14 黒のドラゴンスレイヤー(泣)

「不正だ! 不正に決まっている!」

 口から色々飛ばして喚いているのは、メデュハンの町長さんだ。

「ギルドカードに不正ができるわけないでしょう。落ち着いてください」

 窘めているのは、冒険者ギルド統括のジビル。同じ席に、ハインとラクもいる。ハインは疲れ果てた顔、ラクは心底どうでもいいから早く帰りたいな、って顔をしてる。

「ギルドの、冒険者のやることなんか信じられるか!!」

 この人ギルドか冒険者に何かされたの?


 冒険者ギルドへ報告しにきたのは、町に帰り着いた翌朝だ。

 ギルドハウスへ足を踏み入れると、既に先にいたハインが見つけてくれて、そのままジビルと町長さんがいる部屋へ案内された。

 僕が魔物化した竜を討伐したことと、証明としてギルドカードの情報開示をしたら、町長さんが喚き出した。


「竜を倒せる人間がいるわけがない!」

「先日、英雄が二人いるなら討伐できると言っていたのでは」

「うるさい! 俺は信じない!」


 何を言っても駄目なやつだなぁ……。

 僕も早く帰りたいを全面に出していると、ラクが僕の耳に顔を寄せた。

「のう、威圧か拳で黙らせてもよいか?」

 こそりと囁かれる言葉に、頷きそうになるのを堪えた。

「駄目だよ」

“もういいのではないか?”

「ヴェイグまで何を言い出すの!?」

 状況に飽きたヴェイグまで面倒くさそうに同意するものだから、思わず声に出して突っ込んでしまった。

「何をコソコソしている!? やはり不正かっ」

 結局会話を見咎められた。

 ラクが立ち上がって反論したそうにするのを押さえるのに必死になっていると、ジビルがゆっくりと立ち上がった。

「いい加減にしろ、シイダ」

 ジビルが静かな、しかし強い口調で町長に言い放った。町長さんの名前はシイダというらしい。


「お前に冒険者を貶める発言をする資格はない」

「なんだと!? どの口がそんなことをっ」

「例えば貴様が町費と称して受け取った金を私的に使い込んでいる件、冒険者の新人ルーキーばかり狙って、偽のクエストで釣って金品を脅し取ったり……」

「な、なん……」

「貴様が無理やり町長になった時から、監視をつけていたよ。証拠は全てある。今ここに持ってきてもいい」

 なんだか、前にもこういうことあったなぁ。お金と権力って怖い。


 すっかり勢いをなくしたシイダは、ジビルが呼んだギルドの人に、どこかへ連れられていった。

 部屋には統括と僕らだけが残った。

「不正や恐喝は、今まで黙認を?」

「不正の確たる証拠が掴めたのは、つい先日だ。恐喝の被害者にはギルドから支援が入っている」

 僕の質問に答えたジビルは、ひとつ溜息をついてから僕たちに頭を下げた。

「すまんな。あの男は、息子が魔物に殺され、孫が冒険者となってかたきを討ちに行ったきりでな。町長を名乗りだして金集めに走ったのは、ギルドに所属する冒険者全員に孫を探させるためだ」

 どかどかとヘヴィな話が投下されていく。

「あの、お孫さんって」

「こんな事は言いたくないが、あの男の自業自得なのだよ。孫は新人ルーキーなのに無理やり難易度E、つまり息子の敵と同じ魔物の討伐に行かされてな。ギルドカードは他の冒険者が回収してきた」

 そういえば、ここのギルドのクエストメモには、魔物の場所の情報が大まかにしか書いていない。適正ランクの冒険者がクエストを請けるまで開示しないことになってるのは、そのせいかな。

「元はと言えば魔物が悪いのはわかりますが、あれでは……」

 ハインは心底やるせないという表情だ。

「ああ。本人も最早、怒りの遣りどころが解らないのだろう。しばらくどこか静かなところで、休んでもらう」

「人も心が壊れると、魔物のようになるのじゃな」

 ラクの声は小さくて、僕とヴェイグ以外には聞こえていなかった。


 竜の討伐が認められ、僕とラクの冒険者ランクの昇格という話になった。

 二人して丁重にお断りしたのに、次にクエストを達成したら自動昇格してしまうらしい。

 ラクは登録から1週間ほどで指導者リーダーになってしまうし、僕に至っては、この上って……。

「統括をやっていて、伝説レジェンドの誕生に立ち会えるとはな。感無量だよ」

「さすがアルハだな! 俺も追いつけるよう精進しよう」

 ジビルとハインの二人は目をキラキラさせて興奮している。

「あの、冒険者ランクって隠せませんか」

「何を隠す必要がある? そうそう、伝説レジェンドならば、どのギルドへ行っても宿泊施設を無料で使えるぞ」

「それは助かる……じゃなくて!」

 ああ、どんどん逃げ場がなくなっていく。


 この先もクエストは請けるだろうし、それならとその場で昇格することにした。

 そのかわりに、祝宴は勘弁してもらった。

 宴は苦手だ。お酒は出てくるし食事は殆ど食べられないし、皆大抵酔っ払ってしまうからまともに情報収集もできない。

「時間の無駄だよね」

 という僕を、何か奇妙なもののように見つめてくるのはハインだ。

「楽しいじゃないか。自分が褒められる場というのは大事だぞ。周囲の者たちも、偉大な人間の側にいられたと、一生話の種にできる。普段食べないような料理が飲み食いもできるし、良いこと尽くめだ」

 僕はまだハインほどポジティブに捉えられないなぁ。

「とにかく僕は、チヤホヤされるのは苦手で、静かに暮らしたいんだよ。駄目かな」

「ううむ。そうだな、今この世界で唯一の伝説レジェンドがそう言うなら、皆従うんじゃないか?」

 それはそれで、申し訳ないような。でもとりあえずは、そうさせてもらおう。

「ところでアルハの二つ名だが、“黒の竜討伐者ドラゴンスレイヤー”になりそうだ。よかったな!」

「それこそ拒否権ないの!?」

「他のものがそう呼ぶだけだからな。こればかりはアルハに決められんだろう」

 膝から崩れ落ち両手を床についた僕を、ハインが「どこか怪我をしているのか!?」と心配してくれた。ありがとう。


 ギルドの宿泊施設は、せっかくなので使わせてもらうことにした。

 話を聞いてみたら、宿屋の安部屋と違って風呂トイレは個室に完備されているのに、食事はでないとのこと。格安の別料金を支払えば上級者ベテランランク以上のパーティメンバーも泊まれる。

 宿屋代わりというよりは、アパートのようなものだ。気楽でいい。


 ギルドでの話が終わり、宿屋を引き払い、部屋で一息つくことにした。

 何より、ラクが何か話したそうにしてるし。

 バックパックに持ち歩いているお気に入りの茶葉でお茶を淹れて、ラクにも勧める。

「美味いな」

 ラクは一言だけつぶやいて、カップをテーブルに置き、何かを決心した目で僕を見た。


「一度、里に帰ろうと思う」

「いつにする?」

「これからでも……アルハ? 何をしておる?」

「何って、僕も行くんでしょ」

 僕が当然のように旅支度をしていると、なぜかラクが呆気にとられた顔をしていた。

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