31 人を呪わば

“…!”

 振り返った「先生」を見るや、やっぱりというかなんというか、中のヴェイグが反応した。


「この方に聞いたのですが、冒険者は教会を恨んでいないと…」

 シュナさんが前のめり気味に切り出す。先生はシュナさんに優しくほほえみながら応えた。


「あらあら。そんな余所の方の言い分を頭から信じるのですか? 私よりも?」


 丁寧なのに、なぜか気分の悪くなる声、喋り方。胸に嫌なものが溜まるような気がして、咄嗟にそれを拒んだ。


「そう、ですね。私としたことが、先生を疑うなんて」

「え?」

 シュナさんの態度が急変した。先生の側へ行き、跪く。それから先生の片手を取って口づけた。

「お許しください」

「ええ、勿論、許しますとも」


 呆気に取られていたら、後ろから男性が飛びかかってきた。横に避けてから、男性の腕の関節を極めて床に倒す。

“アルハ、あれが何かしらの呪術で操っている。魔法陣は使っていないようだ”

 すぐにスキル[超感覚]を発動させた。机の下になにかある。

 見えないものを感じ取るスキルだから、それの正体は机に隠されていなくとも目には見えない。ただ、何かあるのは分かった。

 机の上にハンマーを5創って落とし、机ごとそれを破壊した。


「いまのは…」

 先生がなにか呟いて僕を見つめる。


「痛て…な、何が…」

 制圧したままの男性が、うめき声をあげた。なんだか大丈夫な気がしたので拘束を解く。

「私…いったい…?」

 シュナさんも立ち上がって、先生から距離を取った。

 先生は、そんなシュナさんの行動に見向きもせず、まっすぐ僕のところへきた。


「今のはスキルね!? ヴェイグ兄様! 私です、ファウです!」

 やっぱりこの人、ヴェイグの妹だ。


「僕はアルハだ」

 ただ、敢えてヴェイグのことを言わないでおいた。


 僕の返答を聞くや、ファウさんの顔がみるみる歪んだ。

「そんなはずないわ。兄様はスキルを手に入れて蘇るの。この大陸に居たスキル使いは、1人を除いて皆死んだわ。その1人は兄様じゃない。アルハ? 貴方は邪魔ね」


 ファウさんの動きは、失礼だけど年不相応に速かった。

 振り上げた右手に何かが集まって…シュナさん達を包もうとした。


「呪術は目に見えないのかな。でも物理で防げるんだよなぁ」

 シュナさん達を創った盾で守る。

「っ! 兄様、兄様! いらっしゃるのでしょう!? ファウを助けてください!」

 誰にも手を出せないと理解するや、僕に向かって甲高い声で叫び始めた。どうしたらいいんだ…。


“アルハ、代わるぞ”

 迷っていたら、ヴェイグが身体を持っていった。




◆◆◆




「ファウ、黙れ」

 アルハの声で命令すると、ファウは即座に口を噤んだ。

「俺は確かにここにいるが、身体はアルハのものだ。そして、アルハを侮辱するのは誰だろうと許さん」

 アルハは自身に向けられた悪意や害意に鈍感なところがある。話を聞くに、昔からそうであったようだ。

 以前どうだったかはわからないが、今は俺がいる。アルハに向けられる悪意は、俺に向けられた悪意も同然だ。

 俺はそれを、アルハのようには許しておけない。


「に、兄様…」

「グランシスターとはお前のことか」

「そんな、兄様、私は…私は、兄様を想って」

「俺のために、各地に魔物を放ち、呪術の種を撒いたのか」


 ファウはいやいやするように首を振りながら後退った。

「だって、兄様が死んでから、国がなくなって…。今いるスキル使い達は伝説ほど強くないから、国はもとに戻せない。だから私が、ディセルブの呪術で、世界を…」

「世界をどうしたかったのだ。お前がやったことのせいで、どれだけの人が血を流したと」

「世界はディセルブのスキル使いのもの、つまり兄様のもの! 兄様のために、私が用意して差し上げたかったの!」

「いらん。俺が何故あの国を出たか、まだわからないのか」

 俺が吐き捨てるように言うと、ファウはふと真顔になり、顔を上げた。


「いらない? 兄様、世界いらない?」

 ファウは同じ台詞を何度も繰り返し、その度に身体が膨れていく。

「先生っ!? 何、何が起きているの!?」

「逃げろ。できれば、周囲に人を近づけさせないようにしてくれないか」

 まだ部屋にいたシュナと男は、素直に部屋を出た。頼みを聞いてくれるかは分からない。

“ヴェイグ!”

「アルハ、俺がやる。交代はしないでくれ」

“でも…!”

 今のファウの気配は、あの時の……魔物と化したラムダに似ている。

 ラムダは転生の呪術を飲み込んだ影響で魔物に成り果てたと考えていたが、少し違うようだ。


 呪術自体が、人を蝕んでいる。


“せめてスキルを”

 アルハの口ぶりから察するに、どうやら俺ではファウに敵わないようだ。

「俺がスキルを使うと、アルハまで3日も寝込んでしまう。そんな猶予はない」

“じゃあ、やっぱり”

「頼む、任せてくれ。詫びは後でする」

 勝てない、敵わない、やられるかもしれない。そんな理由で、アルハに押し付けていい相手ではない。

“詫びる必要はないよ。わかった、無理はしないで”


 肥大化したファウは、ラムダと同じく白虎へと変貌を遂げた。

 あのときはアルハのスキルで剣を創り、それであっさりと倒すことが出来た。

 今の俺にあるのは、魔法のみだ。


 口を開けようとしたところへ、水と冷気を放って凍らせる。白虎が頭を軽く降るだけで、氷はあっさり砕けて剥がれ落ちた。

 魔法で創った刀を、その喉元へ突き立てる。毛皮が刃を弾いて逸らされた。

 やはり、前はアルハのスキルがあってこそだった。

 白虎の前足の動き対応できず、脇腹を薙ぎ払われる。

 教会の壁をぶち抜き、外の建物を2つほど貫通するまで吹き飛ばされた。

 左腕と左足が動かない。右半身のみで立ち上がろうとすれば、もう目の前に白虎が迫っている。

 町の人間は、教会からは離れたようだが、この近くにはまだ少しいる。

 町から逃げろ、と頼むべきだったな。


 振り上がった前足に、為す術もなく打ちのめされた。




◆◆◆




 ばちり、と指先に放電のような現象が起きた。

 スキル[治癒力上昇]だけを強化して、折れていた腕と足を瞬時に治す。

 鈍痛はあるけど、これで動ける。


 今は、痛みは気にならない。


 建物の残骸に埋まった身体を起こして立ち上がる。まだ放電が起きている。全身に、力を漲らせているせいだろう。


 ヴェイグが殴られている間、ちゃんと我慢できた。

 詫びはいいから、後で褒めてもらおう。

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