37 悪意の塊

 ▼▼▼




 アルハ達が庭へ向かった後、タルダは5人を治療するため、医師と治癒魔法が使える者たちを集めていた。


 手筈が整った頃、城に居たものに話を聞けば、5人は城に入った盗賊を「懲らしめる」という名目で、なぶり殺しにしたということだ。

「盗賊……。オイデアは一体何をしようとしたのだ」

「それが、本を盗んだと」

「その本はどこに?」

「こちらです」


 スキル使い達は、盗まれたものには執着しなかったようで、本は無造作に床に捨て置かれていた。

 表紙の文字はディセルブ国の古語で、一見すると只の装飾に見える。タルダには読めるが、若いスキル使い達は古語の存在すら知らないだろう。


「これは……。兄上とアルハ殿のために、持ち出そうとしたのか……」


 それは、国で秘蔵されていた、歴代のスキル使いについての記録だった。


 タルダはそれを懐に仕舞いこんだ。

 ヴェイグに渡すために。




 ◆◆◆




「やめて兄様ー!」

「いやーーーーーっ!!!」

「たすけ、たすけてええ」


 室内で絶叫と悲鳴が反響して、すごい音量になっていた。


 まだ生きていた5人は、一旦寝かされて治療を始めようかというところだったようだ。周りに何人も、医師や魔法使いらしい人達がいる。


 そんな中、5人は宙に浮き、ゴリゴリと生々しい音を立てて、1つの塊になりつつある。

 他の人達はその光景を、為す術もなく見ているだけだ。

 一人を除いて。


「おや……」


 塊の真下で、腕を頭上に上げている男が振り返った。この人もアッシュブロンドに薄紫の瞳。どうやらディセルブの王族というのは皆この色のようだ。


「黒髪……。貴方ですか、これらを瀕死にしてくれたのは。殺してくれてたら、もっと手間が省けたのですが」


 丁寧な口調なのに、耳障りな声でねちっこい喋り方をする。


「私はラムダと申します。お名前を伺っても?」

「アルハ。で、何をしてる」

「進化の術、というらしいですよ。最近流行りだそうですね。こうやって、弱い生き物をたくさん集めて殺して1つにして……強い生き物にするんです」

「流行ってる? どこで?」

「世界規模、ですよ。私はジュノ国で知りました」

“このあたりで一番大きな国だ”

 ヴェイグがすぐに注釈を入れてくれた。大きな国で流行ってるって、やばくないか。

 今はそれよりも。

「生き物ってそれ、兄弟だろう」

 瀕死にした僕が言うことじゃないのは承知の上で問いかける。目の前のこいつの倫理感はどうなってるんだ。


「そうですよ。でも、弱い兄弟が沢山いてもねぇ。私一人が強くなればいいじゃないですか。それでも、彼らを一人で殺すことはできませんでしたから……貴方には感謝してますよ。最後の一人も来ましたし」


 僕の背後にやった視線を追うと、イーシオンが立ち尽くしていた。


「兄様、どうして……」

 1つの球にまとまりつつあるが、まだ少し原型をとどめている。それを見てしまったようだ。かくん、と糸が切れたように膝をついてしまった。


「イーシオン。貴方も、ご一緒に」


 ラムダが上げてない方の手を伸ばす。不可視の何かが僕の横を掠めた。


 咄嗟にイーシオンの周囲全方位に盾を創った。

 ギギギン、と連続して何かがぶつかったような音がした。一応止められたようだ。


「これは……」

「おや、それを護るのですか?」


 2人がそれぞれに何か言っている。聞いてはいたけど、応える猶予はない。

 見えない攻撃を見る術、スキルにないか!?


 ラムダの伸ばしたままの手から、また何かが向かってくる。やっぱり見えない、でも、分かった。


 刀を創り、やってくる何かを端から全て斬り落とした。

 ステータスをちらっと確認したら、[超感覚]が解放されていた。よかった、間に合った。


「おや、防ぎますか。まあいいです。球はもう出来たのでね。で、これを……あーん」

 ピンポン玉くらいになった暗緑色の塊を、指で摘んで、口元へ。

 まさか。


「……んぐっ」

 飲み込んだ……。


「ふ……はは……アハハハハっ!」

 見た目に変化はないのに、気配が、尋常じゃない。単純に6人分の足し算ではなく、掛け算されたような感じだ。


「あー、っはぁ。……フフ、ステータス。全員分より多いですね。スキルは……[全]」

 掛け算ですらない。本当に「進化」なんだろうか。

「全……全部使えるんですね……兄弟たちのも、まだ見ぬスキルも!」


 感極まったように叫ぶと、僕に向かってきた。


 ラムダの右手に剣が創られる。柳葉刀のような形だ。刀で迎え撃った。鍔迫り合いで火花が散る。

「ははっ! お強い!」

「……」

 一撃一撃が重い。受ける度に手に衝撃が伝わる。ジリジリと扉の近くへ追いつめられた。

「5人を倒した人でも、今の私には敵わない!」

 ラムダが叫んで、柳葉刀を振り降ろした。

 それをギリギリで躱し、扉から外へ出た。


「まさか逃げるんですか!?」

 勿論追ってくる。ステータスの差で追いつかれないが、このまま逃げ切るつもりもなかった。


 ただ……拙いことになった。


「ヴェイグ。バレッタに、魔力貯めとく。多分、いけるとおもう」

「どうした!?」

 魔力を貯めておく方法。何のことはない、いつも創ってるモノに入れておけばいいんだ。ヴェイグならそれに触れて、魔力操作の要領で魔力を回収できるはずだ。


“急に、眠く……あのときみたい……に……”

 ティターン戦のとき。ぶっつけ本番で[属性付与]スキルを使ったら、ものすごく疲れてそのあと暫く眠ってしまった。その間にヴェイグは怪我をする羽目になった。あの繰り返しは避けたかったのに。

 今日は[音波]や[重力]なんかも急に使って、その時は平気だった。法則が読めない。


 逃げたのは、魔力と眠気のことを伝えるための時間稼ぎだ。

 今のラムダはかなり強い。


 前は三十分ぐらいだったか。今回もその程度で済んでくれ。


 頼んだ、ヴェイグ。




 ▼▼▼




「アルハ……」


 ラムダはアルハを追って出ていった。周囲の盾が現れたときと同じように突然消えてから、イーシオンはようやく声を絞り出した。

 最初に発したのは、敵対しているはずの人間の名前だった。


 船で返り討ちに遭ったときから、敵わないことは分かっていた。

 それでも、話しかけたら普通に接してくれた。

 アルハが兄様だったらよかったのに。そんな気持ちさえ抱いた。

 そのアルハの大事な人を、兄様達が……。

 それなのに、僕を守ってくれた。


 さっきのアルハは様子がおかしかった。

 アレを飲み込んだ後のラムダ兄様は、明らかに強かった。

 アルハでも、敵わないのかもしれない。


 イーシオンはここまでを一瞬で思考すると、二人を追って駆け出した。

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