11 市街戦

 倒さなければ、こちらがやられる。

 しかし倒してしまうと、もっと恐ろしい事が起きる。


 逡巡は一瞬だった。


「出られるものは出てくれ! 報酬は弾む!」

 ガブレーンの一声に、冒険者たちは動いた。


「オーカ、私達はどうする?」

「勿論行くわ」


 外へ出ると、あちこちから煙と悲鳴が上がっていた。

 市街地まで魔物が入ってくることは稀だ。こうならないように、冒険者たちが日々討伐している。


「どこから手を付けたら……」

 人々は逃げ惑い、それを魔物が追いかける。更にその魔物を冒険者が追い、戦闘が始まる。

 目の前に三人が逃げてきた。子供一人に大人が二人、親子だろう。その後ろから、オークが五体、ついてきている。


「はあっ!」

 気合とともに、一体を斬り伏せる。他の四体は、四人の冒険者が一体ずつ仕留めた。

「ギルドハウスに入って!」

 町の避難場所は、ギルドハウスか教会、町によっては大きな屋敷だ。

 すぐ後ろのギルドハウスを指して、逃げ惑う人々に叫ぶ。


 魔物襲撃を聞いて真っ先に飛び出した冒険者の一人が、オーカ達の方へ向かってきた。足の早い男で、どうやら街中を見て回ってきたようだ。


「中央教会の北にある建物から狼煙が上がっていたそうだ。既に潰した後だが……町の外からまだまだ押し寄せてきている」

 既に道には魔物の死体が折り重なっている。

 忌まわしき呪術の噂は聞いているが、具体的にどうなるのかを見たものは、ここにはいなかった。



 冒険者達は街中を駆け回り、手当たり次第に魔物を屠った。

 オーカは魔法剣士だ。魔力量は千以上あり、冒険者の中でも飛び抜けて多い。

 なるべく剣で倒し、魔力は治癒魔法のために温存していたが、それもやがて尽きる。


 共に進む冒険者の後ろから襲いかかろうとした魔物を斬りつけた。冒険者は足を引きずっているが、もう治癒魔法は使えない。

 肩を貸して立たせ、一旦ギルドハウスへ退くことにした。


「オーカ!」

 仲間の声に振り向く。

 骸骨剣士が血まみれの大刀を振り上げるのが、スローモーションのように見えた。




◆◆◆




“上下の移動はできないのかな”

 異界で、アルハがそんなことを言い出した。

「どういうことだ?」

“こう、地面に扉つけたら、上空から出られないかなって”

「理屈がよくわからぬが……」

“ゲームのループ……いや、なんでもない。ちょっと試していい?”

「時間はあるのか? カリンは急げと言っていた」

“うん。急ぐから、上から様子見れたらいいなって”


 左腕が勝手に動き、地面と並行するように扉が現れた。

 開けてみれば――そこは町の上空だった。




▼▼▼




 骸骨剣士が突然真っ二つになり、オーカのすぐ近くにアルハが立っていた。




◆◆◆




「いま、上から……」

 呆然としているオーカが何か呟いてる。その肩に寄りかかっている人は足を怪我しているみたいだ。

 右腕をヴェイグに渡して、治癒魔法を使ってもらった。

「オーカは怪我は?」

「無いわ。どうして上から降ってきたの?」

「説明は後。魔物倒してくるから、オーカ達は一旦退いて」


 魔物の数は五百くらい。人が多いから、森でやった手段は万が一を考えると使いたくない。

 死体の数は、上からざっと見た感じ同じく五百程、消えてない。

 これが全部、例の術で強くなるのか。


「手伝えることはある?」

 オーカは大人しく退いてくれるようだ。

「他の冒険者たちに、魔物を倒したら退いてくれるように頼んで欲しい。呪術の噂は知ってるよね?」

「まさか、今までそれを倒してきたのって……」

 他の人の前で肯定したくなかったけど、仕方なく頷く。

「武運を」

 納得したと言うようにひとつ頷くと、他の冒険者を連れてギルドハウスの方向へ去っていった。



「魔物を集める方法って無いかな」

“魔法には無いな。ひとつ思い当たる方法はあるが……”

 魔物の数は問題ないとして、街中に広まっているのが厄介だ。

 一箇所に集まってくれたら、とダメ元で聞いてみた。

 方法を妙に言いよどむのが気になる。

「どんな方法?」

“魔物どもは、人の血の匂いを好む”

「なるほど」


 チートとスキルのお陰で、僕自身が怪我を負うことは殆どない。そのせいか、未だに痛みには慣れていない。

 けど、こんな世界で魔物を討伐しまくっていて、今更そんな事は言ってられない。


 右腕の袖を捲りあげ、内側を短剣で切り裂いた。


「っあー……」

 びりり、と痺れるような痛みが脳天まで突き抜ける。

 自分の素の防御力と、どのくらいの量が必要かわからないから強めにやった。切りすぎたかな。

“そういう時こそ替われ”

「大丈夫」

 スキルの[治癒力上昇]はオフにしておいた。でないと、切り傷はすぐ塞がってしまう。

 血はだらだらと流れ、地面に滴り落ちている。

“痛覚の遮断を、自分には使えぬのか”

「自分の感覚は遮断できない……ってか、そういうのは使いたくない」

 痛みを感じなくなるってことは、怪我しても気づかないってことだ。ある意味そのほうが危ない。

 この怪我はヴェイグには必要ないものだから、ヴェイグへは遮断してある。

“他に方法があったかもしれん。不要な発言だった”

「手っ取り早いじゃん。しっかり集まってきてるし」

 さっきの骸骨剣士やスライムみたいな魔物に嗅覚があるのか疑問だったけど、そんなのも含めてこちらへ向かってきている。

 切りつけた瞬間の熱いような感覚は、徐々に鈍痛になってきた。それをこらえながら、近づいてきた魔物を順に討伐していく。


 百ほど倒したあたりで、目眩がした。血を流しすぎたようだ。[治癒力上昇]をオンに切り替える。

 魔物は、百メートル以内に殆ど集まったようだ。

「このくらいが限度かなぁ……っとと」

 くらり、と足元がふらつく。オークが数匹、棍棒を振り上げて襲いかかってきたのを、斬撃で蹴散らす。

“代われ”

「まだ痛い。それに、貧血はヴェイグにも影響が出る」


 交代しても、身体自体の影響は消えたり癒えたりしない。僕が痛ければ痛いし、貧血を起こしているならフラフラする。

 魔物を呼び寄せたいと言ったのは僕で、この方法を実行したのも僕だ。ヴェイグに痛みを味わわせたくない。

“俺の怪我の時も、アルハが殆ど引き受けていただろう”

「そうだっけ」

“ティターンの時だ”

「忘れた!」



 徒党を組んで現れたゴブリンの群れを、ひと薙ぎで倒した。

 腕の傷は塞がったけど、やはりやりすぎたようだ。

 ここで気を失うわけにはいかない。

 魔物は全部倒さなくちゃ。

 交代もダメだ。

 僕が。



“アルハっ!”



 ヴェイグの声が、やけに遠くに感じた。

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