39 VS四魔神・朱雀

 エリオスの行動に驚いたのも束の間、昼の陽よりもまばゆい光に、オーカは咄嗟に目を閉じてしまった。

 その直後に、耐え難い熱気。衝撃もあったが、オーカには殆ど響かなかった。


 オーカの上から、エリオスの巨体がずるりと落ちる。

「エリオス…!?」

 目を開けたオーカが見たものは、焼け焦げたエリオスと、伏せたまま動かないライドの姿だった。




◆◆◆




“足りんな”

 オーカ達の場所まで、まだ距離がある。

 ヴェイグが、渡した右腕だけで倒れている人たちに片っ端から治癒魔法を使ってくれている。

 治癒魔法は、広い範囲や遠くへ届けようとするほど魔力を消耗する。


 ヴェイグの魔力量は、普通の人に比べたらかなり多い。

 それでも、離れすぎているオーカの所には届けられない。

 エリオスとライド、それから他に何人もの冒険者が、とても良くない状態になっている。


「もっと渡すよ」

“いや、俺の最大値で足りないということだ”

 ヴェイグが歯噛みする。

 間に合わないから救えないなんて、絶対に嫌だ。

「僕の魔力を使おう」

 僕のステータスは全て、チートとスキルのおかげでヴェイグの十倍はある。

“どうやるのだ”

 魔力を球状にして渡したり、スキルで創った装備に貯めておくことは、これまでもやってきた。

 僕自身の魔力を、直接ヴェイグが使う、というのはやったことがない。


 やったことがないなら、やってみるまでだ。


「ヴェイグ、治癒魔法使ってみて」

 ヴェイグは迷わず、広範囲に最大出力の治癒魔法を放つ。

 右腕から、ヴェイグの魔力が流れ出る。

 そこへ、僕の魔力を乗せた。


“なるほど、これなら届く”

 ヴェイグが僕の魔力をうまく使って、魔法の範囲を広げていく。更に、届けたい場所へピンポイントに伸ばしていく。

 僕が走るより速い。

 治癒魔法に伴う光で、あたりが柔らかく明るくなった。




▼▼▼




「い…嫌、エリオス! ライド!」

 二人共、まだ息をしているのが奇跡だ。

 すぐに治癒魔法を二人に当てる。一度に複数の対象に治癒魔法を使うには、魔法を二度使うよりも魔力を消費する。

 だが、そんなことに構ってはいられない。

 大きな傷は塞いだが、オーカの魔力がすぐに底をついた。

 それでも魔法を使おうとするが、オーカ自身が消耗していくだけだ。


 また、何も出来ないのか。目の前の仲間すら救えないのか。


 堪えようとしても、涙が止まらなかった。


 目を閉じてしまったオーカは、辺りを包む別の光に気づけなかった。




◆◆◆




「王族って、泣き虫多いの?」

“オーカとイーシオンくらいだ”


 泣きじゃくっているオーカの横でそんなことを言ってみたら、オーカに聞こえないと分かっているのにヴェイグが反論した。


「う…え…? !? アルハ! エ、エリオスとライドが…!」

 僕の横を指し示す。そこには、名前を呼ばれた二人が体を起こして座っている。

「あ…け、怪我は!? だって二人とも…」

「酷い顔ですよ、姫」

 ライドがからかうように言い、気だるげに布を差し出す。

 エリオスも、口を笑みの形に歪めただけ。二人共、しんどそうだ。

「これ、アルハが?」

 怪我を治したことだろう。ギリギリで間に合ってよかった。

 …少し離れた所では、間に合わなかった冒険者が何人か出てしまったけど。

 だから、ここからは僕の役割だ。


「話はあとで。行ってくる」


 思いっきり踏み込むと、足にばちんと静電気のようなものが走る。

 この惨事を引き起こした熱源のところまで、跳んだ。



 治癒魔法が間に合った冒険者が、あちこちにいる。冒険者も、熱源らしい燃える鳥も、怪我が治ったことに戸惑っているようだ。


“朱雀か。白虎と並び四魔神とされている伝説の魔物だな”

「僕が居た世界にも似たようなのがあるんだよね」

 あっちの世界じゃ、こうやって実際に出てくることはない。さらりと出てきちゃうあたりが異世界だ。

 いや、こっちでも伝説扱いだから、簡単に出てきてもらっても困る。


 さらにそれより、こいつをこれ以上、生かしておく理由はない。



 朱雀の周囲に盾を創り出し閉じ込めた。それはすぐに弾かれてしまったが、同時に朱雀と同じ高度に足場を創って立っていた。

 刀で直接、斬りつける。炎が二つに裂けたが、すぐにもとに戻った。

 予想通り、多少の物理攻撃は効きそうにない。

 

 多少で駄目なら、手数を増やすまでだ。


 足場に留まったまま、刀を振る。数十回、数百回、数千回…。

 炎がもとに戻ったのは、最初の数回だけ。同じ場所を刀で斬り続けて、そこが元に戻らなくなったら別の場所を。

 刀がすぐに熱くなる。次第に創り直すのも面倒になり、手のひらの皮膚が焼け爛れて柄に張り付いても同じ刀を使い続けた。

 そうしているうちに、翼らしき部分が消滅し、朱雀が墜落した。

 僕も足場を消してそのまま地に降り立つ。


 朱雀の炎は最初の半分くらいになっている。転がりながら、僕から距離を取ろうとする。

「魔物が僕から逃げる理由を、ファウさんに聞きそびれてた」

“俺が魔物なら、アルハからは逃げるだろうな”

「何で」

“恐ろしい”

「どシンプル!」

 思わず突っ込む。

“魔物は『生きている』という実感がない、自分の命をなんとも思っていないだろうとは、冒険者の間で言われてきたことだ。アルハを見て逃げる魔物は、呪術の影響下にある魔物なのだろう。人が扱う呪術に影響された魔物ならば、人と同じように生命の危機を感じ、逃げるのではないか”

「初めからそう説明してくれたらいいのに」

“どちらも仮説の域を出ないのは変わらんからな、あながち間違いでもないかもしれんぞ。で、そろそろどうだ?”


 会話しながらも、朱雀を斬りつけ続けて追い詰めていた。

 朱雀はもう、炎で身体を再生できないらしい。キューキューと、か細い声で鳴きながら後退っている。


「これで足りる?」

 右手に魔力の球を作り、ヴェイグに渡す。

 治癒魔法で二人共魔力が殆どなくなっていたから、これまでの行動は全て時間稼ぎだ。


 相手が朱雀と気づいたときから、ヴェイグが消滅魔法を使えるだけの魔力が溜まるまで、待っていた。


「十分だ」


 左手で、朱雀の頭を掴んだ。最後の力でも振り絞ったのか、ごう、と燃え上がる。

 勿論熱いし、手や服が焦げる。それでも離さない。


 朱雀の前に、右の手のひらが向けられる。


 そこから生まれた黒い球体が朱雀を包み込むと、朱雀は球体ごと、音も立てずに消えた。

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