2 一話で終わる武術大会回

 受付で荷物を預けた時に、木製の長剣を支給された。参加者は全員同じ武器だ。ヘラルドと手合わせした時に借りたものより、二周りほど大きい。質はあまり良くない。

 その木剣を手に、リングへ向かって歩いている。


 横を歩いているのは、僕より背も横幅も大きい男性だ。大仰な鎧を窮屈そうに着込んでいる。

 木剣が致命的な部分に当たれば負けなので、防具については自由と聞かされた。

 僕はいつも通り、防御力皆無の布の服だ。万が一攻撃を当てられても痛くないように、何か身につけたほうが良かったかな。


「怪我をしても知らんぞ」

 僕の装備を見た相手が警告を発してくれた。

「お気遣いどうも」


 闘技場には観客が大勢詰めかけている。まだ予選だというのに、8割くらい埋まっている。

「観客がいるのか」

“娯楽と言っただろう”

「そうだった」

 大勢の人の前に出るのは苦手だ。早くも逃げたくなったが、場は無情にも進行している。


「剣士、コワディス!」

 相手の名前が呼ばれると、歓声が上がる。

 武術大会が恒例行事なら、常連の参加者もいるんだろう。その中でも人気のある人なのかな。やり辛いなぁ。

「冒険者、アルハ!」

 僕の名前のときは、観客からはおざなりな拍手と、小さなざわめきが起きた。


「細い」

「細っそ」

「折れそう」

「本当に冒険者か?」

 折れそうは言い過ぎだろ。


“気にするな、アルハ”

「大丈夫」

 ヴェイグだけが僕の味方だ。


 審判が真ん中で、準備を促す。コワディスは剣をビシっと構えたが、僕はだらりと下げたままだ。


「やる気あるのか」

 少々怒ってる。

 やる気はない。……でも、相手は真剣にこの勝負に挑みにきてるんだろうな。それに対する僕の態度は確かに失礼だった。


「ごめん。ちゃんとやるよ」

 ヘラルドの構えを思い出す。ヘラルドは剣を両手で持っていたところを、僕は片手で構えた。少しはマシに見えるだろうか。

 コワディスは息を呑み、剣をより強く握りしめた。


「はじめ!」


 構えたまま動かずにいると、コワディスはじりじりとすり足で立ち位置を変え、やがて裂帛の気合と共に踏み込んできた。

 木剣で止め、衝撃が伝わる前に受け流した。次の一撃を受けずに避けると、相手の木剣は地を撃ち、石のリングにひびが入った。

 まともに受けたら剣を砕かれていただろう。武器が使用不可能なほど破損しても負けだ。

 ……いや、僕も相手も同じ武器だ。なんだかおかしい。


 負けてもいいとは言われてきたけど、上手にやられるフリが出来るほど器用じゃない。

 それになんだか、わざと負けるのが癪だ。


 コワディスの次の攻撃を紙一重で躱して懐に踏み込み、その喉笛を木剣で切り裂く……寸前で剣を止めた。


「……えっ? しょ、勝負あり!」

 審判がワンテンポ遅れて、終了を宣言した。


 剣を降ろして、開始地点へ戻る。コワディスは首に手をあてている。怪我はさせてないから、手に何も付かないはずだ。それでも何度も首を確かめている。


「あの、終わりですよね?」

 終わりを告げた審判とコワディスがなかなか動かないので、心配になって訊いてみた。

「はっ、はい。勝者、アルハ!」


 今まで静かになってた観客がどよめいた。それから怒声が響いた。

「何やってんだー!」

「お前に幾ら使ったと!」

「金返せー!」

 どうやら賭けが行われているらしい。完璧に見世物だ。嫌だな、この大会。


 まだ呆然としているコワディスにぺこりと一礼して、通路へ引っ込んだ。


 今回の大会には16人が参加しているようで、あと3回勝てば優勝だ。

 でも目的は優勝じゃないし、1回戦に出場してしかも勝ったから、もう義理は果たせただろう。

 後は棄権して帰ろうかな、なんてことをボンヤリと考えながら控室に向かう。


「待てぇ! 冒険者!」

 後ろから大きな声で呼び止められる。コワディスだ。立ち止まった僕にズンズンと近づいてくる。


「てめぇ、何しやがった」

「はい?」

 何って……普通に試合しただけだよね、僕。

「冒険者に渡す剣は全部……あ、いや、とにかくだ!」

 まだ手に持っていた木剣をよく見る。質が悪いとは思ってたけど、何か細工がしてあったのだろうか。

「俺の一撃で折れなかった剣は無いんだよ!」

 つまりこの剣自体がなにかの証拠品か。大事に持っておこう。

「聞いてるのか!?」

 胸ぐらを掴まれた。このガラの悪さ、久しぶりだなぁ。


「何の小細工もしてない。放してくれないか?」

 コワディスのほうが背は高いが、足が浮くほど持ち上げられてはいない。ただ、顔が近い。離れて欲しい一心で、掴んでいる手首を捻り上げた。


 試合に出る前からスキルは全てオフにしてある。補正系のスキルを切ったら、ステータスの数値は5分の1になった。

 それでも各数値は4万ずつはある。チートすごい。


「ぐっ、この……!」

 離れたと思ったら、腰の長剣に手をかけた。抜刀から振り下ろしまで、完璧な動きだ。


 その長剣の刃を右手で止めた。

 細かく言うと、軽く握った右手の人差指と中指で挟んで止めた。


「危ないじゃないか」

 人に躊躇なく刃物を向けてくる奴には、容赦しないことにしてる。

 スキルを全開放。刃を捉えたまま、[威圧]を発動。


「ひっ……! んが、が……」

 情けない声が上がる。剣の柄から手を離そうとして、震えて上手く動かないみたいだ。

 左手の中指を親指で弾いて――要はデコピンの要領で――刃を砕いた。同時に、コワディスが尻餅をつく。


「アルハ!」

 名前を呼ばれて振り向くと、ガブレーンが他に数人の冒険者を連れてこちらへ向かってきていた。

「無事……のようだな。すまん。事の成り行きは見ていた。こんなことになるとは」

 冒険者たちがコワディスを拘束した。[威圧]は解いてあったけど、顔は青ざめっぱなしで、縄で縛られている間もされるがままだった。

[威圧]スキル、便利だからつい多用しちゃうけど、威力の調節難しいな……。と、反省会は後回しにしよう。


「詳しい話を聞いても?」

「勿論だ。だがその前に、アルハはまだやることがあるだろう」

「やること?」


 他に頼まれたこと、あったっけ? と考えを巡らせた。……わからない。

「何だっけ?」

 ヴェイグにだけ聞こえる声で訊いてみる。

“まあ、あると言えばあるが……”

 首を傾げていると、ガブレーンに両肩をガッと掴まれた。


「君なら優勝も夢ではない。ここは私達に任せて、試合に臨むといい」

 すっごいキラキラした笑顔で言われてしまい、嫌と言えなくなった。




 早く終わらせたかったので、スキルをオフにせず自重もしないで速攻で優勝した。

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