37 悔いなき記憶

 魔物は空中に大量の剣を展開しつつ、本体も全身に鎧を纏って突っ込んでくる。

 その剣1本1本に対して、数十倍の数の刀が迎え撃つ。剣は跡形もなく消滅し、欠片が地に落ちることすら許さなかった。

 キーキーと耳障りな声を上げるそいつに、黙れと言わんばかりに刀を振るう。

 魔物が徐々に押され始め、ついに剣が弾かれた。

 新たな剣が創られる前に、再び腕を斬り落とす。


 不利を悟った魔物は、剣を創り出しては牽制に使い始めた。

 そのことごとくを刀で叩き落とし、じわじわと詰め寄る。

 腕を再生する余裕も無いようだ。


「変だよね」

 アルハが魔物を追い詰めながら、そんな事を言いだした。魔物にも聞かせたいのか、普通に声を出している。

“何がだ”

「スキルに代償は要らない。[武器生成]が使えるなら、もっと剣を創ってもよさそうなのに」

 こんな風に、と、無数の刀を魔物の周囲に創り出す。魔物は全方位から刀を向けられ、身動きが取れないでいる。

“アルハも最初は、これだけ大量に創れなかっただろう。使いこなすには相応の知識、経験、何らかの力、そういうったものが必要なのではないか?”

「なるほど」

 腑に落ちたらしい。


 魔物の方は、遂に命乞いを始めた。刀から少しでも逃れるよう、頭を低くして弱々しい声をあげている。


「悪いけど、もう騙されないよ」


 全ての刀が、魔物に降り注いだ。




◆◆◆




「何だったんだろうね」


 死体は他の魔物と同じように消えた。ドロップアイテムは何も出なかった。

 [超感覚]で死体のあった場所を見ても、何もない。呪術の痕跡も、近くにはなかった。

「魔物に詳しい国とか、本がおいてある場所とかってないの?」

“魔物についてはギルドへ行くのが一番詳しいだろう。六大陸中、ここを含む四大陸は魔物の情報をなるべく共有するようにしている”

「そっか、ギルドか」

 オーカやイーシオンみたいな戦う王族とばかり会ってきたから、魔物の情報も城に集まるとナチュラルに思い込んでた。普通に考えたら魔物に一番近いのは冒険者ギルドだ。

「六大陸中四大陸って、残りの二大陸は?」

「一つは閉鎖的なところでな。一国が大陸を統治しているのだが、他国と交流を持ちたがらない。残りの一つは大陸そのものが大きな海流に囲まれていて、船での行き来が難しい」

「ヴェイグは行ったことある?」

“閉鎖的な方は行った。俺はそこで死んだからな”

 なんとなく聞いてみただけなのに、何かをどすんと踏んでしまった。

「ごめ…」

“謝る必要はない。ついでだ、少し聞いてくれるか”

「う、うん」

 ヴェイグが自分から、自分の事を話してくれるなんて珍しい。

 近くに魔物の気配はない。その場に座り込んで、休憩がてら話してもらうことにした。


“ディセルブを出たのが15の時で、その大陸へ足を踏み入れたのは4年後。死ぬ1年前だ”

 僕もヴェイグも一度死んでる身だからこういう話し方になるのは当然なんだけど…違和感あるなぁ。

“噂通りに排他的な国で、初めは歓迎されなかった。俺も好奇心で入ったが、長居するつもりはなかった”

 自分が死んだ時の話だというのに、話すヴェイグはなんだか楽しそうだ。

“とある村で、食料をなんとか売ってもらって、そのまま立ち去ろうとしたら…近くの山が火を吹いたんだ。火山というのはわかるか”

「わかるよ。僕がいた国にもあった」

“俺は山が火を吹くこと自体が信じられなかった。思わず、食料を売ってくれた男に話を聞いたら、その山は時折そうなるというのだ”

 こんなにテンションの上がったヴェイグは初めてだ。噴火が珍しかったのか。僕の感覚では、噴火イコール災害だからあんまり良いイメージはないんだけどな。

“で、山に入った”

「へ!?」

“勿論、火口には近づかなかったさ。ただ、山に入ってみたかったんだ。特に止められなかったしな”


 山に一度入ったくらいで、山のことや噴火のことがわかるはずもない。

 そのまま村に居座って、気の済むまで山を観察することにした。

 初めは、おかしな異国人がいる、と村人に相手にされなかった。

 しかし、生活費のために近隣の魔物を討伐していたら、魔物の被害に悩まされていた村人にも徐々に受け入れられた。


“友と呼べる者もできた。そいつには幼い息子が居た。ある日、いつもより噴火の規模が大きくてな”

 村人たちと共に避難したが、件の子供が見当たらない。

“その時の俺も、氷の魔法は使えた。威力は今と比べたら貧弱なものだがな。それでも、何かあっても対処できると自惚れていた”


 子供は村の近くで遊んでいて、大人たちが避難したのに気づかなかったらしい。探しに来たヴェイグに暢気に手を降るほど、自分の身に降りかかろうとしているものに気づいていなかった。


“山から流れてきた燃える泥を氷で食い止めて、子供は逃した。俺も魔法を使いながら逃げたが…魔力も今ほど多くなかったのでな”


 途中で魔力が尽き、予想以上の速さで迫ってきた火砕流に飲まれたそうだ。


「それで身体が…」

“間抜けな死に様だろう?”

「苦しくなかったの?」

 燃える泥って表現するくらいだから、熱くて痛かったはずだ。

 僕は眠るように死ねたけど、ヴェイグは…。

“覚えていない。一瞬の出来事だったからな”

 そう答えるヴェイグの顔は、優しかった。


「その子、生きてたら今いくつかな」

“あの時5つだったか。息災ならいいのだが”

「是非、話を聞きたいな」

“話? 何のだ”

「そりゃ、ヴェイグの話だよ」

 ヴェイグが、しまった、という表情になった気がする。

“さて、そろそろ行くか”

 ヴェイグが不自然に話を切り替えた。苦笑しつつ、立ち上がる。



 大陸を巡りはじめて10日目。3分の2くらいは終わっただろうか。解呪は順調で、あの例の魔物も出てこない。

 そろそろ今夜はどうしようか、なんて話をしようとしたときだった。

 オーカに渡された通信石が着信を伝えてきた。


 通話を開始すると、応答したオーカの声は、切羽詰まっていた。

「コワディスが魔物に…助けて、私達じゃ…!」

「あやつも呪術を使っていたのだったな」

 すぐに交代すると、ヴェイグも即座に転移魔法を発動した。


 到着はいつもの、城の客室だ。3階にある部屋の窓から飛び降り、気配のする方へ向かう。

「ギルドハウス…の向こうかな。でもコワディスって確か…」

“城の牢に入れられていたはずだな”

 武術大会のイカサマを見破られてギルドに恨みを持ってたようだけど…執念深いなぁ。


 ギルドハウスは、焼け焦げた残骸だけになっていた。

 オーカ達の気配は、魔物の気配ごと町の外にある。


 熱気と悲鳴、何かの咆哮が伝わってきた。

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