5 体質事情と謁見第二ラウンド
「オーカへの気遣いは無用じゃ。そもそも、あれがそなたをここへ呼んだ」
姫様の名前はオーカというらしい。
僕を呼んだのは女王じゃないのか。それでも状況は不可解なままだ。
「手合わせの相手も、あれが志願したこと。まあ、そなたの武術大会での戦いぶりは聞き及んでおる。誰一人傷つけることなく、最短時間で優勝したと」
確かに早く終わらせたい一心だったけど、最短時間だったのか。
「鎧を着せたのは罰じゃ。妾の名を勝手に使いよって……ま、それももうよい。さて、余興は終いじゃ。本題に移ろうぞ。そなた、妾に仕える気は無いか?」
「ありません」
きっぱりお断りした。
その途端、周りの兵士が全員、僕に剣を向けてきた。
今まで女王に仕えた人たちは、こうやって力ずくで従わされたんだろうか。
「皆、収めよ」
女王が兵士に命じると、向けてきたときと同じように揃って剣を引っ込めた。
「どうせぬしらがまとめてかかったとて、アルハには傷一つ付けられぬ、であろう?」
反応に困って黙っていたら、女王がクククと笑い出した。
「立場とは面倒なものじゃ。セネル、こちらへ」
「はっ」
姫が出ていった扉を呆然と見ていたセネルさんだったが、女王に呼ばれるとすぐに側へ行った。
小声で何かを打ち合わせると、セネルさんは僕に向き直った。
「これにて謁見は終了です。お疲れさまでした。アルハ殿はこちらへ」
ちらりと女王を見ると、玉座に座って真面目な顔でこちらを見て頷いた。
“あの女王とは話が合うだろうな”
「えっ……と? どういう意味?」
“己の立場をわきまえて相応の行動をしつつも、それを何処か疎ましがっていたように見えた”
「立場が面倒、とか言ってたもんね」
“それもあるが。ガブレーンの話は嘘ではないのだろうな”
「呼んだ人を仕えさせる話だよね。あれ、僕はもういいのかな」
“女王に仕えた実績を持つものには、下手に手出しは出来ん。1年だけ手元に置くというのは、ある程度の強者を、たちの悪い連中から保護するためだろう。呼んだ手前、一応ああ言ったが、アルハはそれが要らぬほど強かったというだけだ”
「たちの悪い連中って?」
“女王からしたら政敵、町なら武術大会で不正をしていた連中、そんなところか”
「うーん……。それと話が合うのとは、どういう繋がり?」
“普通の人間なら守りたいものに『守ってやる』と直接言い、実際に守ればよいだけの話だろう。女王の立場だと、回りくどい方法しか取れんのだ。立場が面倒とは、そういうことなのだろう”
「大変だね……」
城へ来て最初に案内されたのとはまた別の部屋に通された。部屋の丸テーブルには、パンやチーズ、燻製肉や果物などの軽食が並べられていた。
「お食事がお済みになりました頃、またお話に参ります。用向きがございましたらそちらのベルを鳴らせば人が来ますので……」
セネルさんはそう言い残してどこかへ行ってしまった。
どうやらまだ僕に用事があるらしい。
“量は食べるのだがなぁ。何故肉が付かんのだ?”
「体質、としか」
“酒精のことといい、不思議な体質をしているな”
最近の僕の食欲は妙だ。目の前に出されたら、何人前あっても残さず食べ切れる。でも食べる直前にものすごくお腹が空いていたのかといえば、そうじゃない。1人前食べればちゃんとお腹いっぱいになるし、多分3日くらいなら何も食べずに過ごせる。食事を忘れるとヴェイグに叱られるので、食べずに過ごせる期間を調べる機会はないかな。
というわけで、テーブルに載っていた5人分くらいはありそうな食事は全て頂きました。美味しかったです。
「僕も行く先々で細い細い言われるのは、気にしてるんだよ」
杏の香りがするお茶を飲みながら、ヴェイグと駄弁る。
“食べたものはどこへ消えてしまうのだ”
「ヴェイグの分も食べてるとか?」
“使う身体は一つきりだ。一人分で維持できそうだがな”
「スキルに……いや、代償要らずだもんね」
あれだけの力を揮えるのに、何の対価も必要ないっていうことが、未だに腑に落ちない。
お茶を飲み終わって、まだ待たされるのかな、っていうタイミングで扉がノックされた。
「もう宜しいですか?」
空になった皿を見て、セネルさんが聞いてきた。
「はい。ご馳走様でした、美味しかったです。」
「お口に合いましたようで何よりです。それでは、こちらへお願い致します」
扉の外へ促されて、素直に付いていく。
階段を幾つか登り、長い廊下の突き当りの扉の前で足が止まる。
「あの、ここは?」
セネルさんの背中に声をかける。
「お耳を」
頭を下げると、口に手を当てたセネルさんが囁いた。
「この先の方に会って頂きます。部屋の場所は秘匿されておりますゆえ、ご容赦を」
部屋の場所を秘密にするような人って……女王はもう話は済んだものかと。
前に進み、自分で扉を開けた。
「こっちよ」
白を基調とした部屋の奥に、オーカ姫がいた。
白い丸テーブルの前に座って、手招きしている。
「ええっと……」
戸惑いつつテーブルに近づく。
「悪かったわ。呼び出して、手合わせさせたりして」
髪と同じ栗色の瞳は、女王に似たのかキリっとして真っ直ぐだ。
「話がしたいの。座って」
何も言えないまま、とりあえず座る。
姫はテーブルの上に紙とペンを取り出して、何やら書き始めた。
「読める?」
書いてあったのは、たどたどしいけど確かに
「おうか……えっ!?」
“読めるのか”
「日本語だよ。僕がいた国の言葉だ」
「やっぱり……」
姫は紙をクシャっと丸めると、手に魔力を集め火を出して、紙を灰にした。
「あなた転生者ね」
「……」
これ、答えて良いのかな。
“暫く黙って様子を見るか”
ヴェイグにだけ頷いて、そのまま黙り込んだ。
「いきなりこんな事言われても、よく分からないわよね。そのままでいいから、私の話を聞いてくれる?」
「はい」
あまり黙ったままなのも悪い気がしたので、返事だけはした。
「ありがとう」
姫はさらりと笑顔を向けてきた。
「この城の北に、とても広くて、深い森があってね。そこに住んでる魔女から、黒髪の転生者へ伝言を預かってるの」
「確かに私は黒髪ですが……」
「ああ、敬語はいいわ。まだるっこしいでしょう」
「……お言葉に甘えて。確かに僕は黒髪だけど、転生者かどうかの判別は?」
「さっきの文字。実は私、あの文字の意味も読みも知らないの。『オウカ』って書いてあったのね」
久しぶりに日本語を見たから、思わず読みあげてしまってた。
「伝言はね。『森の魔物が増えすぎてると思うから、討伐して欲しい』よ」
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