第二章

1 初対面で面倒事を頼まれる主人公の鑑

 ジュノ国城下町、ジュリアーノの宿屋の一室で、僕は本を読んでいる。

 読むというか、読み聞かせてもらっている。


 日本語以外の言語には疎いのに、この世界の文字は初めから読み書きできた。転生ボーナス的なものだと認識している。

 それでも、この『スキルの歴史書』は読めなかった。

 ヴェイグに聞いたら「ディセルブ国の古語」というものだそうだ。装飾が派手すぎて文字というよりグラフィックアートに見える。

 ヴェイグはスラスラ読めるので、重要そうなところを音読してもらっている。


“この先は歴代のスキル使いが犯してきた所業について書いてある。家の恥だからあまり読みたくないのだが”

「悪いことしてきたの?」

“そうだ”

「ええ……」


 ディセルブ国のスキル使い達は、代々その力で人々に圧政を強いていた。ヴェイグはそれを嫌って、王族と縁を切り家を出ている。

 それでも先日は窮状を知るや助けに行った。


「具体的にどんなことしたの」

“アルハも見ただろう。人を人とも思わず、どんなことでもやったのだ”


 目の前で、知っている人を殺された。あのときは、あいつらが人に思えなかった。


「じゃあ、飛ばして」

“アルハの益になるようなことは一切書いてないからな、そこは安心しろ”


 この『スキルの歴史書』自体は、オイデアがディセルブの城から盗み出し、タルダさんが預かってヴェイグに渡されたものだ。ヴェイグが昔読んだというスキルの本は、この本の内容の一部を複写したものだったようだ。


“そういえば、アルハよ。前から疑問だったのだが。武具を創る時に魔力を消費しているな?”

「うん」

 スキルは代償が要らない力、とは以前ヴェイグに教えてもらった。本にもそのことが書いてある。

“歴代のスキル使い達は、魔法は使えず魔力を持たなかった、とある。しかしアルハには魔力があるからな。使えばより効率よくスキルを使えるということか”

「魔力って代償になるの?」

“なり得るだろう。魔力が枯渇すれば魔法は使えぬ”

 前、メルノが魔力を使いすぎて顔色悪くしてたもんなぁ。

「魔力無しで剣とか創れるの? 想像つかないんだけど」

“わからん。だが、[武器生成]を持ったスキル使いは過去に居たようだぞ”

「魔力を込めずに、か」


 指先に、いつもの癖で魔力を集めかけた。一旦仕切り直して、指先に魔力無しで短剣を創り出すイメージを集中させる。

 すると、魔力を使った時よりスムーズに短剣ができてしまった。


「え、できた……。なんで?」

“俺が聞きたい”

 しかも心なしか出来が良い。いつもの短剣より軽いのに、強度がある。試しに素振りしてみれば、驚くほど扱いやすかった。

「魔力は何だったんだ……」

“過去にディセルブで、魔力を持ったスキル使いは居なかったからな。本に魔力の扱い方は書いておらん”

「自分で確認するしかないか」


 夢中になると他のことを忘れてしまう悪癖は、今宵も発動した。




 ジュリアーノに到着したのは昨日だ。ディセルブから10日かけて移動した。

 [異界の扉]を使ってショートカットしなかったのは、道中他の町にも寄りたかったからだ。

 この世界の知識はヴェイグが逐一教えてくれる。でも、ヴェイグ自身に50年のブランクがあるから、最近のことについては疎い。そのあたりを知るために、寄り道して情報を集めた。


「通信石は思ったより普及しているな。冒険者の多くが所持しているようだ」

 ジュリアーノに近い町、フェブリを歩いていたときのことだ。僕が一通り町を散策した後で、ヴェイグと交代した。

 ディセルブへ行ってから、ヴェイグはよく交代を要求するようになった。自分の目線で物事を見たいそうだ。

 僕もヴェイグが何に興味を示すのか気になるので、すぐ交代するようにしている。


“でも通信石って、通信相手は固定なんだよね?”

