38 王女の戦い

▼▼▼




 アルハとヴェイグが謎の魔物を討伐する少し前に遡る。


 ファウはシュナ達を伴って、ノルブからジュノ国へ来ていた。ヴェイグがオーカに話を通してあり、ファウは城へ向かうとオーカに会うことができた。


「大罪を犯した身です。この先にどんな処罰が待っていようと構いません。私に出来ることでしたら、何なりと」

 呪術に関わっていなければ、ファウは至極まっとうな人間だ。

 全てを覚悟の上で、自首したのである。


 処罰のことはひとまず先送りにして、オーカ達は呪術を学んだ者達の足取りを追った。

 大半は既に命を落としていた。その理由は、呪術をもって自ら喚んだ魔物に殺されたものがほとんどだった。


「喚んだ魔物は人の言うことを聞く、という嘘も、貴女が広めたのですか」

 ファウは元王族といえど今は罪人だ。それでもオーカはファウを年長者として敬意を払う。

「いいえ、私はそのようなことは教えておりません」

 シュナ達にも聞いてみれば、そんな話は初耳だという。

「貴女が魔物を喚ぶ呪術を使ったのは、どんな理由で?」

「他国を疲弊させるためと、町の人の信頼を得るためです。喚んだ魔物を、また呪術で消すことが出来ましたから」

「それを、誰かが曲解した可能性は」

 魔物を喚び、また消す。傍から見れば、自在に操っているようにも見えなくはない。

「言われてみれば…有り得ますね」


 ノルブでファウから直に呪術を学んだ一人が、ジュリアーノに来ていたことが判明した。

 その者が、教会の北の建物で死体になっていたことも。

「その人…」

 ファウについてきた女の一人が発言する。

「先生の呪術は臆病だ、なんて失礼なことを言ってました。それで私、頭に来て…」

 口論になり、その後、姿を消したという。

「も、もしかして私…」

「貴女のせいではないわ」

 ファウが声をかけるが、女は取り乱し泣き出してしまった。

「呪術が心を蝕むって、こういうことなのね…」

 呪術にとらわれている間は、罪の意識を覚えることがなかったのだろう。

 他の者に支えられて別室へ移動した女を見て、オーカはやりきれない気持ちになった。



 その後も地道な調査を続けた。

 居場所のわかるものはエリオス達や他の冒険者に確保、あるいは現状の報告を依頼した。

 ファウがリストアップした百人近い人名は、八割ほどに横線が引かれた。


「全員は、流石に無理かな…」

 その日の夜、オーカは椅子の背もたれに身を預けて、眉間を揉んだ。

 体を動かすことのほうが好きなオーカに、連日の事務作業は苦行に近い。

「アルハ達は、今頃どのあたりかしら」

 アルハは数日に一度、報告がてら帰ってくる。二日前に来たばかりだから、次の一時帰還まで数日ある。

「ふにゃふにゃした顔してるのに、あんなに強いのは反則だわ…」

 部屋に一人なので、独り言がぽろりとこぼれる。

「戦ってる時の顔は凛々しいし…って、何を言ってるの」

 両手で頬をペシペシと叩く。あたりをキョロキョロと見回し、一人であることを再確認する。

「家族がいるって言ってたわね。詳しい話、聞けてない…」

 きゅう、と胸のあたりが縮こまる感覚。アルハのことを考えると、たまにこうなる。

「これ、やっぱり……」

 その正体には気づいている。今、自分の顔が赤くなっているのを自覚する。


「姫っ!」

 突然部屋の扉が開かれ、セネルが入ってきた。

 口から心臓が出そうなほどの驚きをなんとか押し隠す。

「どうしたの、そんなに慌てて」

「コワディスが牢を破りまして…!」

 階下から轟音が鳴り響いた。文字通りに牢を破ったようだ。

「拘束していたはずよね」

 反抗的な囚人は、手足に枷を嵌めて、鎖で牢の壁に繋ぐ。コワディスはそうされているはずだった。

 オーカは装備を身に着けつつ、セネルに確認する。

 その間も轟音は止まず、ついに城の外へ出ていった。

「体中から炎を発していて…あれはまるで…」

 炎に包まれた魔物は何種類か確認されている。

「何だというの」

「伝説の…」


 ギェエエエエエエエエエエ……


 国中に鳥のような鳴き声が響き渡った。


 窓の外が、夜だと言うのにやけに明るい。


「嘘でしょ…朱雀…?」


 御伽噺でしか知らない、伝説上の燃える鳥、朱雀が町の上を飛んでいた。




 コワディスは牢の中で自らの拘束を引きちぎり、牢を壊して見張り兵を襲った。

 後で襲われた兵に聞けば、コワディスの身体は徐々に変化し、炎を纏い出した頃には既に人の形をとどめていなかったという。

 オーカが部屋で聞いた轟音は、城からギルドハウスへの直線状にある壁を壊す音だった。


「オーカ!」

 外へ出て朱雀の後を追うと、リースが町を燃やす炎を少しでも消そうと、水の魔法を撒いていた。

「エリオスとライドがあの鳥を追ってる。でも…」

 リースが言いよどむ。

 被害の規模は甚大だ。難易度Aの魔物がきたとしても、ここまでになることはない。

 Sか、それ以上となれば、対抗できる冒険者は限られてくる。

 しかし、アルハに頼るのは最終手段だ。

 この程度、自分たちでなんとかしなくては。

「セネルはここに残って兵を動かして」


 さらに燃え跡を追い、町のはずれでようやくエリオス達を見つけた。

 二人で朱雀をここまで誘導したが、傷つき倒れていたようだ。

 治癒魔法が少しだけ使えるライドが、エリオスを介抱していた。

「ライド、代わるわ」

 オーカの治癒魔法で、エリオスの傷を塞いだ。だが、体力が殆ど残っていないようだ。

「すまん、外へ連れ出すのが精一杯だった。あれは…」

 他の冒険者が戦っているが、炎とともに空を舞う魔物に、攻めあぐねている。

「何人か……すまない…」

 エリオスが絞り出すように言い、ライドも隣で唇を噛んでいる。


 ごう、と皮膚を焦がさんばかりの熱風が吹き付けてきた。

 町の外で、朱雀の炎と冒険者の魔法がぶつかっている。熱風は、その衝撃だ。


 「離れているのに、すごい熱気…」


 先程までの迷いは、体力をも奪う熱に晒されて消えた。

 通信石を取り出し、アルハに呼びかける。


 私では、敵わない。


「どうしたの?」

 石から、場違いな、のんびりした声が届く。

 その声に安堵して泣きそうになるのを堪えて、言葉を絞り出す。

「…助けて、私達じゃ…!」

「すぐ向かう」


 石の向こうの声の調子が変わる。転移魔法のために、ヴェイグと交代したのだろう。

 これで、すぐ来てくれる。

 少しだけ気を緩めてしまった。


「オーカっ!!」


 エリオスが突然覆いかぶさった理由が、分からなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る