36 花は主の前で散る
▼▼▼
オイデアは、ディセルブに着くとすぐ、城へ向かった。
城の内部は以前とそう変わらなかったが、部屋の役割の配置換えが行われており、目的のものを探し当てるために長い時間歩き回る羽目になった。
ようやくそれを見つけた頃には、スキル使いの一人に見つかってしまった。
城には7人のスキル使いがいる、と聞いていた。オイデアの前に現れたのはそのうちの5人。
全員、アルハと比べればかなり弱い。
しかしオイデア自身は戦闘に特化していない。
そしてスキル使い達は、その力を振るう相手に餓えていた。
城に入った盗賊、という大義名分が、スキル使い達の目に残酷な光を灯らせた。
◆◆◆
“替われ”
ヴェイグに身体を渡すと、すぐさま治癒魔法を使った。でも……。
「オイデア! 聞こえるか!?」
いくら光を当てても、オイデアの瞼は開かない。
「あいつがヴェイグかな?」
「王族に黒髪はいないだろう」
「そうよ、バカね」
「じゃあ誰だよアイツ。魔法使ってるぞ」
「魔法使いはごまんといるさ」
他の5人の気配は、部屋の奥にある。全員、似たような黒っぽい服を着ていて、アッシュブロンドに薄紫の瞳をしている。そいつらが勝手に喋ってる。
「なあ、お前誰だよ」
「オイデアの知り合いなら、ヴェイグじいさんの関係者かしら」
「その女、宝物庫漁ってたから懲らしめてやったんだ」
「でも盗んだの、ボロい本1冊だったぜ」
「目利きもできない愚か者なのよ」
「ヴェイグ、さま、わ、があるじ……」
「オイデア!」
オイデアが目と口を開けた。喉から細い呼吸音が漏れる。
「すまん、間に合わぬ……」
「あるじの、てを……」
「もういい」
「ほん……と……」
オイデアの瞳から光が消え、身体が弛緩した。
「しぶとかったね」
「そこそこ楽しめたな」
「あんたはケガしてたじゃん」
「ダッサ」
「ねぇ、それ、片付けてくれる?」
オイデアの目を伏せて、そっと床に横たえさせた。羽織っていたマントを被せる。
僕とヴェイグ、どちらかが昂っているときは、もうひとりは冷静だった。
今は、2人ともダメだ。
「許さん」
掠れるような声で呟いた。
右腕に膨大な魔力が集まる。炎、氷、風、雷、岩、剣……。殺傷能力のある属性が次々に具現化していく。
「そんなの無駄よ」
5人のうち3人は、顔がよく似ている。そのうちの1人が、いつの間にか背後にいた。
“ヴェイグ、左腕だけ”
掴みかかってくるのを、創り出した刀で迎え撃つ。躱された。おかしいな。
「私たちには[未来視]があるの! アンタの攻撃なんて当たんないわ!」
未来視。
“つまんないスキルだな”
解放済みにはなったけど、使う気はない。速攻で封印した。その上で、さらに刀を数百、創って飛ばす。
「ちょっ、避けきれ……あうっ!」
刀が体中を切り裂いたら、その場でうずくまって動きが止まった。未来が視えたところで、躱せない攻撃を繰り出せばいいだけだ。
次はヴェイグの攻撃が始まった。
「なにコレなにコレぇ?!」
「未来視してるのに、見えないっ!」
「くっそぉ! 喰らえ、[音波]!」
音波。アビスイーターが使っていたやつだ。スキルって魔物の攻撃に似てるんだな。今度から魔物をもっとよく観察しよう。
「[重力生成]! もう動けないぞ!!」
重力生成。スキル名を叫ぶ必要ってあるのか? わかりやすいからいいけど。
音波と重力は、同じスキルを解放した僕が打ち消した。それ以前に、奴らの攻撃なんて痛くない。ヴェイグの魔法も止まらない。
相手もスキル使いなだけあって、そこそこできるようだ。
ただ、それだけじゃ僕らには勝てない。
最後の一人が倒れると、ヴェイグが魔法を止めた。5人は全員、まだ息がある。
「……オイデアが浮かばれんな」
