38 王女の戦い
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アルハとヴェイグが謎の魔物を討伐する少し前に遡る。
ファウはシュナ達を伴って、ノルブからジュノ国へ来ていた。ヴェイグがオーカに話を通してあり、ファウは城へ向かうとオーカに会うことができた。
「大罪を犯した身です。この先にどんな処罰が待っていようと構いません。私に出来ることでしたら、何なりと」
呪術に関わっていなければ、ファウは至極まっとうな人間だ。
全てを覚悟の上で、自首したのである。
処罰のことはひとまず先送りにして、オーカ達は呪術を学んだ者達の足取りを追った。
大半は既に命を落としていた。その理由は、呪術をもって自ら喚んだ魔物に殺されたものがほとんどだった。
「喚んだ魔物は人の言うことを聞く、という嘘も、貴女が広めたのですか」
ファウは元王族といえど今は罪人だ。それでもオーカはファウを年長者として敬意を払う。
「いいえ、私はそのようなことは教えておりません」
シュナ達にも聞いてみれば、そんな話は初耳だという。
「貴女が魔物を喚ぶ呪術を使ったのは、どんな理由で?」
「他国を疲弊させるためと、町の人の信頼を得るためです。喚んだ魔物を、また呪術で消すことが出来ましたから」
「それを、誰かが曲解した可能性は」
魔物を喚び、また消す。傍から見れば、自在に操っているようにも見えなくはない。
「言われてみれば…有り得ますね」
ノルブでファウから直に呪術を学んだ一人が、ジュリアーノに来ていたことが判明した。
その者が、教会の北の建物で死体になっていたことも。
「その人…」
ファウについてきた女の一人が発言する。
「先生の呪術は臆病だ、なんて失礼なことを言ってました。それで私、頭に来て…」
口論になり、その後、姿を消したという。
「も、もしかして私…」
「貴女のせいではないわ」
ファウが声をかけるが、女は取り乱し泣き出してしまった。
「呪術が心を蝕むって、こういうことなのね…」
呪術にとらわれている間は、罪の意識を覚えることがなかったのだろう。
他の者に支えられて別室へ移動した女を見て、オーカはやりきれない気持ちになった。
その後も地道な調査を続けた。
居場所のわかるものはエリオス達や他の冒険者に確保、あるいは現状の報告を依頼した。
ファウがリストアップした百人近い人名は、八割ほどに横線が引かれた。
「全員は、流石に無理かな…」
その日の夜、オーカは椅子の背もたれに身を預けて、眉間を揉んだ。
体を動かすことのほうが好きなオーカに、連日の事務作業は苦行に近い。
「アルハ達は、今頃どのあたりかしら」
アルハは数日に一度、報告がてら帰ってくる。二日前に来たばかりだから、次の一時帰還まで数日ある。
「ふにゃふにゃした顔してるのに、あんなに強いのは反則だわ…」
部屋に一人なので、独り言がぽろりとこぼれる。
「戦ってる時の顔は凛々しいし…って、何を言ってるの」
両手で頬をペシペシと叩く。あたりをキョロキョロと見回し、一人であることを再確認する。
「家族がいるって言ってたわね。詳しい話、聞けてない…」
きゅう、と胸のあたりが縮こまる感覚。アルハのことを考えると、たまにこうなる。
「これ、やっぱり……」
その正体には気づいている。今、自分の顔が赤くなっているのを自覚する。
「姫っ!」
突然部屋の扉が開かれ、セネルが入ってきた。
口から心臓が出そうなほどの驚きをなんとか押し隠す。
「どうしたの、そんなに慌てて」
「コワディスが牢を破りまして…!」
階下から轟音が鳴り響いた。文字通りに牢を破ったようだ。
「拘束していたはずよね」
反抗的な囚人は、手足に枷を嵌めて、鎖で牢の壁に繋ぐ。コワディスはそうされているはずだった。
オーカは装備を身に着けつつ、セネルに確認する。
その間も轟音は止まず、ついに城の外へ出ていった。
「体中から炎を発していて…あれはまるで…」
炎に包まれた魔物は何種類か確認されている。
「何だというの」
「伝説の…」
ギェエエエエエエエエエエ……
国中に鳥のような鳴き声が響き渡った。
窓の外が、夜だと言うのにやけに明るい。
「嘘でしょ…朱雀…?」
御伽噺でしか知らない、伝説上の燃える鳥、朱雀が町の上を飛んでいた。
コワディスは牢の中で自らの拘束を引きちぎり、牢を壊して見張り兵を襲った。
後で襲われた兵に聞けば、コワディスの身体は徐々に変化し、炎を纏い出した頃には既に人の形をとどめていなかったという。
オーカが部屋で聞いた轟音は、城からギルドハウスへの直線状にある壁を壊す音だった。
「オーカ!」
外へ出て朱雀の後を追うと、リースが町を燃やす炎を少しでも消そうと、水の魔法を撒いていた。
「エリオスとライドがあの鳥を追ってる。でも…」
リースが言いよどむ。
被害の規模は甚大だ。難易度Aの魔物がきたとしても、ここまでになることはない。
Sか、それ以上となれば、対抗できる冒険者は限られてくる。
しかし、アルハに頼るのは最終手段だ。
この程度、自分たちでなんとかしなくては。
「セネルはここに残って兵を動かして」
さらに燃え跡を追い、町のはずれでようやくエリオス達を見つけた。
二人で朱雀をここまで誘導したが、傷つき倒れていたようだ。
治癒魔法が少しだけ使えるライドが、エリオスを介抱していた。
「ライド、代わるわ」
オーカの治癒魔法で、エリオスの傷を塞いだ。だが、体力が殆ど残っていないようだ。
「すまん、外へ連れ出すのが精一杯だった。あれは…」
他の冒険者が戦っているが、炎とともに空を舞う魔物に、攻めあぐねている。
「何人か……すまない…」
エリオスが絞り出すように言い、ライドも隣で唇を噛んでいる。
ごう、と皮膚を焦がさんばかりの熱風が吹き付けてきた。
町の外で、朱雀の炎と冒険者の魔法がぶつかっている。熱風は、その衝撃だ。
「離れているのに、すごい熱気…」
先程までの迷いは、体力をも奪う熱に晒されて消えた。
通信石を取り出し、アルハに呼びかける。
私では、敵わない。
「どうしたの?」
石から、場違いな、のんびりした声が届く。
その声に安堵して泣きそうになるのを堪えて、言葉を絞り出す。
「…助けて、私達じゃ…!」
「すぐ向かう」
石の向こうの声の調子が変わる。転移魔法のために、ヴェイグと交代したのだろう。
これで、すぐ来てくれる。
少しだけ気を緩めてしまった。
「オーカっ!!」
エリオスが突然覆いかぶさった理由が、分からなかった。
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