やっぱり羽虫扱いだった。

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