31 異界の使い方
「通信石に印を付けております。ご面倒をかけますが、開けた場所に置いて下さいませ」
通信石の使い方はヴェイグに習った。石に触れて対象に呼びかけて、対象が応答可能ならそのまま会話ができる、というシンプルな使い方だ。
「印って物にも付けられるんだ」
“可能だが、あまりやらん。例えば付けた物を海の底に沈められて、知らずに転移してみろ”
「怖っ」
オイデアはそんなリスクを承知でこれに印を付けたのか。
一旦外に出て、家の裏手の開けた場所で石をなるべく体から離して掲げた。
「いいよ」
声をかけると、石の周りに魔法陣が浮かび上がり、そこにもうオイデアが立っていた。
「いえ、体調は特になんの変化も。強いて言えば、時間の感覚は曖昧になりました」
そのまま外でオイデアに事情を説明すると、こんな答えが返ってきた。
「私は一度死に、そのまま生き返った存在ですので、常人の感覚とはズレがあるやもしれません」
「僕はスキルを使った張本人だからなんともない、と」
“俺も常人とは言い難い状態なのだが”
後は普通の人間であるメルノ達に入ってみてもらうくらいしか……でもそれは嫌だな。オイデアを問答無用で放り込んでおいて今更だけど。
考えていたら、一つまだ試していない方法を思いついた。
「ヴェイグ、交代して入ってもらってもいい?」
“構わんぞ”
扉を出してから交代した。
“気分悪くなったらすぐ言って”
「ああ」
ヴェイグがやや緊張した面持ちで扉を開ける。慎重に1歩、2歩と進む。
“無理しないでね”
「大丈夫だ。先程のように目眩がおきたりはしない」
後ろからはオイデアもついてきている。
ヴェイグは本当になんとも無いらしく、そのままスタスタと歩き出した。
「ふむ。肉体があれば良いのか? アルハは先に言ったとおり術者であるから問題ないと」
“なのかな。うーん、だとするとコレ、使い所難しいな”
「俺のことなら気にするな。中にいる間なら吐くこともないだろう」
“吐きそうだったのか……。ヴェイグが苦痛なのは嫌だ”
このスキルのことは一旦放置しておこう。方向性を固めかけたときだった。
「アルハ様。このあたりはツェラントではありませんか?」
“ん? オイデアを呼んだのはトイサーチだけど……”
「今、ヴェイグ様が立っているあたりです。ここは空間が歪んでいるようです」
“どういうこと?”
「先程の扉を出してみて下さい」
左腕だけ交代して、扉を出す。外へ出ると……ついこの前までいたツェラントの町並みが近くに見えた。
“ヴェイグ、何歩歩いたか覚えてる?”
「いや、正確にはわからん。十歩程だとは思うが」
“どういうことだろ。オイデアはどうしてツェラントの近くだって分かったの?”
「先程、時間の感覚が無いと申しましたが、距離感も掴めないのです。それで、念の為に術を張っておりました。自分の位置を把握する魔法なのですが……」
「座標魔法か」
「はい。それで、1歩歩くごとに十数km進んでおりました。ツェラントへ来たのは、ヴェイグ様が無意識に知った方向へ進んだためかと」
“凄いな、助かったよオイデア”
さっきまでスルーするつもりだったスキルの使い道が、一気に判明した。
「我が主とアルハ様のお役に立てて何よりです」
オイデアは少し俯いてそうつぶやいた。照れてる?
「もしかして転移魔法はお払い箱か?」
“そんなことないでしょ。魔法は一瞬だけど、こっちは時間かかるし。僕だけじゃ目的地に辿り着けない”
「使い分けが肝要ということか」
“うん”
位置情報を知る魔法があるなら、ヴェイグに頼める。これで行ったことのない遠い場所や、もしかしたら海の向こうにも、歩いていける。
“そういえばオイデア、呼ぶ前は何処にいたの?”
「トイサーチの宿におりました」
“以外と近い所にいたんだね……”
「目障りでしたら別の場所へ移りますが」
“いや、そういう意味で聞いたんじゃないんだ。どこか、行きたいところとかない?”
無理矢理呼んでしまったし、このスキルの解明もやってくれた。お礼に、このまま行きたい場所へ送り届けるのはアリかなって思ったんだ。
「主とアルハ様のお手を煩わせるようなことは……」
「折角の厚意を無碍にするのは、良くないのではないか?」
おお、ヴェイグ、ナイスフォロー。
この世界の人は恩を倍返ししたがる割に、こっちの厚意はあまり受け取ってくれない。もどかしかったんだよね。
オイデアは少しの逡巡ののち、ためらいがちに口を開いた。
「それでは、ディセルブ国へ」
「滅びたのではないのか?」
「国はなくなりましたが、人と建物はまだ残っております」
「……そうか」
オイデアに方向を聞いて、そっちの方へ歩き出した。
ディセルブ国は、トイサーチやツェラントがあるこの大陸とは別の大陸にあって、トイサーチからだとまず船着き場まで馬で10日、そこから更に船で20日。目的の大陸に着いても、国のあった場所まで更に徒歩で3日の距離ということだ。
それなのに、10歩程歩いただけで到着した。
1歩の距離はランダムなのか、僕の希望が加味されているのか。今のところ、謎だ。
また左手だけ交代して、扉を出す。一度開けて確認してもらったら、間違いなかった。
“僕も見てみたいな。いい?”
「むぅ……。だが、メルノ達になんの言伝もしていない。急に居なくなれば心配させるだろう。今日のところは戻らないか」
“……そうだね、わかった”
凄く渋られてしまったので、今回はパスすることにした。
オイデアだけ扉の外に出た。こちらを振り返って、頭を下げる。
「ありがとうございました。こんなに早く帰郷できるとは思いませんでした」
“また呼ぶかもしれないよ”
「はい。いつでも」
「……」
ヴェイグは難しい顔をしたまま、オイデアを見つめる。
「我が主、ヴェイグ様」
「なんだ」
「私が先に見てまいります」
「……ああ」
これだけやりとりして、オイデアは去っていった。
帰りはヴェイグに座標魔法を使ってもらって、無事トイサーチへたどり着いた。
扉を開けると、日はまだ高かった。多分、1時間ぐらいしか経ってない。
扉から出て、交代した。扉はすぐに消した。
「気分はどう?」
“問題ないぞ”
「よかった」
“アルハ”
「ん?」
“……いずれ話す”
「わかった」
僕もヴェイグに話してないことがある。
気持ちの整理って、案外やりにくいものだ。
家に戻ると、メルノとマリノがリビングのテーブルでうたた寝をしていた。横に、手入れ済みの杖が立て掛けてあった。杖の手入れって基本は磨くだけだから、作業の最中に眠くなったんだろう。
近くにあったひざ掛け用のブランケットを、2人の肩にそれぞれ掛ける。
空いている椅子に座って、2人が起きるまで、なんとなく寝顔を眺めていた。
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