14 守り守られ

「……後で話す」

 これは女の勘というやつだけではないのだろうな。

「俺もまだまだだな」

“ヴェイグは頑張ってるよ”

 アルハにだけ聞こえる声で自虐すると、慰めが返ってきた。心にくるものがある。


 オーカはわかった、というようにひとつ頷いた。

「魔物はどうなったの?」

「全部倒した。町に少々火が回った。消してはおいたが、確認してほしい」

 報告は、ガブレーンにも伝わった。

「アルハは休んでくれ。後片付けは、こちらでやろう」

「頼む」




◆◆◆




 オーカとガブレーンが着替えと個室を手配してくれた。

 どちらも有り難く借りて、個室で体を拭いてから着替える。

 元々着ていたヴェイグの装備は、繕うのも難しいほど破損してしまった。

 新しい装備を探さないと。


 借りた服は、深いVネックの黒いシャツに生成り色のゆったりしたズボン。

 簡素で動きやすい。このまま魔物を倒しに行く予定はないけど、何かあっても大丈夫だろう。


「アルハ、もう一度機会をくれないか」

“機会?”


 このあとオーカが二人きりで話がしたいというので、個室に来ることになってる。

 流石に状況が姫として良くないので、扉の外に人を置くけど。




 部屋がノックされた。

「どうぞ」


 オーカが入ってきた。椅子を勧めて、対面に座る。

「貴方は誰?」

「さあ、誰でしょう」

 ヴェイグに「こういう状況なら、どう答える?」と聞かれたので、あれこれ答えておいた。

 ちょうど想定内の会話になった。

 ヴェイグの素の口調は毅然としすぎてて、たまに少し堅苦しい。

 もうちょっと砕けた感じが僕っぽい、と思う。


 オーカに、僕だと思ってもらえれば成功だ。


「アルハじゃないでしょ」

 オーカは一寸の迷いもなく即答した。

“なんでバレた”

「何故分かる?」

 ヴェイグは諦めて素になった。


「表情よ。アルハはもっと、ふにゃふにゃした顔をしてるわ。貴方は顔が少しも緩んでないのよ」

「むぅ……」

“ふにゃ……”


 敗北を悟ったヴェイグが、オーカに状況を説明してくれた。

「そんな事になってたの……」

「随分簡単に信じるのだな」

「それだけ人が変われば、疑う余地もないわ」

“ふにゃふにゃ……してるのか……”

 ショックが抜けない。こっちの世界に来て一番凹んだかも知れない。

「アルハが落ち込んだままなのだが」

「え、私のせい?」


 僕らの体調を気遣ってか、オーカは今後のことを軽く話してすぐに退出していった。

 もう今日は、誰かと会う予定はない。


「アルハ、大丈夫か」

“うん、なんとか”

「では、アルハの話を聞こうか」

“僕の話?”


「俺を誰と重ねている?」

 なんでそこまで分かっちゃうかなぁ。


「アルハが話すのを待つつもりだったが、他の誰かと同一視されて守られると、俺の矜持が傷つく。話せ」

“……”

 そんなつもりはなかった。守ったわけじゃない。いつか話す。……言い訳が頭の中をぐるぐる回る。

 でも、プライドが傷つくと言われたら、これ以上黙っているわけにはいかない。


“僕の両親、事故で亡くなった話はしたよね”

「うむ」



 事故なんかじゃなかった。

 僕の大学合格祝いで、少し豪華な夕食を食べに行った帰りだった。


 三人で道を歩いていたら、車が突っ込んできた。

 二人は僕を庇って。



 普通の一家だった。

 父は小さな会社で働くサラリーマンで、母は専業主婦。

 大きな会社と同じ苗字だけど、無関係だとずっと聞かされていた。


 二人が亡くなってから、無関係どころか、間違いなく大会社社長の血族だと教えられた。

 父がそれを僕に隠していたのは、僕を普通の子供と同じように育てたかったから、と思っている。


 なぜなら、僕以外の血族は、普通じゃなかった。

 社長が病に伏せると同時に、遺産の取り合いで人を殺すような連中だ。

 僕の両親の遺産は、社長の遺産に比べたら微々たるものだった。

 それすら奪っていったのは、僕にやり返す機会を与えないようにするためだったんだろう。


 学校とバイトに明け暮れたのは、生活のためではあったけど、二人の死を吹っ切るためでもあった。



 ……途中、車とかサラリーマンとか、そういう単語の解説を交えながら、こんな内容の話を打ち明けた。

 ヴェイグは時折頷いたりはしていたけど、ずっと黙って聞いていた。

 話し終えると、ヴェイグは怪訝そうな顔になった。


「ひとつ聞くが、アルハは両親を殺した者たちを、同じ目に合わせたりしないのか」

“しないよ。あのときは今みたいな力もなかったから。それに、そいつらが同じ目に合っても二人は帰ってこないし”

「恨みはないのか」

“あるよ”

「……ならば今、目の前にそいつらが現れたら、どうする」

“どうもしない。顔も見たくないし。……ああでも、他の誰かにも同じことをしようとするなら、全力で潰すよ”

「なるほど、気高い魂、か」

“へ?”

 ヴェイグはなぜかクククと笑った。


「過去など聞いてもどうにもならんと思っていたが、心得違いだったようだ。アルハのこれまでの行動が全て腑に落ちた」

“そう?”

「ああ。……敢えて言うが、俺は死なんぞ」

“うん”

「過剰に庇われるのは性に合わん。だが、これからもアルハはアルハの好きなようにしろ。何度でも止めてやる。やり方は荒くなるがな」

“……ありがとう”


 二人は僕のせいで死んだんじゃない。生かされたなら、自分を大事にしろ。

 ……っていう話は他の人に散々聞かされてきた。

 日本で生きるなら最もな話だし、僕に掛けられる言葉なんてそのくらいしか無いんだろう。

 でも僕は、慰めが欲しいんじゃない。優しい言葉で殴られるサンドバッグになるつもりもない。


 ヴェイグが、そういう言葉をひとつも言わなかったのが、すごく嬉しい。



「オーカ、オーカ」

 夕食に行こうとギルドハウスから出ようとしたら、入口前に人がたくさん集まっていた。

 聞き耳を立てると、呪術つきの魔物を倒した黒髪の冒険者をひと目みたいとかなんとか、穏やかでない台詞が聞こえてきた。

 誰だ言いふらしたの。ていうか誰か見てたの?

 出るに出られず困っていたところへ、オーカの姿が見えたので、物陰からこっそり呼んだ。

 オーカは無事僕に気づいてくれて、そっとこちらへ来てくれた。

「町を救った英雄が、どうしてコソコソしているの?」

「その英雄扱いが嫌なんだよ。僕は静かに生きたいんだ」

 オーカは複雑な表情を浮かべつつも、夕食の調達を引き受けてくれた。

「助かる。ってか、姫君にこんな雑用頼むの、流石に気がひけるんだけど」

「ここにいる時の私は、一介の冒険者よ。姫扱いはしなくていいわ」

 笑顔が眩しい。

 こっちの世界に来てから、人に恵まれてるなぁ。

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