39 VS四魔神・白虎

 目の前に斧が迫っていた。思わず素手で受け止めて、そのまま斧の持ち主ごと弾き返した。


“俗っぽいとは何だ?”

「こっちの話だよ」

 後でどう説明しようか思い巡らせていると、ヴェイグが横を見ろ、とジェスチャーしてきた。

“何故か来てしまってな。俺では手に負えん”


「イーシオン、あのね」


「ねええええええ! あーーーそーーーーんーーーーでーーーー?」

 ラムダが戻ってきて、再び斧を振りかぶる。

「うるさい」

 振り返らずに、裏拳で殴った。斧は砕け散り、勢いのついていたラムダの身体は、そのまま地に転がった。


「ね。危ないから、離れてて」

「う、うん」

 イーシオンはがくがくと首を縦に振ると、城の方へ全力で走り去った。


「あはは、アルハ、つよい」

 ラムダは無傷だった。スキル使い達は皆、普通の人間より頑丈なんだろうか。

「ねえ、つよいものどうし、あそぼ? たのしいよ」

「何が」

 戦うのが楽しいって、どこの戦闘民族さんだよ。

「だって、おもいっきりやっても、こわれないんだよ! ほら!」

 何があったのか、精神がだいぶ退行しているようだ。身体の大きさや動きは変わらないから不気味なことこの上ない。

 大きな柳葉刀を2本創り出し、同時に振り下ろしてきた。


「それのどこが楽しいんだ?」

 2本の刃を、片腕で止めた。[防具生成]スキルで半透明の篭手を装備してある。


「こわれないおもちゃ!」

 その腕に、柳葉刀が何度も振り下ろされる。篭手は壊れたりせず、腕を守り続けている。


「こわれない、ちょっとは、こわれろ!」

 ラムダが何故か苛々しだした。全力で壊しにかかるのが楽しいんじゃなかったのか。


「キャアーーーーッ!」

 奇声をあげて、渾身の力で柳葉刀を振り下ろしてきた。避けずに篭手で受ける。


「はあ……はあ……」

 攻撃してこなくなったので、篭手を消して腕の具合を確かめる。動きに支障はなさそうだ。


「この身体はヴェイグが使うために用意されたんだって」

“そうであったとしても俺は”

「僕がその気になれば、ヴェイグを閉じ込めたままにもできる」

“わかっている”

「……わかってて、この状態を選んでたよ。ヴェイグは凄い」

“そんな俺を閉じ込めずに共に行動するアルハ程ではない”

「どうかな。逆の立場でヴェイグと同じ決断できるかどうか」

“できるだろう”

 事も無げに言うんだもんなぁ。敵わない。


「ヴェイグ、スキル使ってみない?」

“なに?”


 全身の力を抜いて、ヴェイグに身体を渡す。上手くいくはずだ。


“何をした、アルハ”

「全身を渡した」

“……なるほど”


 今まで身体を渡す時、魂を奥に引っ込める感覚があった。

 魂を引っ込めずに、身体の主導権だけをヴェイグに渡した。

 これで、僕の身体に僕の魂がある状態で、ヴェイグの魂が身体を使える。

 魂がそのままってことは、スキルも魔法も使えるということだ。


 あの厳かな声の言った「ニコイチ」は、多分この状態のことだ。


「なんで、こわれない」

 漸く息が整ったらしいラムダが、僕らを上目遣いに見ている。見た目は成人男性だから、その仕草は怖い。

 ヴェイグの方は、手を握ったり開いたりして感触を確かめている。スキルは無事発動しているようだ。


“逆の立場でなくてよかった”

「何で」

“俺がこの力を手にしていたら、確実に溺れていた”

「大丈夫だよ」

 さっきのお返し、というわけじゃない。


「僕が止める」

“それなら安心だ”


「う、う……うああああ!!」

 巨大なフレイルが出現した。連結しているのは、持ち手より更に大きいトゲ付きの鉄球だ。こいつの創る武器はどうしてこう矢鱈と大きいのか。

 飛んでくる鉄球に、ヴェイグが躊躇なく拳を振り抜いた。弾き返すどころか、鉄球がその場で爆発を起こしたかのように消し飛んだ。

“加減が難しい。アルハはいつも、どうやっているのだ”

