6 森の近くで追いかけっこ

 まず、北の森について尋ねた。


 ジュノ国の城から馬車で1日半ほどで、深い森の入り口へ辿り着く。少しでも足を踏み入れれば、すぐ大量の魔物に囲まれるほど、危険な森だ。

 ただし、どういうわけか魔物は森から出られない。森の魔物による人里への被害は殆どなかった。


 魔物が森から外へ出るようになったのは二週間前。大した数ではないが、魔物の強さがおかしい。まだ冒険者や城の兵士で対応できているが、数が増えればわからない。


 オーカ姫のところへ伝書鳥が飛んできたのは、そんな時だ。

 内容は、『桜花の文字』、『黒髪の転生者について』、そして僕に伝えられた『森の魔物の討伐依頼』の三つだ。


「魔女って誰?」

「え、知り合いじゃないの? 森の中に住んでる人よ」

「住んでる? 危険な場所に一人で?」

「魔物を防ぐだけなら手立てはあるらしいわ」

「じゃあ、姫は魔女とはどういう?」

「私のことはオーカでいいわ。私が以前、北の森に入った時に助けてくれたのが魔女よ」

「入ったの!?」

 この姫、いやオーカってもしかして無鉄砲?

「森の魔物はでてこないけど、周辺にも魔物はいるからね。討伐のとき、好奇心でちょっと」

「姫君が、魔物討伐?」

「私、冒険者もやってるの。一応熟練者エキスパートよ」

 ギルドカードも見せてくれた。手合わせの時に、そこそこ強いとは思ったけど。

「王族たるもの、自分の身は自分で守らないとね。最初は騎士団長に稽古をつけてもらっていたけど、戦う相手の殆どは魔物でしょう? だから冒険者になったの。あ、母の……女王の許可は貰ってるわ。むしろやりたいって言ったら褒められたわね」


 随分とアグレッシブな……。

 謁見の前後のあれこれとか、ここまで普通の王族にしか見えなかったのに。

“面白いな”

 ヴェイグが気に入ったようだ。


「あの森の魔物は異常だわ。今食い止めてくれてる冒険者たちは本当によくやってる。でもこのままじゃ……」

「そういうことなら、行くよ」

 ジュノ国へ来た理由とは少しずれるけど、無関係じゃない気がする。

 僕の返事を聞いたオーカは、驚いた顔で僕を見つめてから、ふっと笑顔になった。


「助かるわ。兵は何人連れて行く?」

「いや、一人で」

「正気? 相当腕が立つのは認めるけど……」

 何か、チートを証明できる方法ないかな。


「転生者については、魔女から聞いてない?」

「ものすごく強い、としか」

 うーん、ふんわり。

「魔女がほぼ名指し状態で呼んでる、ってことで信用できないかな」

「一人で、とは言ってないわ。そんなに一人がいいの?」

「うん」


 他の人は足手まとい……とは言わない。スキルとかヴェイグのこととか、バレたら説明が難しいことが多いし、チートのことを広く知られたくない。


「じゃあ、私が一緒に行く」

「ダメだよ」

「私も冒険者よ。それに、魔女の伝言を伝えたのも私。一緒に行く理由と義務はあるわ」

「姫が、こういう危ないことをするのは……」

「母なら『お行き』って言うわ」

 あ、駄目だこれ。絶対折れてくれないやつだ。


「わかった。じゃあ早速……って、その前に僕の装備どこだろ」

 自分がいつもの格好じゃないのを思い出した。



 30分後、着替えて城の外に出ていた。

 隣には、武装したオーカもいる。武装と言っても、謁見の間のフルアーマーではない。上等そうな白い軽鎧だ。


「ここから馬車で1日半ほどよ。馬車はこっち」

「いや、馬車はいいよ」

「え?」


 [異界の扉]を出して、ヴェイグと交代する。

「こっちだ」

「な、なにそれ」

 扉を開けて中で待っていると、オーカが恐る恐る足を踏み入れた。

 そういえば、オイデア以外の人間で試したことなかったな。

「気分が悪くなったりはしていないか」

「ええ、大丈夫よ。でも、ここは? これは何?」

「[異界]だ。お……僕も詳しいことは分からない。ただ、目的地までの距離が格段に短くなる」

 俺って言いかけてたけど、かなり僕っぽい。それにオーカの身体も気遣ってくれた。ありがたい。

「何か、アルハの雰囲気が変わったのも、ここのせい?」

「……そうだ」

 これ多分すぐバレるな。



 森まであと数十メートルという辺りに扉を出せた。外へ出てすぐに交代し、扉を消した。

「本当に、森の前だわ……」

 オーカの言っていた、よくやっている冒険者たちは少し離れたところで交戦中だ。冒険者たちが優勢のようだな。

 森の中は何故か[気配察知]しづらくて、状況が把握しきれない。この森、魔法か何か掛かってるのかな。


 森の外の、冒険者たちと別の場所に魔物が数十体いるので、そこへ向かいたい。

「あっちに魔物がいる。片付けに行くけど、オーカはどうする?」

「分かるの? 勿論行くわ!」

「僕走るの速いけど、着いてこれる?」

「走るくらいできるわよ」

 ナメてんの? とでも言わんばかりの表情は、姫には似合わないと思うんですが……。

 僕も挑発し過ぎなのは承知の上。

 早いとこ「帰る」って言ってもらいたい。


 最初は軽く、徐々に速度を上げて走る。

 オーカは思ったよりよく着いてきた。それでも、魔物まで二百メートルくらいのところで、振り切る。

 この距離なら、オーカの目でも魔物の姿が見えるだろう。


 魔物は四つ目の狼、頭だけ白骨化している熊、頭が二つある蛇、僕より大きな鼠といった、森の動物が魔物化したようなのばかりだ。

 僕の接近に気づいた魔物が殺気立つ。間合いまであと1歩のところで止まり、周囲に刀を創り出す。


 スキルで武器を創るのに魔力は要らないと分かった時、宿屋に[自空間]を出して、その中で朝方まであれこれ試しまくった。自空間では何をしても、外の世界に影響はないのは確認済みだ。

 魔力を込めるのに1秒も掛からない。けど、込めなければ武器は創ると決めた瞬間に出現する。

 飛ばすのも、自分で使って斬撃を発生させるのも、魔力を込めてたのより速く、強くなった。

 魔力がいらないから数も無制限だ。出しすぎると僕が処理しきれなくなるから、結局2万本くらいが限界だった。


 魔物は40匹いる。刀を40振り、飛ばす。

 熊は頭蓋骨を落としても、まだ動いていた。

「アンデッド的なやつかな」

“火を使うか浄化させるか、だな。やろう”

“頼む”


 ヴェイグも強くなった。僕に付き合って魔法を使っているうちに「コツを掴んだ」って言ってた。

 ヴェイグの場合は魔力を常にスタンバイ状態にしておくと、僕のスキルと同じくらい速く魔法が発動できるそうだ。

 僕には魔力のスタンバイ状態っていうのがピンと来なくて真似できない。そもそもやっぱり魔法は苦手だ。


 頭のない熊が10体、一度に襲いかかってきた。

 ヴェイグはそれを躱しながら、順に熊の胸の辺りを拳で軽くトン、トンと叩いていく。

 [体術の極み]スキルもないのに、ヴェイグの体捌きは鮮やかだ。

 5匹目のあたりで、最初に叩かれた熊が炎上した。その後も次々に火柱が立ち、あっと言う間に全て灰になった。

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