38 望み
◆◆◆
アルハが城から出た後、
なるべく城から離れた場所まで来た。
「追いかけっこは終わり?」
後ろから耳障りな声がする。人の命を喰らった男だ。気分が悪い。
さらに言えば、俺ではこいつに敵わない。アルハのようなスキルを持っていなくても、そのくらいは分かる。
だが、手立てはある。
「貴様とは話をしたくない」
本心からの台詞だ。アルハの真似は、しなくていいだろう。
「つれないですね。遊んでくれたっていいじゃないですか」
自身の身長の倍は長い大きな青竜刀を創り出し、それを片手で軽々と振るい、演舞の真似事をしている。
遊ぶ、とは奴にとって文字通りの遊びだと主張しているようだ。
遊んでいる間に、こちらは手筈が整っている。
魔力を解き放って、ラムダの周囲を覆う。それを、結界に換えた。外からの攻撃を防ぐものではなく、内にいるものを出さないようにするためのものだ。
「……おや?」
ラムダは青竜刀で周囲を
「……えー、これ、どういうこと?」
「暫くそこで大人しくしておれ」
「どうしてです? 遊んでくれないんですか?」
見た目は俺とそう変わらぬ歳なのだが、徐々に幼児退行していないか?
「遊んでよぉー」
振り回す青竜刀が結界をかすめる度に、数枚ずつ切り裂かれる。枚数を増やしつつ、損傷箇所へ魔力を送り修復する。
壊される。増やし、直す。これの繰り返しを延々と行う。
十数分は過ぎただろうか。ラムダは青竜刀を振り回す速度と威力を上げ、じれったそうに顔を歪めだした。
「もう……いいでしょっ!」
青竜刀が消え、巨大な斧が現れた。それを何の躊躇いもなく、振り下ろした。
「全て突破されたか」
結界は跡形もなくなった。
だが、足止めするだけなら、まだ手はある。
結界を張ると同時に、足の裏からラムダの真下へ魔力を送り続け、地表数十センチを残して深い穴を掘っていた。
そこへ少し振動を与えると、ラムダの足元に、底の見えない穴があいた。
「……へ? あああぁぁぁぁぁー……」
ラムダは呆気にとられた顔のまま、地下深くへ落ちていった。
どうせならこのまま埋めてしまいたいが、土は消滅魔法で消したため、埋めるための土と、それを創る魔力が心許ない。
表面だけを厚い氷で覆い、結界を施した。
これでまた、しばらく時間が稼げるだろうか。
「アルハ!」
イーシオンが駆け寄ってきた。ついてきたのか。
「ここは危ない。城へ帰れ」
アルハとは仲が良かったが、俺はタルダ以外の王族を信用しきれない。ましてや、初対面でアルハを攻撃してきた奴だ。
常のアルハと違う口調で言ったせいか、イーシオンはたじろいだ。
「う……でも……。ラムダ兄様は?」
「そこに氷の塊が見えないか。その下だ」
「え……」
興味津々とばかりに近づいてきてしまった。
「おい、危な……」
「ひどいよおおおおお!!!!!」
氷が弾け飛び、破片が辺りに降り注いだ。氷の蓋は失策だった。
咄嗟に結界を張り氷の礫は防いだ。
「に、兄様……」
何のスキルをどう使ったのか、ラムダは宙に浮いている。
まだあの巨大な斧を握りしめており、顔が怒りで赤く染まっている。
「まだいたの、イーシオン。めざわり」
イーシオンの位置は、斧の攻撃範囲内だ。
思わず、体が動いた。
□□□
また白い世界だ。死体の僕と、魂だけのヴェイグが見える。
「こちらの身体へ」
厳かで、逆らい難い声がした。
その声にヴェイグは首を振る。
「この者の魂はどうするのだ」
前と同じものを、もう一回見なくちゃいけないのか? そんな余裕ないのに!
けど、ここからが前と違った。
「この者の魂は別の場所へ。どこへ行くかは、私の知るところではありません」
「何故、この者の肉体なのだ」
「違う世界で、貴方に似た気高き魂を宿していた者です。肉体を亡くした貴方には、異世界の身体が相応しい」
「では、この者は望んで死んだわけではないのだな」
「この者は元の世界で、己の限界を超えて肉体を酷使していました。死因は心臓の発作ということになっております」
「この若さでか」
「はい」
前はなぜか聞き取れなかった部分だ。今回は、ハッキリ聞こえる。
「俺は元々、復活など望んでおらん。この者の人生が幸薄かったのなら、この者の望みを叶えてやってくれ」
「この者の望み、ですか。わかりました」
ここからは、見える風景まで前と違っていた。僕が目を開けたのだ。
「話せますか?」
「はい」
僕が喋ってる。自分が喋るのを客観的に見るのって、妙な気分だ。友達にスマホで動画を撮られて、消す前に観たものよりも生々しい。
「貴方に、生前叶えられなかった望みはありますか」
望み……。そんなの、あったかな。精々、大学の単位をちゃんと取って、ちゃんとバイトで稼いで、偶には合コンにでも行って。
あ、そうか。
「生きたかった」
そうだった。
今の世界で、僕は生を謳歌してる。
チート能力を貰ったお陰で就職には困らず衣食住は安定している。家族もできた。
なにより、ヴェイグは良いやつだ。ヴェイグのお陰で、今の僕がある。
僕は望みを叶えたも同然だ。
「貴方達に与えられる身体は、この一つのみです。そして、貴方は必ず復活せねばなりません。既に
ヴェイグの近くに浮いている僕は、もう目を閉じていた。厳かな声を聞いているのは、ヴェイグ1人だ。
「この者を、俺の代わりに生き返らせるのはどうだ」
「できません」
「ならば、何が出来る?」
視てるこっちがハラハラするほど、ヴェイグは断固とした態度だ。
「この肉体に、魂を2つ同時に入れることならできます。ですが、肉体の主導権は飽くまでこの者です。貴方はもしかしたこの者に魂を封じられるやもしれません」
「構わん」
ヴェイグの眼は本気だ。そんな覚悟がこの場で出来るなんて……。
厳かな声の話は、まだ続きがあった。
「本来貴方が得るはずだった『スキル:全』は、この者が使うことになります。貴方自身の強さは与えられるはずのものから半減します。これより先は、戦う強さが必須の道を歩むはずです。何もかも、困難になるやも知れません」
「それでいい。乗り越えてみせよう」
こんな会話だったのか……。
後は前に見たのと同じ流れだ。僕とヴェイグの身体が重なって、ヴェイグの装備を身に着けた僕が現れる。
更にその後、続きがあった。
「この状態のことを、肉体の主の世界では、こう呼ぶこともあるようですね」
厳かな声がなにか言い出した。
「ニコイチ、と」
◆◆◆
「突然俗っぽいな!!」
我ながら謎の台詞と共に覚醒した。
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