「頑張ってる」

“……そうか”

 申し訳ないけど本当に言語化できることじゃないんだ。こう、頑張ってる、としか。


「なんでぇ、なんでぇええええええええ」

 ラムダがブルブルと震えだした。思い通りにならなくてぐずる子供みたいだ。幼児退行してることも含めて、様子がおかしい。

「ああああああああー」

 皮膚の色がどす黒くなっていく。上半身が肥大化して、着ているものがビリビリと裂け始めた。


「攻撃当ててないよね?」

“ああ。当てた覚えはない”

 膨れ上がった身体に、白と黒の稲妻状の縞模様が入る。頭部は既に人間の面影がない。猫……いや、虎だ。


「[気配察知]どう?」

 身体をまるごと明け渡しているせいか、僕は今スキルが使えない。

“ラムダの気配は既に無い。あれは魔物の気配に近い”

「魔物みたいなことしてたもんね」


 人を喰べて、人を玩具扱いして、殺しや破壊を厭わない。魔物じゃなくても、人間だとは言いたくない。


「ウェアタイガーにしては大きい?」

“いや、眉間に棘のような角がある。あの特徴、見たことあるだろう”

「え? あっ! あの子供向けの魔物の本の! あれ、おとぎ話じゃなかったの?」

“確かにそう言ったが、実際目の前にいるな”


 おとぎ話に出てきた、四魔神。その一角、白虎だ。

 赤い瞳がこちらを睨みつける。


「ガアアアアアアアアアアアアア!!」

 物理的な質量を持った咆哮が辺りに撒き散らされた。



“くっ”

 咆哮を[音波]で打ち消す。その間に距離を詰められた。

 振り下ろされた爪は、先程までの武器攻撃とは比べ物にならないほど鋭い。

 ヴェイグが創った武器はバスタードソードだ。剣の腹で爪を受け止めたが、押され気味だ。

 数秒、膠着して、なんとか受け流した。体制を崩した白虎は、瞬時に立て直して更に爪で攻撃してくる。

 逸らして、避けて、距離を取る。


「どうしたの?」

 手強い相手ではあるけど、今のヴェイグが苦戦する程ではないはずだ。額に汗まで滲ませてる。

 急にスキルを使わせたせいで、負担が掛かってるんだろうか。


“手加減を試みている。確かに、口では説明し難いな”

「この状況で!?」

“だからこそ、だ。アルハの話を聞いて、少し思い出した。俺はこの先、戦いが避けられないのだろう?”

「あ……」

“アルハの力を借りねばままならぬ道だ。使いこなせねば、意味がない”


 本当に、どこまでも真っ直ぐ進もうとする。

「じゃあ僕は、もっと鍛えておくよ」

 一緒に行く道だ。

“強すぎて困っているのだが”

 こんな状況なのに、お互い笑みが零れそうになる。


 白虎は、噛みつこうとしたり、咆哮の衝撃波を放ったり、大地を隆起させる魔法を使ったりと、あの手この手でこちらに攻撃している。

 初めはギリギリで凌いでいたヴェイグも、徐々に身体やスキルの使い方が分かってきたらしい。

 足元から吹き上がった岩礫を蹴りながら空中へと上がる。白虎は下から跳躍して、爪を繰り出してきた。

 白虎に、ラムダの意識は無いようだ。スキルの数が乏しいし、魔法を使っている。これだけで魔物と断定するのは早計かもしれないけど、ラムダ自身ではないだろう。


“頃合いか”

 目の前の爪が斬り落とされた。手にはいつの間にか刀が握られている。

「刀だ」

“初めて使うが、なかなか良いな”

 白虎とヴェイグ、ほぼ同時に着地した。白虎の方は、落とされていない方の爪で更に向かってくる。


 ヴェイグは「頃合い」と言った。つまり、もう手加減はやめるってことだ。


 刀はもう握られていなかった。

 白虎はヴェイグの背後で、襲いかかる姿勢のまま動かない。



 ヴェイグが歩き出すと、白虎は縦に真っ二つになり、空気に溶けるように消えていった。

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