29 申し訳程度の○○要素

 ギルドハウスの造りは、トイサーチのものと似ている。入り口で一瞬だけ立ち止まって、すぐに受付を見つけることができた。

「アルハ! 丁度良かったわ」

 受付に向かおうとしたら、横から声をかけられた。レクターだ。


「今アルハって言った?」

「あれが……。噂通り、黒髪だ」

「強そうには見えないんだけど……」

「素敵……」


 周りが急にざわめきだした。あと、毎回「素敵」って言うの誰?


「報酬のことよね。奥で話しましょうか」

 ギルドハウス内の会議室みたいな場所へ案内された。

 そこには他にも数人の冒険者がいた。ウェアタイガーの時にいた人たちな気がする。

 冒険者の一人が僕を見て他の人達に何か言うと、皆一斉にこちらを向いた。レクターが彼らに一つ頷くと、皆近づいてきた。


「聞いたぞ。本当に山分けでいいのか?」

「寝て起きたら終わってたんだけど」

「ドロップだけで凄い額になったらしいじゃないか」


 わいわいと言い募られて、中々返事をするタイミングが掴めない。


「アルハが困ってるじゃない。皆落ち着きなさい」

 レクターの一声で、なんとか開放された。


「皆が寝てて酔虎が油断してたお陰で、僕が討てたんです。だから、山分けで当然です」


 そう言い切ると、皆不承不承といった感じだったけど、納得してくれた。


「はい、これがアルハの分」

 口が開いた革袋をポンと渡される。大きな金貨が2枚と、小さな金貨が数枚見えた。

 金貨は1枚1万エル、大きな金貨は1枚50万エルだ。

 酔虎は難易度Aで、1体につき5万エル。総取りしてもこんな額にならない。封石の価格高騰がこんな所に影響しているようだ。


「ありがとう。確かに、受け取ったよ」

 そういえば冒険者の間に敬語は要らないんだったと今更思い出して、なるべく気をつけてみる。

 レクターさんが笑いを噛み殺してるから、まだ少し失敗しているんだろう。でも、嫌な笑いじゃないからいいや。


「パーティは組んでいるの?」

 革袋をポーチに仕舞うと、冒険者の1人が話しかけてきた。メルノと同じくらい小柄で、軽装の女性だ。桃色の髪をポニーテールにしている。耳が長くて尖っているからエルフ的な種族なのかも。

「うん。トイサーチに仲間がいるんだ。ここには用事で来ただけで」

「そっかー。クエスト一緒にどうかなって思ったんだけど」

「ごめん。用事はもう終わってるから、すぐ帰るつもりなんだ」

「わかった。でも、機会があったら、ね」

 彼女は片手をヒラヒラと振って、去っていった。


 レクターにも挨拶をして、ギルドから出るまでの間に5人くらいに話しかけられた。

 皆、僕とパーティを組みたいか、一緒にクエストに行きたいらしい。

“組むなら、人は選べよ”

「わかってる。そもそも組まないよ」

 最初のポニーテールの女性や、数人は純粋に僕に興味があるだけって感じだったけど、それ以外は……僕の力を当てにして、楽にクエストをこなそうっていう魂胆が見え隠れしてた。色々と鈍い僕に解るくらいだから、ヴェイグから見たら僕がシロと見做した人の中にもクロがいたのかもしれない。

「3人目と5人目と…2人目の隣にいた人はダメだよね」

“俺もそう思う”

 よかった、合ってた。いや合ってほしくなかったけど。……人間不信になりそうだよ。

“アルハをいいように使おうとするとは、命知らずな者がいるのだな”

 どういう意味でしょうかヴェイグさん。



 ともあれこれで、この町の用事は全て済んだはずだ。

「帰ろうか」

“転移を使おう”

「いいの?」

“ああ。アルハの移動は、またの機会に取っておく”

 また今度やれってことね。それはいいんだけど。

「アルハも後で確認しておくといい。レベルが上がっていた。魔法の中にはレベルが上がると消費魔力の減るものがあってな。転移はその一つだ」

“試したいわけか”

「そうだ」


 人目につかない路地裏に入り、気配察知も活用して、周りに誰もいないことを確認する。転移魔法は割り込みされると暴発して、よくわからない所に飛ばされたりするそうだ。怖い。

 ヴェイグに交代すると、すぐ足元に魔法陣が広がって……次の瞬間には、見慣れた家の前にいた。



「ふむ。魔力の消費は半分ほどになったようだ。これなら20回は連発できるな」

“凄いね”

「旅の情緒は無いがな」

“僕の移動も情緒無くない?”

「あれはいいものだ」

“は、はい”

 ヴェイグの謎の気迫に、僕は頷くしか出来なかった。ついでに交代のタイミングを失った。


 家へ一歩近づくより先に、扉が勢いよく開いて、中からマリノが飛び出してきた。

「ベーにい! おかえり!」

 マリノは躊躇なくヴェイグに飛びついた。ヴェイグもそのままナチュラルに抱き上げる。

「戻ったぞ。よく俺と分かったな」

「すぐわかるよ!」

「そうか」


 家からはメルノも出てきた。

「おかえりなさい、ヴェイグさん」

「ああ。メルノにも分かるか」

「いえ、マリノの声が聞こえました。けど、私もなんとなく分かります」

「なるほど。…メルノはいいのか?」


 ヴェイグはマリノを右手に抱え直すと、空いた左手でメルノを手招きした。……って、どういうこと? ヴェイグ?

「えっ!? あの、アルハさん…は」

「起きている。転移魔法で戻ってきたので交代したままだ。今のうちだぞ」

 今のうちって何が!?

「は、はうう!?」

“ヴェイグ!?”

「満更でもなかろう」

“いや、どういうこと!?”

 僕が軽くパニックを起こしてる間に、メルノは意を決してしまって……左腕に抱きしめられてしまった。

「……わああ!?」

 混乱のあまり交代しちゃったよ! メルノは僕の声にビクリと顔を上げて……いや、顔近っ! 藍色の瞳って綺麗だな!?

 あとメルノ体温高い! あったかい!


 前に一度抱っこして運んだけど、あれは緊急手段だったから感触とかよく覚えてない。

 こんな柔らかかったっけ? 薬草茶の香りもする。


 暫く見つめ合ってしまってから、ハッと我に返った。慌てて腕を離す。

「はうう! す、すみません、つい…」

「う、うん……いや、こちらこそ」

 つい、って何!?


 お互い顔を背ける。メルノは顔真っ赤で、多分僕もそうだ。

“先は長そうだなあ”

「ヴェイグ」

“すまん、やりすぎたか”

 全然すまなさそうにニヤニヤしている。あとで仕返ししよう。


「アルハにいもおかえり!」

「ただいま、マリノ。お土産あるよ」

「やった!」

 素直に喜ぶマリノを見て、少し落ち着けた。



 家に入って荷物を降ろし、お茶を淹れるというメルノに待ったをかけて茶葉とお土産を取り出した。

「淹れ方教わってきたんだ。僕がやるよ」

「でも、疲れてませんか?」

「平気。移動はヴェイグの魔法だったから」


 お湯を沸かしている間にカップや茶葉を用意する。

 薬草茶にも使うポットには茶こしが付いているので、そこへ茶葉を多めに入れる。

“アルハ、その茶葉は……”

 ヴェイグが選んだ柑橘系の香りがする茶葉だ。飲む時は味覚と嗅覚を遮断しておいた。


“……悪かった……”

 凄く反省したようなので、この3杯で勘弁しようと思う。

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