ヴェイグは部屋の真ん中に立つと、両手を広げて魔法を使った。治癒魔法だ。5人の傷が一気に塞がった。
「は、え?」
「治った……なんで?」
それぞれ戸惑いながら身を起こす。すぐに、未来視ができる3人は震えだした。
「いや……ごめんなさい……」
「やだ……やめて……」
“こいつらの魂では
「手加減、自信ない」
“丁寧にしてやる必要はない”
「そうだね」
人に刃物は使わないようにしてたけど、こいつらを人と認識するのは、僕には難しい。
数分後、部屋には再び虫の息になった5人が倒れていた。ちゃんと手加減はできたから、多分放っておいても助かるだろう。助からなくても、いい。
マントで包んだオイデアを抱きかかえ、扉に向かうと、その扉からタルダさんとイーシオンが入ってきた。
「に、兄様、姉様!」
そういえばイーシオンが話すとか言ってたっけ。でも、こいつらは対話なんて最初から無理だ。
「その方は……? ……ああ……」
タルダさんが、僕の腕の中を見て嘆いた。
イーシオンも気づいて、瀕死の5人とオイデアを交互に見て……何か察してくれたようだ。
「彼女を静かな場所で眠らせたいのですが、場所はありませんか?」
「ええ、ええ。では、こちらへ……」
イーシオンを部屋に残し、僕らはタルダさんについていった。
“アルハ、俺にやらせてくれ”
スコップを創ると、ヴェイグに声をかけられたので、交代した。
案内されたのは、城壁内の端の、日当たりのいい場所だ。いくつか墓標がある。王家に仕えた重臣たちの中でも、特に位の高い人たちが眠っているのだそうだ。
「後は俺たちでやる。タルダはイーシオンのところへ行ってくれ。それと……済んだら俺から出向く。それまで放っておいてほしい」
「はい。では」
それから暫くの間、スコップが土を掘る音だけが耳を占領した。
穴を掘り終えて、また埋めても、お互いに無言だ。
ヴェイグが即席の墓の前に跪いて祈りを捧げる。僕もそれを倣った後、近くに生えていた花を手折って供えた。
花の名前は知らない。
「自分の死体を視た話、したよね」
“ああ”
アパートで一人死んでいた僕。そこへ、友達と大家さんがやってきて、僕のために泣いてくれていた。
「誰も悪くないんだから、泣かなくていいのに、って思ったよ」
“ああ”
ヴェイグの返事は素っ気ないけど、ちゃんと聞いてくれている。
「……あんまりだよね」
“……”
たまにぽつりぽつりと話しながら、長いことその場に留まっていた。
夕方も過ぎていて、すっかり暗くなっていた。
背後から灯りが漏れているのに気づいて振り返ると、イーシオンがランタンを両手に1つずつ持って立っていた。いつからいたんだろう。
「暗くなったから、ランタンを渡しに来た」
聞いてもないのに、いる理由を答えてくれた。
「ありがとう。でも、もう戻るよ」
ヴェイグも、黙ってはいるけど大丈夫なようだ。
ランタンを一つ受け取って、城の入り口へ向かう。イーシオンが横に並んでついてきた。
「なあ……、僕……」
イーシオンが何か言いかけた時。
[気配察知]は切ってあったのに、胸騒ぎがした。嫌な気分のする方向を探ってみる。
「これ、まさか……。ヴェイグ! 魔力渡しておく!」」
“どうした”
「あの5人が、ティターンや酔虎の時みたいになってる」
“なんだと?”
魔物が集まって上位種になる現象は、オイデアが呪術を使って行っていた。
じゃあ、これは一体誰が? そもそも、今この周囲に魔物の気配はない。
「アルハ、どうしたの?」
「急ぐから、これ返すっ」
呆気にとられるイーシオンに、受け取ったばかりのランタンを押し付けて、城内へ向かった。
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