13 VS地竜

“アルハ、右腕を”

「平気。魔法は後で」

 僕が出ている状態でヴェイグに魔法を使ってもらうには、少なくとも右手首から上を渡す必要がある。

 会話の最中にも、距離をとったチオが既に接近している。

 ほぼゼロ距離で尖った岩塊を次々に打ち込まれ、それに対応するのだけで精一杯だ。

 脇腹の怪我が[治癒力上昇]で治ったところで、反撃に転じる。

 ヴェイグに右腕を渡すと、僕の意図を汲んでくれたヴェイグが消滅魔法を放った。

 眼前の空間を覆い尽くしていた岩塊全てが、きれいに消え去る。


 一瞬硬直したチオに、再び刀を振り下ろす。端から見れば同じ刀でずっと斬りつけているように見えると思う。刃がこぼれ、或いは折れてもそれを覆うように創り直しているだけだ。

 しばらく続けていると、途中でぶつりと決定的に何かが切れた手応えがあった。

 それを証明するかのように、チオが恐ろしいほどの叫び声を上げる。


 刀は左肩のあたりから右脇腹までを両断した。また刀を創り直し、更に斬りかかる。

 竜は魔力さえあれば、自在に身体の再生ができるとラクが言っていた。首が落ちても、身体の大部分を消しても、復活し、生き残る。

 ヴェイグの消滅魔法は、相手に魔力が多いと、消しきれない。

 チオの魔力は尽きていない。

 魔力を削りきるまで攻撃を続けるしかない。


「ラク」

 ふと、ラクが魔力を枯渇させていたことを思い出した。

「どうした!?」

 チオを斬り続けているのに声をかけたせいだろう、ラクが驚いたように返事をした。

「ラクはどうして魔力が枯渇してたの?」

「それは……消されたのじゃ」

「消された?」

 ラクは苦々しい顔になった。

「言い辛いことなら……」

「構わぬ。今、必要だから尋ねたのじゃろう? あやつらは、不思議な剣を持ち出してきてな。それで斬りつけられると、魔力が身体の芯から消え失せるというか、吸い取られるような感覚に見舞われた」

 ラクが言い終わるより先に、刀を身体の再生が完了したチオの爪に止められた。弾かれ、もう片方の爪が襲いかかってくる。


 剣で吸い取られた、かぁ……。刀に属性付与はできる。けど、吸い取られるって……。

「うわ」

“どうした”

 襲いかかってきた爪を、右手で受け止め、そのまま掴む。攻撃を止めるだけなら、この方法でできる。

 刀はご覧の有様で、ヴェイグの魔法もチオの魔力が多いせいで効果が薄い。

 つまり攻撃そのものが通り辛い。

 そこへラクからもらったヒントを元に、思い浮かべたら、ステータスに表示されてしまった。


 スキル[吸収]。


 吸い取るの? 魔力を?

「なんでもない」

 好き嫌いを言ってる場合じゃない。

 掴んだ爪にそのままスキルを発動させる。

「ギュオオオ!?」

「…………うえぇ」

 他者から何かを奪っている実感で、気分が悪くなる。

 魔力のほうは、僕自身の魔力が殆ど減っていないにも関わらず、順調に吸収できている。

 ステータスを横目で確認すると、魔力の数値が上限を越えて増えていた。

 そもそも、最大値が百万を越えている件は後でヴェイグと話し合おう。


 チオから力が抜け、ついに膝をついた。竜の魔力は、使われ方が人と違うようだ。

 魔力を吸収し尽くして、手を離す。チオは全く動けなくなっている。


 ここまでやっても、チオの気配は魔物になったままだ。

 やっぱり、やるしかないのか。 刀を創り直して握り、チオに向ける。


「ラク……」

「そこから竜に戻ったものはおらぬ」

 ラクの声は、諦めと悔しさと悲しさと……色んな感情が混ざっていた。

 その中で一番大きな気持ちは、覚悟だ。


 他の魔物にやるように、首を一撃で斬り落とした。




“アルハ、大丈夫か”

 チオの死体が消えて、ヴェイグが話しかけてきた。

「僕より、ラクが」

「儂のことはよい。辛い役割を押し付けて悪かった」

 ラクが頭を下げる。

「とりあえず、町に戻ろうか」

 そう言ってもラクは顔を上げない。

 近づいて、両肩を抱くように掴んで身体を起こさせる。

 ラクは涙を流していた。

「す、すまぬ、これは……」

 ラクの頭を抱きしめて、ぽんと軽く撫でた。

「気が済むまでいいよ」

「……」

 そのまましばらく、ラクは声を上げずに泣いていた。




 山と町は馬で1日の距離がある。僕とラクなら飛んでいけば数分もかからない。

 そうやって速攻で帰還するといぶかしがられるので、その日は野営をし、次の日の夜に町へ戻った。


 ラクは町への道程に「徒歩で帰る」を選択し、そのときに色々と話をしてくれた。

「発端が、その、痴話喧嘩での。話しづらかったんじゃ」

 痴話喧嘩ということは、ラクに恋人がいたのか。


 ラクと恋人は、二十年ほど前に付き合いはじめた。恋人の方から、一目惚れしたと申し込まれ、ラクは恋人の強さに惹かれて了承したそうだ。

 最初の頃は至って普通に過ごしていたが、恋人が徐々に束縛系男子へシフト。気ままに生きるのが好きなラクは苦痛を感じるようになる。

 そこで別れを告げた。恋人は素直に受け入れたと見せかけて、後ろからラクを例の剣で斬りつけた。

「一度で魔力のすべてを奪われたわけではなくての。その後、何度も……」

 逃げるたびに恋人か、恋人の仲間が剣を持って現れた。チオは恋人の仲間の一人だという。

「チオは元々、あやつに厭々従っておった。なれば、儂の味方をしてくれると思うておったが……」

 ラクに決定的な傷を負わせたのは、チオだった。

 味方はいないと判断したラクは、命からがらこちらの世界に逃げ込み、山で傷が癒えるまで眠ることにした。


「結局、傷は癒えず魔力もないまま、十年経っておったがな。もうすこしあのままであったら、儂は命を落としていただろうよ」

「その束縛……じゃなかった、元恋人は、こっちの世界に来れないの?」

 僕が勝手に付けたあだ名で呼ぶとこだった。

「こことあちらを行き来するには、次元のつなぎ目を見極める“眼”が必要での。チオにも無かったはずじゃが……」

「チオが魔物になったのは、それと関係が?」

「竜が魔物になる時は、その者の心が壊れたときじゃ。ここへ無理やり送り出されたのなら、無関係とは言い切れぬの」

 チオはラクを傷つけた奴だというのに、ラクに責めるつもりはなさそうだ。それどころか、気遣っているようにさえ見える。

 僕の考えに気づいたらしく、ラクが僕を見上げた。

「仲間と思うておるうちは、弟のように接しておったからの。儂を斬ったのも、あやつに脅されたことよ。だから……」

「わかった」

 いきなり多くを聞きすぎてしまった。ラクに「もういいよ」という意味で頭をぽんと叩くと、ラクも話すのをやめた。

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