15 ギルドと教会

 コワディスを尋問するのに同席させてもらった。

 頼まれて出場した武術大会の初戦の相手が、僕らの旅の目的の手がかりを握ってるかもしれない。奇妙な因縁だ。

 小さな部屋に机と二脚の椅子。格子の嵌った窓では明かりが不十分なので、燭台も一つ。

 ポリスドラマでよく見るやつだ……と口から出そうになるのを飲み込んだ。


 椅子にはガブレーンと、腕を拘束されたコワディスが座っている。僕の分は置く場所もないので、壁に背を預けて立っている。

 なんとなく腕を組み、コワディスを見下ろす形になった。

“[威圧]を使うのか?”

「話してくれなさそうなら使う」

 とは言ったものの、使わず済むに越したことはない。


 さて、ちゃんと全部喋ってくれるかな……という不安は、すぐにかき消された。


 やったことの確認、動機と何事もなく答えてたのに、呪術を何処で知ったか、という問いには黙秘を決め込んできた。

 その途端。

 ガブレーンが、額がくっつくんじゃないかってくらい、コワディスに顔を近づけた。無表情で。


「いいから話せ」

 この人[威圧]使えるの? と錯覚するぐらい、ボリュームは小さいのに低く迫力のある声だった。

 コワディスが顔をそらそうとすると、顎を掴んで無理矢理正面を向かせる。

「話せ」

 重ねて問い詰める。それでも黙ったままのコワディスから、ガブレーンの手が離れた。

 立ち上がってコワディスの横に移動し、頭に手をかける。


 ゴン、という鈍い音と共に、コワディスの顔面が机に打ち付けられた。

「あっが……」

 鼻と唇から血が出てる。ええ、これ、いいの?

「話せ」

「う……ぐ……」

 また机へ。

 何度か繰り返されて、白いものが机から落ちて足元に転がってきた。折れた歯だった。


「こういうの、アリなの?」

“話さぬほうが悪い”

 容認されるのか。怖い。


「あの、その状態じゃ、話せるものも話せないのでは……」

 見かねて口を出してしまった。

 でも実際、机だけじゃなくガブレーンの拳も顔にヒットしていたので、顔中腫れ上がって発声しづらそうだ。


「む、やりすぎたか。少し休憩しよう」


 ガブレーンに促されて、僕も部屋から出る。それから小声で話しかけられた。

「治癒魔法は使えるか」

「はい」

「ならば使ってやってくれ。俺や他の者がやるより、効果があるだろう」

「効果?」

 僕の疑問には答えず、ガブリ―ンは離れていってしまった。


「どういうことだろ」

“やってみれば分かるだろう”


 再び部屋に入る。コワディスはぐったりと、机に顔を横向きに落としている。

 近づいて、その後頭部に手を当てた。

 コワディスの身体が一瞬ビクッと震える。



 相変わらず、僕は魔法が苦手だ。魔物との戦闘で使ったことはないし、使ったとしても難易度H相手に連発して倒せるかどうかというレベルだ。

 ヴェイグによれば、通常は魔力を持っていると判明した時――多くは幼い頃から、魔法についての教育がはじまる。

 その過程で、魔法の仕組みや魔力の扱い方を体に染み込ませる。

 僕はそれをやってこなかったから、なかなか身につかないのでは、ということだった。


 ヴェイグは無理だと思っていたヴェイグからの交代を成功させた。

 それを見たときから、僕の諦めの悪さが再加速した。



 今、コワディスに治癒魔法を使っているのは、僕だ。

 ヴェイグのように、大怪我を一瞬で治すことはできない。

 コワディスの怪我は、顔ということもあって見た目は酷いけど、重傷ではない。

 それでも時間が掛かった。


 ちゃんと治ったかどうか、まじまじと顔を見ていると、いつの間にか目を開けていたコワディスと目が合った。

「あ、えっと……まだどこか痛い?」

 コワディスはぱちぱちと瞬きをして、ゆっくりと身体を起こした。

 肯定も否定もなく、机の一点を見つめ続ける。

 居心地の悪い沈黙だ。


「その、話せない理由とかあるの?」

 気まずさに耐えきれなくなって、訊いてみる。

「理由があるからって話さなくていいってわけじゃないけどさ。僕も聞けないと困るし」

「困るのか」

 急に応答されると、それはそれで吃驚する。

「うん」

「何故だ? 俺が術を何処で知ったか聞いて、どうするつもりだ」

「止める」

 会話が続くことに安堵しつつ、譲れないところははっきりと言った。

 コワディスが驚愕の表情でこちらを見た。

「止める、だと」

「そんな呪術があると、安心して暮らせない。だから、広めてる所があれば潰しにいく」

 僕が真面目に言うと、コワディスは笑い声を上げた。

「ハハハ……ッ! 面白い奴だな。止めれるもんなら止めてみろよ。相手は教会だ」

「教会?」

 問いただそうとしたら、扉の外で人の気配がざわめいた。話はずっと聞かれていたんだろう。

「後は外の奴にでも聞け」

 コワディスも承知の上だったようだ。そして、それきりまた黙り込んでしまった。



 早速ガブレーンに話を聞きたかったのに、

「後でまた」

 と、慌ただしく何処かへ行ってしまった。

 他の人も似たようなものだった。

 急に騒々しくなったギルドには、オーカの姿もなかった。


 この世界の教会は、特定の信仰の場所ではなく、公共施設に近い。

 神様がいると信じている人は信じてもいいよ、っていう緩い感じだ。

 そんな教会が相手ということは……。

「どういうこと?」

 全く想像がつかないので、この世界の先輩のヴェイグに聞くことにする。


“そうだな……。まず、一定の領土を治めるのは国だが、国の力の及ばぬ遠方の町はギルドがその役を担っている”

 人を襲う魔物から身を守ってくれる冒険者をまとめているから、自然とそうなったそうだ。

“教会は、ギルドができないことをする所だ”

「できないこと?」

“人、主に孤児を保護し生活させる。病に伏せたものを看護する。そんなところか”

 孤児院と病院、みたいな感じかな。

 対してギルドは警察、自治体。

「ギルドは人を守る所で、教会は人を救う所、で、合ってる?」

“そうだ”

「え、じゃあ教会が相手って……」

“民を支えているものの半分が、敵になったということだ”

大事おおごとじゃないか」


 ことの重大さは分かったけど、今すぐどうしていいかは分からない。

 まだ話を聞ける雰囲気でもなかったので、装備を探しに出ることにした。

 準備は大事だからね。


 目に付いた装備品店に入り、適当に見繕ってもらった。

 アンダーに黒いタートルネックの長袖シャツ、半袖のジャケットは留め具がベルト状で、黒いストレートパンツの上には暗い赤色のラインが入った腰巻きも着けた。

 ……って、前着てたのに似てる。


「どう?」

 動きやすさを確認してから、ヴェイグの意見を求める。

“いいんじゃないか”

 ヴェイグは服にはあまりこだわりがないようだ。

 僕もあまりないので、このままいくことにした。

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