9 葛藤、解決、殲滅、情報
“ディセルブで、俺がスキルを使った時に、もしものときはアルハが止めると言ってくれたな”
「言ったね」
“俺も同じだ。もしものときは俺がアルハを止める”
そうは言っても、この身体の主導権を交代できるのは僕だけだ。
僕が本当の意味で暴走した時、ヴェイグはどうするつもりなんだろう。
“この状態になってから、魔法を極めることしか考えていなかったわけではない”
ヴェイグが何か集中しだした。
魔力を集めてる感じでもない。
暫くそうしてると、右手が、僕の意思に反してぴくりと動いた。……まさか。
右手が勝手に持ち上がり、手のひらがこちらを向き、握った。
僕が吃驚して固まっている間に、かくんと落ちてしまったが。
“今はこの程度が精一杯だがな。俺がこの身体を乗っ取る日はそう遠くない”
乗っ取るつもりのなさそうな調子で、そんなことを言ってくる。
「……凄いな」
ヴェイグからの交代ができるようになるなんて、考えたこともなかった。……どうして出来ないって決めつけてたんだろう。
「体調に変化はない? 他の部分は? もう一回やってよ」
“待て。試したいのは分かるが、今はこれを掘り下げる時ではない”
つい、いつもの調子で。
“アルハが何を恐れているか、想像はつく。その力がいつか人に……周りに向くのではないかと不安なのだろう?”
やっぱりお見通しだった。
「……うん」
“そういうことが頭にあるうちは問題ない。大体、アルハが我を忘れるのは、他の誰かが傷ついた時だけだ。つまり、傷つけた奴が悪い。アルハは悪くない”
「それは言い過ぎでは……」
“アルハはもっと自分を信じろ。大丈夫だ。俺もいる”
「自分を完全に信じるのは、少し難しいかな。でも、ヴェイグがいてくれるなら心強いや」
“それでいい”
天を仰いで、ひとつ息を吐いた。
それから立ち上がり、木の本当の意味での天辺まで飛び上がる。
枝の一番細い部分だから、このままではその場にとどまれない。[防具生成]で足場を創り、その上に立つ。
「よし、やるか」
目を閉じる。気配を探るときは、このほうが集中できる。
森の広さは半径5kmくらい。全域をカバーできた。
[武器生成]で創って制御できる最大数は、全力といえど2万が限界だ。
ただし、制御しない――単純に、創って落とすだけなら、無制限にいける。
左手を前に翳して、魔物の気配の位置と刀身の出現場所を慎重に合わせる。
森をなるべく傷つけないように。
細かく、細かく調整しても、作業はすぐに済んでしまった。
本当に、チートは、この力は凄まじい。
使い方を間違えないように、今後も気をつけよう。
目を開けると、十万近い刀身が森の上空で月明かりを反射して煌めいている。
手を振り下ろすと、森から、無数の断末魔が上がった。
その光景を、魔物の死体が消えるまで、しっかり目に焼き付けた。
「おつかれ~」
樹からひと息に飛び降りると、下でカリンが両手を顔の前で振りながら労ってくれた。
「ドロップあつめといたよー」
足元にピンクと水色の水玉模様の巨大な袋がいくつも放置されていた。
「ありがとう」
ドロップアイテムのことや労いに対してだけじゃなく、僕に覚悟を決めさせるために色々してくれたことも含めて。
言外の気持ちが伝わったかどうかはわからないけど、カリンはニコリと微笑んだ。
「色々聞きたいけど、いいかな」
「もちろんー。だから待ってたんだよ」
再びお菓子の家に入った。今度の部屋は、この世界によくある宿屋の一室だ。
今はもう、和室よりこっちの方が落ち着ける。
テーブルには、オレンジティーとチョコケーキが用意してあった。って、この組み合わせは。
「いいのか?」
“勿論”
ヴェイグは表情があまり動かない。それでも、心なしか嬉しそうに見える。このセットはヴェイグの好物なんだよね。
「まずは、この聖域の魔物を一掃してくれて、ありがとう。私、戦うための魔法は無いから逃げるしか出来なくて。放っておいたら魔物が世界中に溢れてた」
一瞬、カリンが教会のシスターのように見えた。語尾を伸ばさず所作も整っている。
“聖域なのに魔物が?”
「魔物を閉じ込める場所、つまり人間が立ち入らないから聖域なのー」
もう戻ってしまった。さっきのは何だったんだ。
「魔物が溢れそうになったら、転生者が助けてくれることになってるの。それで、今回はアルハにお願いしたのー」
“どこまで僕らのことを知ってるの?”
「私ねー、不本意なんだけど、未来とか他人の頭の中とか視えちゃうの。視たい! って思わなくても、勝手に脳内でばばーって」
擬音に合わせて、両手を左右へスライドさせている。映像が視えているのを表現したいようだ。
“僕のことも?”
「うん。アルハの頭の中覗いちゃったかもー」
自分の意志じゃないなら、仕方ない。
「そういえば、ビルとは何だ? アルハも王子とは?」
お茶とケーキに舌鼓を打っていたヴェイグも、食べ終えて会話に参加した。
「え、相方さん知らなかったの?」
“話すようなことじゃないし”
「気になったから聞いたが、アルハが言いたくなければ言わなくていい」
「うっわ、イケメンー」
わかる。
僕が深く頷くと、カリンが慈母のような笑みを浮かべた。
ヴェイグだって怒るときは、自分以外の誰かが傷ついたときだけだ。何ならこの身体が小さな擦り傷を負っただけで、治癒魔法を使って治してくれる。
身体を渡している間、困っている人がいたらスッと手を差し伸べるし、それが僕の手柄みたいになるのが申し訳ないと言っても『気にするな』の一言。
何気ない動作や気遣いが、男の僕からみてもカッコイイ。
「どうした? 妙な顔をして」
「なんでもないー。えっと、他に聞きたいことある? 討伐のお礼に、何でも教えちゃう」
「ならば、魔物の死体を融合させて別の魔物にする呪術について、何か知らないか」
「なぁにそのグロいの……。ちょっとまってねー」
カリンは辺りをキョロキョロ見回すと、遠くを眺めるような素振りをした。
「あーこれねー。もう情報として出回っちゃってるから、根絶はムリじゃないかなー」
“無理……”
「ん、でも意図的に効果に嘘を混ぜて広めてる団体さんがいるんだってー。呪術が成功したら魔物を手下に出来るよ―って。そんなわけないのにねぇ。あ、この団体。ジュリアーノにも少しいるよー」
「目の前か。ならば手始めにそれを潰そう。そいつらの居場所は分かるか?」
「待ってねー。ん? 場所聞いたらすぐ行くつもり?」
“うん”
「そうだが」
「もう夜中だよ? ひと晩ぐらい泊まっていきなよー」
泊まらなければ教えない、と言われてしまったので、大人しく一泊することになった。
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