13 VSロード・ヒッポグリフ

「げふっ」

 ヒッポグリフが完全復活する前に動こうとしたら、何かがこみ上げてきて、咳き込んだ。

 咄嗟にあてた手には、血が付いた。


「……っげほ、げっ」

 踏まれた時にどこかを痛めたようだ。胸のあたりが軋む。

“右手を”

 大丈夫、と言いたいのに、喉からヒューヒューという音しか出ない。血が留まってしまったようだ。

 喋れずにいたら、問答無用で右手を使われた。癒やしの光が、胸元にあてられる。


 ヒッポグリフの方は、首と胴が完全に元通りになったようだ。

 またこちらに前足を振り上げてきた。

 申し訳ないが、一撃で倒せない。

 刀を振るって、その前足を斬り落とす。


 体制を崩しかけつつ、そのまま翼で飛び上がっていった。そういや、飛ぶんだった。

 前足は首のときと同じく、血で繋がって空に浮かび上がった。


 更に何度か咳をして、喉の血の塊を吐き出す。

「うえ、この味は、慣れないなぁ」

“美味いと感じたら、それはどうかと”

「確かに」

 軽口を叩く余裕も出てきた。


 弱点三箇所を同時に。方法は色々思いつく。最適解はどれだろう?

 暫し黙考していたら、ヒッポグリフが先に動いた。

 潰した嘴がいつの間にか復活していて、そこから炎を吐き出した。範囲が広い。

「建物が!」

 近くの炎しか消せず、木造の家に火が付きはじめた。


 最適解とか言ってられない。

 早い決着が最優先。魔物への配慮っていう甘い考えは捨てる。


 全力で跳び上がり、足場を創ってヒッポグリフに迫る。前足は既にくっついていた。

 相手は空を自在に飛べる。僕も戦闘中に飛ぶ方法を探したほうがいいかも知れない。今は間に合わない。


 ヒッポグリフの翼を狙って、斬撃。切断には至らなかったけど、滞空はできなくなったようだ。真っ逆さまに落ちていった。

 着地と同時に、拳に半透明の篭手を創り、四肢に拳打を食らわせる。

 切り傷より、打撲や骨折のほうが治りにくいのは魔物でも通じるかな。

 その効果の程を確認するより先に、頭蓋や首の骨、背骨も折っておく。

 ヒッポグリフが嘴の端から泡を吹き始めた。完全に動けないようだ。

 弱点の3箇所近くに刀身を百振りずつ創る。


 身振り手振りはしなくてもスキルは発動するけど、やったほうが制御しやすい。

 左手を握りしめると同時に、全ての刀身が一斉に動いた。




 火はヴェイグの魔法で消してもらった。

「っはぁー……」

 大きなため息が出る。

“よくやったな。疲れたなら、替わるぞ”

「平気」

 ヴェイグに言った『もっと交代を要求して』は、こういう時のためじゃない。

 街を散歩する時とか、美味しいものを食べる時とか、楽しいときにこそ要求して欲しいんだ。


「そう言わずに替われ」

“っ!?”

 そういえば、ヴェイグからの全身交代成功してたんだっけ。

“……こういう感覚なのか”

「どんな気分だ」


 身体の中にいるのは、空中を漂っているような感覚だ。それは何度も体験してきた。

 ただ、交代のとき……横に並んだヴェイグが肩に腕を回してきて、ぽんぽん、と叩かれたような気がした。


“悪くない”

「だろう?」


 ヴェイグはスタスタと少し歩いて……足を止めた。

「忘れるところだった」

“え、どうしたの”

「ドロップアイテムを回収していない」

 すっかり忘れてた……。



 回収したアイテムは、ティターンのより小さい封石と、真っ赤な槍、それに金色の大きな風切り羽が3枚。

“封石のサイズが意外。もっと大きいのが出るものかと”

「だが、不思議な色味をしているな。角度によって変わる」

 ヴェイグが摘んだ封石をあちこちに傾けると、蒼から黄、赤に変化した。

「アルハ、無限倉庫を。替わってくれ」

“折角だからヴェイグから替わってよ”

「まだ出るだけで精一杯のようでな。この状態では俺から替われんのだ」

“そっか”


 交代して、無限倉庫を出してアイテムを仕舞う。そのまましれっと交代せずに行こうとしたら、ヴェイグから交代が来た。

“大丈夫なのに”

「疲労とは己の預かり知らぬところで蓄積するものだ。森の時もそうだっただろう」

“あの寝坊のこと? でもスキルに代償は無いって……”

「スキルの行使に代償は要らぬが、アルハの気力は消耗しているだろう」

“うーん”

「とりあえずギルドへ向うぞ。暫く任せておけ。俺もアルハの振りを練習したい」

“そういうことなら”




▼▼▼




「がっ!」


 ギルドハウスの会議室の壁に、男剣士が一人叩きつけられた。

 叩きつけたのは、コワディス。武術大会でアルハに1回戦負けを喫した剣士だ。


 会議室にいるのは10人。

 コワディスと、コワディスについた者が4人、統括のガブレーン、オーカとその仲間3人だ。

 オーカの仲間のうち一人はたった今、コワディスが壁に叩きつけた男だ。

 さらに二人はその前に斬られ、床に倒れている。


 まだ立っているオーカの仲間が、倒れた仲間に駆け寄る。

 他の倒れたものも、意識を失っているか、動けぬほどの重傷を負っている。


「自分が何をしているのか、わかってるの?」

 剣を構えたオーカが、声を張る。

「ギルドの面目とやらを潰しに来たんだよ。ほら、この場で俺にやられるか、外で魔物に食われるか。選べ」


 コワディスは、武術大会では賭けの片棒を担いでイカサマをする前から、優勝の常連であった。

 冒険者ではないが、魔物なら難易度Bを複数相手にできるほどの強者だ。

 オーカとは互角か、それ以上だろう。

 人数も不利に陥っている。


「賭博詐欺を暴いたことの逆恨みか。それならば、オーカ嬢は関係ないだろう」

 ガブレーンがオーカを庇うように前へ進み出た。


「うるせっ! 冒険者は全員殺してやる!」

「もしや、呪術を使ったのは貴様か」

「そうだ! 都合のいい方法だったんでなあ!」

「何を吹き込まれたか知らんが、魔物が人の言うことを聞くことはない」

「なんだ……と……!?」


「アルハ!」

 オーカが青ざめた顔で叫ぶ。


 部屋の入口の扉がいつのまにか開いていて、そこにアルハが立っていた。




◆◆◆




「お前がっ!!」

 武術大会の時の……コワディスと言ったか、そいつが俺に剣を振り下ろしてきた。

 確かアルハは、武器を持ったやつには容赦しないのだったな。

 剣を避けるついでに踏み込み、鳩尾に拳を叩き込んだ。

「かっ……」

 呻く背中を踏みつけて、床に押さえつける。


「取り押さえろ!」

 別の部屋にいた冒険者たちがいつの間にか集まっていて、足の下のコワディスを拘束した。

 よく拘束される男だ。

“この人いつも拘束されてるね”

 アルハと同じ感想を抱けたようだ。


 コワディスについていたらしい連中は、コワディスが捕らえられたのを見てあっさりと降参した。



「アルハ! 大丈夫なの!?」

 オーカが青ざめたまま、近寄ってきた。

「ああ。この通り……とは言い難いか。傷は全て癒やしてある」

 自分の姿を顧みれば、全身血まみれだ。腕はアルハが、足は俺が傷つけたものだが。


「……? アルハ、なの?」

 怪訝な面持ちで見つめられた。

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