40 次の旅へ

“アルハ”

「ん?」

“疲れた”

「えっ!? 大丈夫?」

“精神的なものだろう。暫く寝る”


 スッと身体の感覚が戻ってきた。

 ヴェイグから僕へは身体を渡せないはずだ。僕が無理矢理渡したのを、ヴェイグの方からも手繰り寄せていたんだろう。


「……おぅ……」

 怠い。水泳の授業の後みたいだ。全身の動きがぎこちない。僕も寝たい。

 とりあえず城へ戻ろうと、身体を引きずるように歩く。城まで2kmぐらいか。遠い。


「アルハっ!」

 イーシオンが駆け寄ってきた。

「城へ戻ったんじゃないの?」

「少し離れて見てた。……全部、見てた」

「そっか」

 つまり、僕はイーシオンの兄を殺した張本人だ。攻撃されても、抵抗するつもりはない。


 イーシオンは僕に近づいて……背負った。背負投げではなく、僕の腹に背を当てると、腕を取って引っ張り上げた。


「うお!?」

「疲れてるんだろ? 城まで運ぶ」

「歩けないほどじゃないよ。重いでしょ」

「スキルがあるから平気。っていうか、アルハ軽い!」

 多少は筋肉ついてるから、軽くはないはずなんだけど。


「こんな軽いのに、あんなのを一人で……。僕は怖くて足が竦んでたよ」

「……ごめん。ラムダを」

「ありがとう」

「えっ」


「人の道を外れた兄の、始末をつけてくれた」


 それだけ言うと、後は無言で僕を背負って城まで歩き続けた。

 背負われたのなんて、子供の頃以来だ。

 僕を散々細いとか言う割にはイーシオンだってそんなに大きくない。


 小さい背中が暖かくて、いつの間にか眠ってしまった。




 次に僕とヴェイグが同時に目覚めると、3日経っていた。


 タルダさんやイーシオンにものすごく心配されて、起きてからも丸1日は客室から出してもらえなかった。

 2人の憔悴ぶりを見たヴェイグも、

“気を煩わせたのは事実だ。1日だけ大人しておくか”

 と諦めた。


 ラムダのことはイーシオンが先に説明してくれていて、僕は事実確認程度のことを聞かれただけで済んだ。


 実質この地域を支配していた王族達は軒並み消息を絶ち、残ったタルダさんやイーシオンには支配するつもりがない。

 元々、国だと言い張っていたのは、居なくなった人たちばかりだったこともあり、ディセルブ国は再び解体ということになった。


「あれ? 僕、国を救ってほしいって言われて来たような……」

 どちらかというと止めを刺してしまった。

 僕がそう漏らすと、タルダさんは首を横に振った。


「いいえ。国とは健康な人々あってこそ。必要な時に、また造ればいいのです」

 タルダさんはそう言って、ヴェイグに似た笑顔を浮かべた。

 この人と、イーシオンがいれば、ここはきっと大丈夫だ。


 出会ったばかりの頃のイーシオンが攻撃的だったのは、兄弟たちの影響だったようだ。

 末っ子で一番弱く、少しでも隙を見せたら死にかけるような目に遭う。そんな環境で生きてきた。

 それでも兄弟以外でイーシオンに敵う相手はいなかったから、捻じ曲がってしまっていたのだ。

 兄弟以外の人にやられ、他の兄弟は全員いなくなったことで、元々の素直な性格が徐々に表に出ている。

 いままで王族に虐げられたせいで、王族と言うだけで毛嫌いしていた人たちも、町の復興にスキルを駆使して奔走するイーシオンを見て心を許しかけている。


“イーシオンは、見所が出てきたな”

 うちの王様からもお墨付きが出てる。頑張ってほしい。




 ◆◆◆




「じゃあ、コマちゃん頼むよ」


 この後どうするかという話をしていて、そうなった。交代し、コマを召喚する。

 人に精霊を借りたのは初めてだが、上手くいった……はずだ。


“なんか、マリノの拒魔犬こまいぬと違わない? シェパードっぽいというか……”

 マリノが召喚していた精霊は、丸々とした毛の長い犬だったのだが、目の前にいるのは狼に似ている。

「ううむ……。召喚魔法は詳しくなくてな」

 召喚魔法は一人一人癖があり、どれだけ本を読み知識を得ようと、当てにならないことのほうが多い。『魔法:全』を持ってしても精霊にはあまり好かれておらぬようで、普段から使うことがない。


「まあいい。マリノに繋いでくれるか」

 コマに命じると、ワンと一声鳴いた。


「ベーにい! おねえちゃん、ベー兄だよ」

「本当!? ヴェイグさん、お元気ですか」

 次にコマの口から出てきたのは二人の声だ。あちらは元気そうだな。


「二人共そこにいたか。丁度よい。話がある」


 俺とアルハで決めたことを、メルノとマリノに話した。




 ◆◆◆




「それは、二人だけで、ということですか?」

「ああ」


 ラムダが行ったおぞましい呪術。あれが世界中で流行っているなんて不穏すぎる。

 呪術によって創り出された生き物は、普通の人の手には負えない。

 僕らみたいなチーターでないと。


 この世界で生きると決めた僕にとって、そんな呪術は迷惑だ。

「あれをなんとかしたい」

 と僕が言い出すと、ヴェイグは

“わかった”

 って一言。


 次の行き先はジュノ国。そこで情報を集めてから、具体的な行動を決める。

 他にもあれこれと話し合ってから、メルノとマリノに連絡をとった。

 二人には、ちゃんと話しておかないとね。


 ヴェイグがやりとりしてくれている間に、僕は左腕だけ貰って扉を出す。


「直接行くのですか?」

「そのつもりだ」


 待ってもらってるメルノには悪いけど、これもゆくゆくは皆で恙無つつがなく暮らすためだ。

 ヴェイグは扉を開けて、異界へ入る。2歩進んだところで足を止めた。座標魔法を使っているんだろう。


「わかりました。……あの、アルハさんは」

「コマを使っている間は、俺しか話が出来んのだ。すまんな」

「いえ、こちらこそすみません……」

 狼コマちゃんはヴェイグの足元を付いてきている。

 座標魔法で位置の特定が終わったようだ。ヴェイグが再び歩き始める。


「ではそろそろ、アルハと交代する。またな」

「あ……」

 ヴェイグが「ここだ」とジェスチャーしてきた。扉を出す。

 開けると、目の前にシルバーブロンドの女性二人の背中。1人は生成り、もうひとりは水色のローブを着ている。



「こうやって突然帰ってくることもあるから、よろしくねっぅおうぶっ!?」

 声をかけている途中でメルノが振り返って僕めがけてタックルしてきた。

 慌てて支えようとしたら足を踏み違えて頭を壁にぶつけ床で尻を強か打ち手首に全体重が乗って捻った。

「うぐぐ……」

 こっちの世界に来てから一番痛い。


「アルハ兄!」

 マリノも僕めがけて飛びついてくる。マリノは頭を撫でたらエヘヘと笑って立ち上がってくれたけど、メルノが中々顔を上げない。


「あの、メルノ?」

 ぐず、すん、という音が聞こえる。え、泣いてらっしゃる?

「メルノ?」

“泣かせたな”

 そんなつもりは!


「……また暫く会えないのかと」

「ごめん。ちょっと驚かせたかっただけなんだ。こうしてすぐ会いに来れるからさ」

「はい……」



“止めなかった俺も同罪だな”

「いや首謀者は僕だから」

 二人して反省しました。


 旅立ちの予定は1日遅らせた。




 ―第一章 完―

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