4 謁見とは面倒くさい儀式である

 城下町ジュリアーノの外れからジュノ城まで、馬車で10分ほど。徒歩でも行ける距離に馬車を使うのは、儀礼的な意味合いもあるそうだ。

 降りてすぐ謁見に向かうのかと思ったら、別室へ案内された。

 そこで、真っ白い髪と口ひげの、執事服を着た壮年の男性に出迎えられた。


「本日アルハ殿の付添を担当させていただきます、セネルと申します。突然の招集にも関わらずご足労いただき、ありがとうございます」

 王城の執事さんだというのに、僕みたいな平民に対して言葉も所作も丁寧だ。

「こちらこそ、宜しくお願いします」

 僕もできるだけ丁寧に挨拶を返す。右手を胸に当てて、一礼。ヴェイグに教えてもらったやり方だ。

 セネルさんはモノクルの奥の目を見開いた。

「これはこれは……。それでは、謁見に先んじて湯浴みとお召し替えをしていただきます」

 身体を綺麗にして、服もこのままじゃマズイってことか。

“面倒だな……”

 こういうのが嫌だったんだね、ヴェイグ……。



「広っ」

 案内された浴室は、ここだけでうちの家が全部入るんじゃないかってぐらい広かった。

 ちなみに、お風呂やトイレとかのとき、ヴェイグには感覚遮断して引っ込んでもらってる。

 今だから言えるけど、最初のうち、ヴェイグが感覚遮断できることに気づかなかった数回はすごく恥ずかしかった。


 身体を洗おうとして、そもそもタオルや石鹸の類を持たされていないことに気づく。

 お湯だけ頭からかぶればいいのかな。ヴェイグに聞こうとしたら、背後の扉が開いた。えっ?


「お手伝い致します」

 腕まくりしたメイド姿の女性が3人、浴室へ入ってきた。

 いや、待って。僕全裸。

「い、いえ、あの、道具だけお借りできれば」

「私共の仕事ですので。お任せください」

 3人とも無表情が怖い! 手をワキワキさせる意味はあるの!? え、本気? ちょ……。

 キャーーーーーーー……。



“王族の入浴はそういうものだ。俺が替わればよかったな”

「でも結局見られるのは僕の身体だし」

“見られて困る身体ではないだろう”

「見られて困る身体って何!?」


 隅々まで洗われてぐったりした状態で解放され、今はガウンを着て椅子に座り、髪を乾かしセットしてもらっている。

 ヴェイグへの感覚遮断を解除し、ヴェイグにだけ聞こえる声で愚痴っていた。

“アルハは俺に、もっと身体を使えという癖に、面倒事の回避に俺を使おうとしないのだな”

「嫌なことを押し付けるなんてしたくないよ」

“……全く”

 何が『全く』なのか聞く前に、髪のセットが終わった。鏡を前に置かれて、確認を促される。


 視界が妙に明るいと思ったら、オールバックにされていた。だいぶ伸びたため適当に括っていた後ろ髪も、白い紐で綺麗にまとまっている。

“普段からこの髪型にしたらどうだ”

「なんか落ち着かない」

 頭に手をやりかけたけど、折角メイドさん達がセットしてくれたんだと思いとどまった。


 服は、真っ白なシャツ、アイボリーのベストに暗めの青いジャケットとハイウエストのズボン。デザインは意外とシンプルだ。

 ジャケットの前は飾りベルトがボタン代わりに付いている。

 これは……。

「型がいつもの服に似てるね」

 鏡の前で前を留めるふりをしてみる。普段の服の上着に袖と脇があったら、こんな感じか。

“貴族の服はどこでも似たようなものだからな。俺の装備は、城で着ていた物を仕立て直したものだ”

「王子の装備だったのか……。直してまで着たかったの?」

“城には旅で着るのに丁度よい服が無くてな。一番マシなものを持ち出しただけだ”

「なるほど」


 加工前の貴族服は、たしかに動きづらい。いつもの服がどれだけ動きやすいのかよく分かる。


 着替え終わると、セネルさんが僕を見て「おお」と声を上げた。


「変ですか?」

「いえ、よく似合ってございます」

 セネルさんは顔をほころばせて言ってくれた。お世辞でも、ちょっと嬉しい。



 入浴と着替えでたっぷり2時間は使い、所作や段取りの説明を受け、ようやく謁見の時が来た。


 謁見の間の扉の前で、少し待たされた。

“緊張しておらぬな”

「武術大会の前のほうが緊張してたかも」

“アルハらしい”

 こういう時、一人じゃないってのは助かる。


「用意が整いました。扉を開けますので、お入り下さい」

 セネルさんに促され、謁見の間へ進んだ。


 玉座に座っているのは、金髪を高々と結い上げた、キリッとした顔つきの女性だ。

 四十代くらいだろうか。女性の歳を推量するのは失礼だけど。


 ていうか、王って女王だったんだ。

 一瞬驚いてしまうも、受けた説明を思い出しながら、跪いて礼を取る。


「楽にせよ」

 この台詞のあとは、立ち上がって普通に会話してもいいそうだ。


「どんな偉丈夫が来るのかと思いきや……随分と優男ではないか。本当に剣が使えるのか?」

「はい」

 優男ってどういう意味だっけ? とりあえず剣が使えるところだけ肯定しておく。

 女王が手振りをすると、傍に控えていた兵士の一人がサッと動く。僕に剣を一振り手渡してきた。

 金属製の剣で、刃は意図的に潰されてる。

 そして、僕の横に全身鎧を着込んだ人が立った。手には僕と同じ、刃を潰された剣。

 なんとなく察しはつくけど、謁見の間で? あとこの鎧の人、もしかして……。


「手合わせしてみよ」


 女王は軽く言ってくれた。


 渡された剣の間合いを確かめるために、その場で素振りする。使ったことのない長さだ。

 鎧の人が滑らかに動いて剣を振り上げた。体捌きだけで躱す。うーん……。


“やりにくいな。どうする?”

 ヴェイグも気づいてるみたいだ。

「なんとかしてみる」


 さっきから鎧の人の攻撃は全て躱している。このまま疲れるのを待つってのも手だけど、早く終わらせたい。

 かといって斬りつけるのは避けたい。潰れた刃でも、僕が振るえば斬れてしまう。

 実際、素振りした時に床の絨毯を少し切り裂いてしまっている。……後で謝っておこう。弁償かな……。


 何度目かの攻撃は避けずに剣を打ち払う。できた隙に乗じて、切っ先でフルフェイスヘルムを下から弾いた。


「あっ!?」


 ヘルムが落ちる前に、高い声が上がる。

 出てきたのは、栗色の髪をした、女性だ。斬らないようにしてて正解だった。


「ひっ、姫様っ!?」


 セネルさんが悲鳴を上げる。って、姫!? 


 姫は、駆け寄ろうとするセネルさんを片手で制し、女王にお辞儀をすると、部屋から退出していった。



「見事」

 女王がパチパチと拍手をすると、周りの兵士もそれに倣う。……嬉しくない。

 まだ持っていた剣を、落ちているヘルムに向けて振るう。僕に剣を渡した兵士に、剣を投げ返した。

 兵士が剣が受け取ると同時に、ヘルムが半分にぱかりと割れた。拍手が止まる。


「姫と呼ばれてましたが、私が斬るかも知れないのにこんなことをさせてよかったのですか?」

 一人称を『私』に、というのは守れた。それ以外の態度が正解かどうかは知らない。

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