10 二度寝してる場合じゃない
部屋にポポン、と巨大なベッドを出したカリンは、
「じゃ、おやすみー」
と言って、自身もポポン、と消えてしまった。気配もない。
「話は明日の朝か」
このところ夜更しが続いてて、慢性的に寝不足だった。
ベッドがフカフカ過ぎて落ち着かない……と思ったのは一瞬で、すぐ眠りに落ちていた。
◆◆◆
“アルハ、起きろ。朝だ”
「んう~……」
珍しいこともあるものだ。
どんなに夜更かししても、朝はアルハのほうが先に起きていることが多い。俺が起こそうとしたことは今まで一度もなかった。
“どうした。具合でも悪いか”
身体を揺すれないのがもどかしい。
「……んん」
「おい」
交代されてしまった。
“もうちょっと、寝たい”
「どうしたのだ」
“眠いだけ……ぐぅ”
「……わかった」
考えてみれば、昨夜アルハは森の全ての魔物を一人で討伐したのだった。
スキルに代償は要らないようだが、どこか疲れでも溜まっているのだろう。
起き上がって、身繕いをする。装備を自分で身につけるなど久しぶりだ。
何もなければ、1日の殆どをアルハに任せっぱなしにしていた。
たまには身体の面倒を見るために交代したほうがいいのかもしれん。
「おはよー……って、眠り王子がいるねー」
「まだ眠いそうだ」
昨日は奇妙な内装をしていた部屋は、今朝は城の客室のような調度品が取り揃えられていた。
革張りの椅子に腰掛けると、カリンがこちらを見つめていた。
「昨日の話なら、アルハが起きてから聞きたい」
「うんー。それより、聞きたいことあるでしょー?」
「ある」
「この魔法はねー、ヴェイグには使えないよー」
「何故だ」
聞きたかったことを先回りされた上に、俺には使えない、か。
「役割が違うのー。ヴェイグは、魔物を倒す人なのー」
「では、カリンはどういう役割なのだ」
「私はここで、この魔法を使うっていう役割ー」
カリンが指を回すと、目の前に食事が現れた。
「朝ごはんー」
椀に入っているのは、米と、何らかのスープだ。
「そっちは味噌汁ー。こっちは焼き鮭と卵焼き―。アルハが前の世界でよく食べてた朝食だよー」
「ほう」
箸とやらの使い方を簡単に教わり、早速口にする。強い塩味が米に合う。美味い。
「おいしかったねぇ」
「ご馳走様。それで、その魔法はどういう
「んー。近いのは『教会の奇跡』かなー」
「それは、おとぎ話だろう」
「そ、おとぎ話。この森はおとぎの国よ」
教会は、特定の神を崇める場所だ。神に仕える女はシスターと呼ばれる。
神など存在しない。ただ、心の拠り所が必要な者や、現実として身寄りのないもの達は教会に救われている。
『教会の奇跡』は、そんな者たちが救われたという話だ。
具体的には、神に祈るだけでなにもない所に食物が現れ、病が癒えた。
「わかんないよねー。私もわかんないー。昔からこうでさー」
カリンは先程一瞬だけ、教会のシスターのような雰囲気を纏っていた。今は元に戻っている。
魔法は、魔力を消費して行使する。但し何もないところへ食物を出したり、部屋の内装を換えるようなことはできない。
カリンの魔法は、教会の奇跡。
「俺の魔法より、アルハのスキルの方が近そうだな」
「そうかもねー。そしたら、アルハは神様?」
アルハは別の世界から来たと言っていた。そこでは、庶民として暮らしていたと。
神とやらが存在したとして、それが俺達とは別の場所に住むというなら……アルハの言う別の世界が神の住む世界、という解釈もできる。
「その可能性は無い。アルハは人だ」
「おや、言い切っちゃう?」
「確かにスキルは神が如き力だが、その行使に迷い戸惑う者が神なわけがない。こんな人間臭い神がいてたまるか」
「あっはは、結構ズバッと言うねー。アルハが起きてても同じこと言えるー?」
「起きたら俺から言ってやる。本心を偽るつもりはない」
「ほんっとイケメンなんだからー。じゃあさ、やっぱりアルハの過去には興味なし?」
「本人から聞く」
「んー……。君たちよっぽどのことが無いと、お互いの過去知らないままかもよ?」
「構わん」
「……ま、聞きたくなったらいつでも言ってー」
へらへらと笑うカリンを睨みつけようとして、止めておいた。
「そうだな。その時は頼む」
◆◆◆
“……あれ? 僕こっち?”
「ようやく起きたか。覚えてないのか?」
“うんー……? え、もしかして僕何かやらかした?”
「ある意味そうだな。もう昼だぞ」
“えっ!?”
寝坊なんて……いや、高校のときは常習犯でした。すみません。
大学生になって以降は授業もバイトも遅刻するわけにいかなかったから、朝ちゃんと起きる習慣ついてたはずなのにな。
“うわー、ごめん……”
「謝ることはない。昨日あれだけのことをしたのだ、疲れていたんだろう」
“そうなのかな。直後は普通だったんだけど”
「ところで、交代しないのか」
“なんかこのままでいいかなって”
「……今日ぐらいはいいか」
ヴェイグが折れてくれたので、何かあるまでこのままでいることになった……のに。
「あ」
カリンが大きな声を出した。
「例の呪術を広めてる施設の場所、言う必要なくなったかも」
“何かあったの?”
「うん。すぐジュリアーノへ向かって」
“わかった”
ジュリアーノには転移魔法の印を付けていない。
左手だけ貰って扉を出すと、ヴェイグはすぐに入ってくれた。
▼▼▼
オーカはアルハと別れた後、宣言どおりに他の冒険者達と合流した。
冒険者たちはオーカと顔見知りであり、またオーカの身分を知っていた。
その上で、冒険者のオーカと対等に接する者たちであった。
彼らの馬車に同乗し、翌々日の朝にジュリアーノへ帰着。
報告が済んだら、彼らとも別れ、城へ戻るつもりだった。
ギルドで報告と、アルハが単独で森へ向かったことを伝えていたときだった。
扉が乱暴に開いた。
「魔物が! 街に!」
ギルドへ飛び込んできたのは、
既に戦闘をした後のようで、体中に傷を負っている。
統括のガブレーンが近づき、治癒魔法を掛けながら話を聞く。
「種類と数はわかるか」
「とにかく数が多い。種類は色々だ。それより……死体が消えないんだ」
死体の消えない魔物が何を意味するのか、ジュリアーノには既に伝わっていた。
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