21 しゅみです

 冒険者の足なら、町から城まで馬車を呼ぶより歩いたほうが早い。

 城へ着くと、オーカが案内してくれた。

 今回は王との謁見じゃないから、面倒くさい儀式はない。よかった。


 案内された部屋には、6人掛けのテーブルがあった。必要最低限の家具と、続きの間には寝室やお風呂が備え付けられている。客室と会議室の中間みたいな感じだ。

 お風呂の手洗い場を借りて、水を使って顔を拭う。やっとさっぱりした。


“次にこういうことがあったら、俺の番だからな”

 ヴェイグが何だか不機嫌だ。

「ヴェイグを痛い目に合わせたくないんだよ」

“俺だってそうだ。アルハが殴られている間中、はらわたが煮えくり返る思いだった。俺の感情を蔑ろにしないでくれ”

 僕は僕以外の誰かが酷い目に遭うのを見たくない。同じ気持ちを、ヴェイグも持ってたんだ。

「……わかった」

 かと言って、ヴェイグが殴られてる時に、僕は大人しくできるかな。……できないだろうな。

 ジャッカロープの時がそうだった。魔物相手だったのに、ヴェイグが攻撃を喰らった瞬間、反撃してた。


「アルハ、何かあった?」

 手洗い場で考え込んでいたら、時間が経っていたようだ。オーカに声を掛けられてハッとした。

「なんでもない」

 応えて、皆が待つ場所へ戻った。



 部屋にはセネルさんが来ていて、お茶や軽食を用意してくれていた。

 挨拶をすると、にこやかな笑顔で挨拶を返してくれる。相変わらず、僕らみたいな一介の冒険者にも丁寧だ。

 椅子に座ると、テーブルの支度が終わったセネルさんが隣りに座った。


「それじゃあ、起きたことを話すわね」

 オーカは僕が受けた仕打ちや、ガブレーンのことを詳細に話しだした。僕は牢に入れられる前後について質問をされて、正直に答えた。


 トイサーチの家族を人質にされかけた、という話しのあたりから、セネルさんのこめかみがピクピクし始めた。

 僕が枷を付けられて投獄されたと聞いて、顔を真っ赤にしていた。もしかして、怒ってくれてる?

 話を終える頃、セネルさんは目を閉じて天を仰いでいた。


「どうしますか、お父様」

 お父様発言はオーカだ。って、お父様? 


「ギルドは一旦解体、人事を刷新して再構築しましょう。人選は姫に任せても?」

「やってみる。エリオス達にも協力してもらうわ。いい?」

「おう」

「承知」

「ええ」

「冒険者たちも、ガブレーンが統括就任後に登録したものは一度調査が必要ですな。現時点で受けているクエストの精査も……」

 セネルさんがいろんなことを片っ端から決定していく。オーカの「お父様」が気になってしょうがないのに、聞き出すタイミングがない。更にそれよりも、どうしてセネルさんが? 


「アルハ殿。ガブレーンの処遇について、何か意見はございますか?」

 話を振られた。今だ!


「その前に、セネルさんがオーカの父上ということは、王様なんですか?」

 その場にいた僕とヴェイグ以外の全員が、あっ、という顔をした。


「言ってなかったわね。ええ、セネルは私の父よ。でも王ではないわ」

「我が国は、原則として現王の第一子が王位継承します。オーカの母が女王であるのも、そのため」

 セネルさんが丁寧に説明してくれる。

 つまり、先代の王の最初の子が、オーカの母上である女王。女王とセネルさんの子がオーカ。

「それじゃあ、何故セネルさんは……その、僕はてっきり、執事さんかと」

「執事業は、趣味です」

 キリッとした顔で言い切られた。

「は、はあ……」

「まあ、私のことはひとまずこのくらいで。それで、ガブレーンはどうします?」

「お任せします」

「直接の被害者である貴方なら、刑の厳罰化を求めることもできますよ」

「そういうのは特には。可能なら、できるだけ僕と会わないようにしていただければ」

「わかりました、アルハ殿がそう仰るなら」



「ってか、皆は知ってたの?」

 話が終わり、セネルさんは「では諸々、手配してまいります」と退室していった。

 王じゃなくても王族で、ギルドに関する職務はセネルさんが担当してるそうだ。

 オーカとエリオスたちだけになってから、聞いてみた。

 ヴェイグは、

“変わった王族だ……”

 と呟いてから、遠い目をして静かになってる。


「父の希望なのよ。必要になるまで身分を明かすな、って言われてるの」

「なんでそんなことを……」

「城の執事に対する態度が、その人の本性である……とか、尤もらしい理屈を捏ねてたわ。でも、本人が言ったとおり、ただの趣味よ」

 執事が趣味……うーん、わからない。

「アルハは父に、セネルに端然とした挨拶をしたそうね」

 初めて城にきた時のことかな。ヴェイグに教わった作法で挨拶したっけ。

「付け焼き刃だったけどね」

「完璧な所作だったって聞いたわよ」

「え、そうなの?」

 ヴェイグにだけ聞こえる声で「ヴェイグのお陰だね」と伝えると、ヴェイグからは“そうか”と素っ気ない返事がきた。


「アルハ、調査の話をしてもいいかしら?」

 そもそものきっかけになった、呪術に関する話のことだ。

「ギルドが一度解体ということは、調査をするかしないかの話も白紙になるわ。けど、他の人の手を借りるつもりは、元々ないの」

 オーカは一呼吸置いて、続けた。

「ヒッポグリフが、巨大なヒッポグリフになったのを、ギルドから遠眼鏡で見てたわ。それを倒すアルハのことも」

 遠眼鏡は性能の良い望遠鏡みたいな道具だ。

 そういう道具があるのを知ったのはこの後、ヴェイグに聞いてからだった。

 だから気配はなかったのに僕のことを見てた人がいたんだ。

「あれは、並の冒険者じゃ相手できない。アルハに頼るしかないと、確信してるの」

「おい、まさか」

 エリオス達が立ち上がる。


「調査は、私達がする。だけど、もしその過程で呪術つきの魔物が出てきたら……討伐はアルハ一人に任せたいの」

「わかった」


「無茶だ! いくらなんでもアルハ一人……わかったぁ!?」

 ライドもノリツッコミする人か。いつも落ち着いてて、冷静なタイプだと思ってたから意外だ。

「そりゃないだろう、俺たちだって冒険者だ。討伐を……」

「エリオス、ライド、落ち着きなさいよ。自分たちの目で見たじゃない、アルハの強さを」


 この前、建物に潜入したときのことだ。

 あの場は僕が魔物を倒したからクリアできたように見えるけど、僕がいなくても、この4人ならなんとかなってた。

 魔物を倒しきれなくても、あの細い通路を塞いで一旦退いて、戦力を整えて挑み直すこともできたはずだ。

 僕を引っ張り出したのはオーカで、僕の強さを3人に見せたかったんだろう。


「だが……」

 エリオスは仲間思いだ。殴られた痕だらけの僕を一番気遣ってくれてたのはエリオスだった。

「大丈夫。一人っきりってわけじゃないんだ」

 ヴェイグのことは、そのうち話そう。この3人なら大丈夫だ。


「後方支援は任せて。助力は惜しまないわ」

 リースはいつも一歩退いて、他の2人が最大限の力を引き出せるように動いてる。全体を見渡せる人だ。



「とりあえず、今日は休みましょう。部屋は用意してあるから。……父上が」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る