30 どこかへいったヨッパライ
――2時間後。
アルハと、アルハに絡んだ連中は、酒場で盛り上がっていた。
「それで、教会の人はどうやって魔物を?」
「ああ、追い込めって言われた場所へ皆で追い立てるんだよ。そうしたらよ、消えるんだ」
「魔物が消える?」
「そーだ。それこそ神の御業だろう? だから冒険者に頼る必要はねぇんだ」
上機嫌になった男どもは、アルハに問われたことを何でもよく喋った。
確かに酒場で、酒で口の軽くなった連中から話を聞き出す方法はある。
アルハの場合は、酒代を持つことを条件に入った後、奴らをどんな小さなことでも褒め称え始めた。
そうやって、気分が良くさせた頃に情報を聞き出し始めたのだ。
俺では、こううまくいかなかっただろう。
大方聞き出した頃、アルハは男たちのジョッキに酒を注ぐ回数を増やし、酔い潰した。
店員に多めの金を握らせ、酒場を後にした。
「あー、よかった。手を出してくる人たちじゃなくて」
夜も遅くなってから宿を探したのだが、かなりあっさりと見つけることができた。
そこでフードつきのマントを取り去り、装備を外して一息ついたアルハの第一声が、これである。
“だが、酔っぱらいの戯言だぞ。どこまで信じられるか…”
「嘘や誇張も混じってるだろうね。でもそれでもいい」
“何故だ?”
「取っ掛かり、って言ったでしょ。何でも良かったんだ。教会の話聞けたから、教会へ行って『本当ですか?』って聞ける」
“なるほど”
町の人間と話をすることが目的だったのだ。
しかも、あの流れなら普通には聞き難い話もできる。
“良い手段だな。手間はかかるが”
「酒場へ行くのが前提なのが、ネックだけどね」
アルハは酒を勧められて、断るのに苦労していた。
◆◆◆
早速教会へ行った。
入り口は解放されていて、誰でも入ることができる。フードを被ったまま中に入った。
イメージしていた教会と違って、長椅子や祭壇はない。教会というより、この造りは…。
“ギルドハウスにしか見えないのだが”
「僕も」
昨日の酔っぱらい達からも、昔は冒険者ギルドが存在したという話は聞いた。
教会だけになったのは、数年前からだというのだ。
教会だけになる少し前から、冒険者は魔物にやられることが多くなり、教会が何かしらの儀式をして魔物を退ける、といったことが増えていった。そうして冒険者やギルドへの不信感が募り、それを埋めるように教会の地位が上がっていった、と。
ギルドなら受付カウンターである場所に、シスターが本を読みながら待機していた。近づくと会釈してくれたので、こちらも会釈を返す。
「ここでは神の御業が見れると聞いたのですが、本当ですか?」
目元以外を布で覆うタイプの服を着ているので、表情が掴めない。
「貴方は町の人ではないようですね。そのような話を聞かれては、気になるのも当然でしょう。詳しくお話しますので、こちらへ」
シスターの後ろを素直についていく。
教会の奥の、関係者以外立入禁止的な扉の先へ。
廊下を歩いていると、後ろから人が、足音を殺して付いてきた。
僕の真後ろまで来て、何かを振り上げる。
僕にぶつかる寸前、その武器を素手で掴んだ。
掴んだのは、トゲ付きの棍棒だ。二度と使えないよう、握りつぶしておく。
「思いっきり物理攻撃…。神の御業ってこれのこと?」
わざと何事も無かったかのようにシスターに問いかけると、シスターはナイフを握って突進してきた。どこに持ってたんだろ。
棍棒の人を軽く突き飛ばして、僕も反対側の壁際に避ける。空振りしたシスターはたたらを踏んで、こちらを向いた。
「危ないので」
また突っ込んできたナイフの刃を指で摘んで、シスターの手から奪い取る。刃を握りつぶし、柄もろとも踏み砕いておいた。教会にこんな物騒なもの、いらないよね。
「何者?」
「冒険者です」
シスターの問いかけに、ギルドカードを提示してみせる。これ以外の肩書は持ってない。ヴェイグなら王族って言えるかな。言わないだろうけど。
「ただの冒険者じゃないでしょう!? 何者かと聞いているの!」
「そう言われても、他に答えようが…」
僕が本気で困っていると、シスターが脱力した。
「はあ…聞いたところで、もうどうしようもないわね。さ、やるならやりなさい」
シスターも棍棒の人も、両手を上げて目を閉じた。
「やるって…いや、そんなつもりはないよ」
慌てて首を振った。武器を向けてきた相手には容赦しないけど、そこまでしたことはない。
「じゃあ何をしに来たの? 冒険者でしょう?」
「話を聞きに来ただけで…」
「信じられるか! 冒険者は教会を憎んでるんだろう!?」
棍棒の人が目を閉じたまま叫ぶ。どうやら男性だ。シスターと同じ服を着ていて、性別が分からなかった。
「僕個人としては特に憎んだりは。教会にお世話になる冒険者は沢山いるから、恨む人なんていないと思う」
魔法が使えない冒険者はたくさんいる。そういう人は、クエストで負った怪我を教会で治してもらったりする。駆け出しで宿代を稼げなかったり、重傷を負ってしばらく動けない冒険者が、後日の寄付を条件に仮宿として何日か過ごすことすらある。
「なんだって…?」
男性が目を開け、上げていた手を徐々に降ろしていく。そんなに信じられないことかな。
シスターの方も、降伏のポーズをやめて俯いている。
「まさか…いえ…」
何かブツブツと呟いたかと思うと、被り物を取り去った。新緑色の髪がふわりと肩に落ちる。それから僕を見上げた。
「まだ信じられない。こんなことをしておいて、言える立場じゃないけど…少し話をさせてもらえる?」
「こちらの話を聞いてくれるなら」
シスターは少し考える素振りをした後、背中を向けて歩き出した。
付いてこい、ということなんだろう。
突き当りの扉の前まで来た。
「この先に、先生がいるの。先生と話をして、それを私達にも聞かせて欲しい」
シスターはそれだけ言うと、返事も待たずに扉を開け放った。
「なんです、シスター・シュナ。ノックもしないで」
中から聞こえたのは、女性の声だ。お年を召してる方のようだ。
「お客様をお連れしました、先生」
シュナさんはずかずかと部屋に入っていく。僕も入ってシュナさんの隣に並ぶ。男性はしばらく逡巡したあと、やはり入ってきて僕の後ろの方に立った。
部屋の中には大きくて頑丈そうな机と椅子。先程の声の主は、椅子の後ろにある窓から外を眺めている。
シュナさんと似たような服を着ているが、被り物はしていない。
その髪の色は、アッシュブロンドだ。
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