12 去った理由、留まる理由

▼▼▼




 ラクは町へ戻ると、早速ギルドへ向かった。

「ラク殿、もう戻られたのですか」

 そこにいたハインに声をかけられ、そのまま事が済んだことを伝える。

 ハインから統括、町長と伝わり、ギルドに出されていた緊急クエストも取り下げられた。

「緊急クエスト? 竜の討伐を、他の者らにも手伝わせるつもりだったのかの?」

「ええ、まあ……」

 統括のジビルはモゴモゴと答える。

「あんた方だけじゃ心もとないからな。町としてクエストを出させてもらった」

 ジビルとは対象的に、胸を張って「お前たちは信用ならない」と言い出したのは町長の方だ。

「竜が遠くへ飛び去ったのは確認したが、何故討伐しなかった?」

 ラクが人の世に詳しいのは、以前人里で暮らしていた経験があるからだ。以前というのは、百年ほど前になる。

 あの頃から、こういう人間はどこにでもおるのじゃのう。

 心のなかで独り言ちつつ、町長の問いに答える。

「元々、討伐する予定ではなかった。竜を相手に、人がたったの二人では太刀打ちできぬ」

 ここでいう人とは勿論、アルハを除いて、という意味だ。

英雄ヒーローが二人だったら……」

「おや、では何故、同行者にハインを推さなかった? アルハがゆくと決めた時、あの場におったであろう」

「まさか討伐せずに済んだと言いはるとは思わなかった」

「討伐はせなんだが、竜はいなくなった。これで満足できぬか?」

「竜が戻ってくるかもしれないだろうが」

 この人間は、どうあっても冒険者に難癖をつけたいようだ。一応反論はするが、たとえ正論でも納得するとは思えない。

 ラクが内心溜息をついていると、横から助け舟が出た。

「町長、今回ギルドが出したクエストでは、対象の失踪確認でも完了したことになる。町からの依頼は取り下げという形で処理し、報酬はギルドが出しましょう。ラク殿、こちらへ」

 報酬の話にすり替えられたが、町長からは解放された。ジビルがこちらへと言った割に、案内をするのはハインだ。

 ジビルは町長と話があるようだ。


「あの者は一体何じゃ? 町のおさなど、珍しい」

 町や村に冒険者ギルドがあれば、長はギルドの統括がその役割を務めることが多い。

「色々ありましてね……。ラク殿の手を煩わせるような事態にはしないよう、統括が取り計らってくれるはずです」

 一度は人の町に住んだが、人の世の面倒臭さに疲れて竜の里へ戻ったのがラクという竜だ。

 アルハの側にいるのは楽しいが、やはり自分の性には合わないのだろうか。

「ハイン、お主も敬語をやめい。冒険者同士はそういうものじゃろう?」

「し、しかし、ラク殿は……」

「儂は冒険者で、ハインよりランクも下じゃ。ふむ、敬語を使うなら儂の方ではないか。そうしましょうか?」

 最後は服屋の店員を真似てみたら、媚びたような言い方になってしまった。

 それを聞いたハインは何故か青ざめた。

「いえっ! い、いや、俺が敬語を改めるから、ラク……は、そのままで頼む」

 しどろもどろになりながらも、ハインはラクと会話をする。

 なんだかそれが嬉しくて、もう少しここにいようと思い直すラクだった。




◆◆◆




「何も聞けておらぬと?」

「ごめん、ずっとこの調子でさ」

「チオ、いい加減にせぬか」

 昨日ラクが町に行き、ここへ来るまでに丸一日かかった。それはいいとして、問題は僕の方だ。

 チオはずっと土下座し続けていて、何を聞いても「許して」しか言わず、会話が成り立たなかった。

 僕は期せずして、不眠不休でどこまでいけるかトライができてしまった。とりあえず完徹初日余裕でした。でもお腹すいたしやっぱり眠いので、連チャンはしたくないかな。

「儂がやってみる。アルハは少し休んでおれ」

「うん」

 ラクとチオから少し離れた地面の上に座り込む。水と携帯食料を取り出し、もそもそと食べた。

「仮眠しておこうか」

 食べたら、眠くなる。30分でいいから眠っておきたい。

 ラク達を放っておいて大丈夫かな。

“俺が中で起きておく”

「ヴェイグも寝てない」

 眠気のあまり、喋り方が片言になる。

“身体の疲労は感じていないからな。心配するな”

 ヴェイグは本当に眠くなさそうだ。安心できる。

「じゃ、よろしく」

 座ったまま目を閉じた。



「やめいっ」

 ラクの声で飛び起きると、ラクは竜型のチオに首元を咥えられ、引きずられていた。

 即座に近づいて、チオをラクから引き剥がす。

“すまん、起こすのが遅れた”

「そんな暇なかったでしょ」

 ラクは僕の足元にへたり込んでいる。首筋に噛み跡がくっきりと残り、血が流れていた。

 すぐに右手を渡してヴェイグに治癒魔法をつかってもらう。

「何がどうなったの」

「チオめ、正気を失っておる」

 引き剥がし、放り出したチオはその場で四つ足状態になり、地面を睨んで何かぶつぶつと言っている。

 って、この気配は。さっきまで、竜の気配だったのに。

「ラク」

「そういうこともある。……頼む」

 懇願だった。

 どういう理屈で、竜が魔物になるのか、理由は後で聞こう。


 魔物は、他の生き物を見ると殺そうとしてくる。

 だから、これまで沢山の魔物を討伐してきた。

 冒険者をやるというのは、それを続けるということ。

 でも今、ラクにそれを強要するのは酷だ。


「強化魔法って刀に使える?」

 チオは僕の刀を壊せてしまう。より強い刀にするために、提案してみた。

“やってみよう”

 スキルで創った刀に、右手が魔法を発動する。人に使うより数秒時間を要しただけで、成功した。

「助かる」

 言うのと同時に、チオが顔を上げる。

 鋭く尖った岩塊が、無数に飛んできた。正面に向かってきたものは刀で切り払い、他はスキルで創った盾で防ぐ。

 さらに飛んでくる岩塊を避けながら、チオに肉薄した。

 刀を振り下ろすも、クロスした両腕に止められてしまった。

「ヴェイグ!」

 刀を消し、両腕を覆う篭手を創る。それに強化魔法がかかる。

 篭手で腕を殴りつけると、クロスしていた両腕が離れた。

 空いた胸元に、更に拳を連打する。

「ガアアアッ!」

 チオは叫び声を上げながら、反撃してきた。視界の外からの一撃。長く伸びた尾に、脇腹を薙ぎ払われた。

 口からうめき声が漏れそうになるのを噛み殺す。

 ヴェイグが右腕を使おうとするのを押し留めて、チオから距離を取った。

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