20 どうしようもないなこのギルド

 スキル[治癒力上昇]をオンにして、傷を塞いだ。右手だけ代わって、ヴェイグに治癒魔法も使ってもらう。


「……は? なっん?!」

 ガブレーンが僕に拳を掴まれたまま、変な声を出した。


 さらに、僕が口の中に溜まった血を床に吐き出す音で、他の人達がざわめき出した。

 僕の枷が千切れて外れていること、傷が治ってて動けること、牢の格子が飴細工みたいに曲がっていること。

 一瞬のうちに色々やったから、ついてこれなかったようだ。


「放せっ」

 ガブレーンが慌てている。ガブレーンの拳を握った左手の、力の調節ができない。

「がああああ!!」

 ごぎゅり、と嫌な感触がして、ガブレーンが叫んだ。逃がすつもりはない、と少し力を込めたら、手を砕いてしまったようだ。

 放してやると膝から崩れ落ち、自分で治癒魔法を使いはじめた。魔法使えたのか。


 オーカの後ろに回って、枷を力任せに引きちぎる。

「アルハ……なんでその怪我で動けるの!?」

「もう治った。オーカ、僕の後ろへ」

「枷も……鋼鉄製なのに……」

 オーカがなかなか動かないので、僕が動いてオーカの前に立った。

「なにしてる、捕まえろ! さっきまで弱ってたやつだ!」

 僕のこと、規格外だとか言ってなかったっけ。それで、どうして普通の人をけしかけるかな。


 ガブレーンに逆らえないのか、元々付き従ってるのか分からない人たちが、武器を手に向かってくる。

 一人の長剣の刃を素手で掴んで奪い取り、突っ込んできたもう一人の剣を叩き落として踏み砕く。

 刃を握りしめても、薄皮一枚切れずに握り潰すことができた。

 スキルを個別に、使いたいものだけ強化できるみたいだ。一度に一つだけかな。後で色々試そう。


「いいのか、アルハ! トイサーチの家族が、どうなってもし……あ……」

 手を治したらしいガブレーンが立ち上がって何か言い出す。全部言わせる前に、ガブレーンの頭を掴んで、壁に押し付ける。

 手や腕を素手で殴って反撃してくる。さっきまでと違ってスキルは全開放、防御力も上がっているから、全く痛くない。

「あそこのギルドは、皆いい人なんだ。僕の家族のことも頼んである。万が一のための対策も、ちゃんとしてある」

 具体的には、ヴェイグがマリノから借りた拒魔犬が、何かあったら教えてくれる。

 更に、いつでもヴェイグに転移魔法を使ってもらえるよう、前髪を留めているバレッタには常に魔力を貯めてある。

「その上で、僕の家族を害しようとする奴は……今この場で、どうなるか示しておこうか」

 今度は握りつぶさないように、手に力を入れる。

「ああああああ! やめ、やめああああああああ!!」

「オーカはどうしてここに?」

 ガブレーンの悲鳴を聞き流しながら、背後のオーカに声をかける。


「そこの人が、アルハがガブレーンと喧嘩になってるから止めてくれって。ギルドハウスに入った途端、拘束されて……」

「そこの人は、どうしてそんな嘘を?」

「ひっ!?」

 [威圧]は使ってないのに、オーカ以外の奴らは皆、その場に固まっていた。僕に尋ねられた人は、さらに青くなっている。

「ち、違う! ガブレーンが、姫を人質に取れば城もアルハも思い通りにできる、そしたら報酬が……」

「あ、もういいです」

 お金とか手柄とか、そういうのに執着してしまったのか。

 誰がどういうことに手を染めたのかってことに興味はない。

 ただ、僕の周囲を巻き込んだことだけ、許せない。


 静かになったと思ったら、ガブレーンが泡を吹いて失神していた。死んだりはしてないと思う。


 他の連中は、どさりと地面に落ちたガブレーンを見て完全に腰が引けている。

 さっさとこの場から立ち去ろう。階段へ向かおうとしたら、上から誰かが降りてきた。

「オーカ! 無事か……って、アルハ!? 何があったんだ」

 エリオス、ライド、リースだ。どうやらオーカを心配して駆けつけてくれたらしい。

 三人はオーカを見てから僕を見て、一瞬ビクッとしてた。傷は治したけど、顔の血を拭う暇はなかった。

「とりあえず上へ……いえ、城へ行きましょう」

 オーカが三人と僕を促して、外へ出た。



 牢に来る前に取り上げられた持ち物を回収し、その中から布を引っ張り出して、簡単に顔を拭った。

 乾いた血が取りきれなくて、肌がむずむずする。

「水で洗いたいな」

 ぼそっと呟くと、リースがビクッと反応してから僕を見上げ、それから明らかにホッとした表情を浮かべた。

「……よかった、いつものアルハね」

「え?」

 今日はずっとヴェイグと交代してない。

「どういうこと?」


「すごく怖い顔してたのよ。自分で気づいてなかった?」

「血まみれだったからね。まだスッキリしないよ」

「気づいてなかったみたいね……」

 僕らの会話を聞いて、前を歩いていた他の三人も振り向く。

「いや、短い付き合いだが、アルハがあんな風になるとはな。驚いたぞ」

「傷は見当たらないがこっぴどく殴られたんだろう、本当にもういいのか?」

 エリオスとライドが感心したり心配したりしてくれる。

 というか、僕はさっきまでどんな顔してたんだ。

「一体何に怒っていたの?」

 僕が顔中に疑問符を浮かべていると、オーカが心配そうな顔をして聞いてきた。

 怒ってたことか……。

「トイサーチに家族がいるんだけど、彼女たちに手を出す、みたいなこと言われたのと」

「家族? 奥さんってことか?」

「アルハ結婚してるのか!?」

「オーカ、知ってたの!?」

「食いつく所そこ!? 結婚はしてないよ! 家族って言うか二人は妹みたいなもので……」

「アルハ、その話は後ほど詳しく。で、他の理由は?」

 オーカが皆をなだめてくれたけど、家族の件はどのみち話すことになったようだ。あれぇ?


「あとは、オーカが殴られそうになったことかな。酷いよね、あいつ」

「……それだけ?」

「うん」

「自分が殴られたことは?」

「そもそも話を聞きに行ったのは僕の方だから。思ったより痛かったけど」

 四人が何故か唖然とした。


「そういえば、殴ってた人たちにやり返してなかったわね……」

 オーカが呟く。

「枷、自力で外したんだよな? いつでも反撃できただろうに」

 ライドが僕をまじまじと見る。

「そうか、アルハはそういう男か」

 エリオスに肩をバシバシと叩かれた。

「ちょっと、怪我人よ」

 それをリースが嗜める。

「いや、もう治ってるから」


 ついこの間、その場限りの即席パーティとして知り合ったばかりなのに。

 三人とオーカにわいわいと絡まれるのは、妙に居心地が良かった。

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