「そう思っていたのだがな。最近のものは違うようだ」


 通信石を持っている人同士なら、誰でも通信できるものもあるらしい。異世界版スマホ、は言い過ぎか。通話に機能を絞った携帯電話かな。


“それで封石の需要が高まってるのか。僕らも一つ持っておく?”

「メルノ達にも持たせてはどうだ」

“勿論そのつもり。あ、でも通信距離に制限とか無いのかな”

 こっちの世界にキャリアは無さそうだけど、圏外はありそうだ。

「ふむ、気になるな。調べよう」


 こんな感じで、町に立ち寄っては色々なものを見聞きしてきた。




 魔力なしで武器を創っていた日の翌朝。あくびを噛み殺しながら宿を出た。

“俺は止めたぞ”

「はい……すいません……」

 新しい発見があると、つい色々やってみたくなって……。


 ジュリアーノ以外の町でも、着いたらまずギルドへ立ち寄ってきた。

 昨日、町に入ったのは夕方近くで、宿探しに時間を取ってしまったからギルドの場所も把握できていない。

 町を散策しながらギルドハウスを探すことにした。


「武術大会の張り紙、よく見るね」

“城下町だからな。定期的に催されているのだろう”

「城下町だから定期的に? なんで?」

“娯楽と、優秀な人材探しだ”

「ふぅん」


 露店を覗いたりしながら歩き回って、ギルドハウスを見つけた頃には昼を過ぎていた。


「すみません、統括は出掛けておりまして……」

「わかりました。急ぎの用事はないので、出直しますね」


 受付さんとやり取りした後、振り返ると出入り口から壮年の男性が入ってきた。

「統括! 丁度良かった、こちらの指導者リーダーの方が話を聞きたいと」

指導者リーダーだと?」

 タイミングよく統括が帰ってきた。


「はじめまして。アルハと言います」

 ギルドカードを見せつつ、挨拶をする。他の町はこれで友好的になってくれて、話がスムーズに進んだ。

「統括のガブレーンだ。早速ですまないが、指導者リーダーランクを見込んで頼みがある」

 出し抜けに依頼をされるのは始めてのパターンだ。

「僕に出来ることなら」

「いや、その前に一つ確認だ。長剣は使えるか?」

 腰にあるのは短剣のみだ。ガブレーンはそれを見てから聞いてきた。

「一応」

 スキルのお陰で、初見の武器でもそこそこ扱える。長剣なら、よく創って使う刀や短剣の次くらいには使える、と思う。

 魔物の討伐でも頼まれるのかと思っていたのに、得物を長剣に絞って聞いてきたのはどういうことなんだろう。意図が掴めない。


「ならば……街で武術大会の張り紙を見ただろう。あれに出てほしいのだ」




 このところの大会に於いて、良からぬ噂が流れている。そこでギルドから武術に長けた者を出場させて様子を探ることにした。

 ところが、出場予定だった冒険者が、クエストで負傷して出られなくなってしまった。

 他の冒険者も都合がつかず、困っていた所に僕が……という流れだ。


「報酬は勿論出す。初戦で棄権さえしなければ、負けても文句は言わない。剣を握って立ってくれるだけでいい」

 矢継ぎ早に捲し立てられた。すごく必死だ。良からぬ噂については、ギルドや冒険者の沽券に関わること、とだけ聞けた。

「わかりました。出ます」

「すまん! 助かる!」

 僕が了承すると、手をガッと掴まれて、縦にブンブンと振られた。




 一時間後、僕は城の近くにある闘技場の控室にいた。


「ご存知かと思いますが、僕こういうの出たことないです」

 ちょっと緊張してきた。軽口を叩いて、気を紛らわせてみる。

“そうだろうな。俺からの助言は1つだ”

「拝聴します」

“思いっきり手加減しろ”

「……はい」


 名前を呼ばれて、控室を出た。

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