12 心音-----

 音が消えた。

 自分の心臓音しか聞こえない。


 魔物が寄ってくる。

 血の匂いがする。


 一匹の頭を掴んで振り回す。

 別の数体を薙いだだけで、ちぎれてしまった。


 手に残っていたものを投げつけると、その先に穴が空いた。

 魔物の胴体をいくつか貫いたようだ。


 痛い。


 粗末な造りの槍が飛んできた。腕で叩き落とす。

 別のものも飛んできた。武器であったり、物であったり。

 僕に近づかなければいいと考えたようだ。


 近づかずに倒すのは、得意だ。


 痛い。


 魔物1匹1匹の足元へ、上向きに刀を創る。

 全部が近くにいて、視界に入っているからできた。


 さっきから右足が痛い。


 右の太腿に、黒い剣が突き刺さっていた。

 黒は、魔力の色だ。

 これは僕が創った剣じゃない。


“アルハ!!”




「ヴェイグ?」

“替われっ”

 凄い剣幕で言われ、頭を後ろへぐいと引き倒されるような感覚がした。そのまま、交代する。


“何?”

「もう片付いている。進化はこれからだがな。頭を冷やせ」

“え……え?”

 周りには魔物の死体が折り重なっていて、その隙間に無数の刀が生えている。

 さっき魔物を倒すために刀を創った覚えはある。

 こんなに沢山……魔物の数の何倍も多く創ったのか。


「約束を違えるところだった」

 ヴェイグが足に治癒魔法を使っている。剣は既に消えていて、裂けたズボンに血がべっとりこびりついていた。

「すまん。こんなに手酷くするつもりはなかった」

 痛みは感じていたのに、どこか他人事だった。

“止めてくれたんだよね。謝る必要ないよ。僕こそ、ごめん”

「後で話してもらう。それより、始まるぞ。傷は癒やした」

“うん……”

 強い魔物が出現する。魔物をある程度集めたお陰で、全てここに集まってくれるようだ。


「どうした」

 なかなか交代しないから、ヴェイグに心配されてしまった。

「俺がやるか?」


 もしまた暴走して、ヴェイグに止めてもらって……本当にそれでいいのか。

 少し遅かったら町に被害が出ていた。

 このまま僕が戦ってもいいのか。

 進化した魔物でも、今のヴェイグなら問題なく倒せるだろう。


「俺は構わんが……だがな、よく見ろ。アルハのつるぎは、人や建物はひとつも傷つけていない」


 言われて、また辺りを見た。

 人の気配は全部避難所のどこかで、近くには誰もいない。壊れた建物は、鈍器や切れない刃で傷つけたような跡しかない。

 刀の跡は全て建物の隙間を縫うように付いていた。どうやったのか覚えてない。


「それに、俺は何度でも止めるぞ。アルハが心配だからな」

“僕が?”

「力を揮っている間、相手が魔物でも辛そうだった。見てられん」


 魔物は、生き物ではないとヴェイグが言っていた。だから倒しても、命を奪ったことにはならない、と。倒せば消えて資源アイテムを落としていく挙動は、たしかに生き物の性質ではない。

 こっちの世界に来てから、動物を狩って日々の食料にすることもある。自分で殺して捌くことに抵抗はあったけど、日本にいたときだって僕の代わりに誰かが殺してくれていただけだ。

 自分で何度も言い聞かせて、頭では納得していることでも……最初の頃は時折、真っ赤に染まった手の夢にうなされた。


 夢の事は以前ヴェイグに話した。


“アルハらしい。俺や、他の冒険者……いや、この世界の住人は、最早魔物を倒すのに何ら躊躇いはない。だから、アルハだけでもそういう気持ちでいるべきかもしれん。どうしても耐え難いなら、俺に任せておけ”


 ヴェイグはすぐに、自分を頼れと言ってくる。必要なときは頼らせてもらっている。

 ただ、この世界で生きると決めておいて、ヴェイグに甘えっぱなしじゃダメだ。



「やる」

 交代すると、目の前に翼を持った四つ足の獣が数十体立っていた。


“ヒッポグリフだな”

 ティターンと同じくらいの強さだろうか。


 数体が飛び上がり、こちらを狙って急降下してきた。

 その進路に刀を出現させて、そのまま両断した。

 それを見た他は、むやみに突っ込んでくるのをやめて魔法を使い出した。

 炎を斬撃でかき消し、雷は全て避けた。空中に出現させた短剣を足場に跳び上がり、空にとどまるヒッポグリフ達を落としていく。


「もうひと段階あるのかな」

“そう考えたほうが良さそうだな”


 全て倒しても、最初の一体の死体が消えない。

 暫くするとやはり融合が始まった。


「どんなことをしたらこんな呪術になるんだろうね」

“オイデアが知り、使った経緯も知りたいところだな”

「……うん」

 苦い思い出のある名前に一瞬ドキリとする。言ったヴェイグ本人も、完全に振り切れてない様子だ。それすら僕に勘付かせた上で『これ以上この件で思い悩むな』と言ってるようにも聞こえる。


 融合の邪魔は、何度か試したけどどうしても出来なかった。

 だから、待ち時間の間はこうして駄弁ることが多い。


 次に出てきたのは、さっきの数倍は大きい……ヒッポグリフだ。


“やれるか?”

「問題ない」


 大口を開けて、炎でも吐こうとしたんだろうか。建物を燃やされては困るので、嘴を上から殴りつけて無理矢理閉じさせた。

 嘴の中で爆発音がしてヒッポグリフが後ずさる。口内は火耐性があるらしく平気な様子で、すぐにまた向かってきた。


 その首に向かって斬撃を疾走はしらせる。一撃じゃ足らない。20回程連続させて、ようやく首は落ちた。


 いつの間にか詰めていた息をふう、と吐き、握っていた刀を消した。

 立ったままのヒッポグリフの胴に背を向けた瞬間だった。


 後ろから襲われた。


「ぐっ!?」

 背中を前足に踏みにじられた。そのまま地面にべしゃりと倒された。重い。


“大丈夫か”

「油断した……首落とすだけじゃ駄目なのか」

 その首はというと、ずるずると胴へ戻っていく。切り口から流れる血で繋がっているように見える。

 腕立て伏せの要領で、身体を持ち上げた。前足に掛かる力はどんどん増していくが、やり返せないほどじゃない。

 体を捻って、片手を前足に掛けた。そのまま横へ振り払う。

 ヒッポグリフは盛大に転がるも、首は殆ど元通りになってしまった。


 殆どの魔物は、首を落とせば消える。首がなくても全体を両断してしまえば同じことだ。

 それができてしまうから、今までずっとそうしてきた。

 今回は初めてのパターンだ。


 そういえば、[弱点看破]っていうスキルがあった。

 きちんと発動させた。


 額と、左前足の付け根あたりと、背中の真ん中。

 三箇所を同時に破壊しないと、倒せないようだ。

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