28 茶葉

 フィオナさんの屋敷に滞在して3日が経った。今日は取引の約束の日だ。

 朝食の後、応接室で待つように言われてお茶を頂いていたら、扉が乱暴に開いた。そして赤い髪の中年男性が入ってきた。デジャヴュ。


「っ!? ま、まだいたのか」

 中年男性は僕を見るなり、声を上げて後退った。ダルク氏だ。そういえば、物見櫓のとき以来、すっかり忘れてた。

“こんな奴もいたな”

 ヴェイグも忘れてたんだね。


「今日もお会いする約束はしてませんよね?」

 軽い世間話みたいに言っただけなのに。

「ヒッ」

 悲鳴を上げて、開けっぱなしの扉から、走って出ていってしまった。

 その先で、フィオナさんにぶつかりそうになったところでヘラルドが止めた。


「危ないですよ!」

「そ、そっちがこんな所にいるから!」

「どうなさったのですか、叔父様。顔色が悪いようですが……」

「うるさい、どけ!」

 バタバタと走り去る音。ホールの方へ向かっていったから、そのまま出ていったのだろう。

 ていうか、何しに来たんだろう。


“何もしておらぬよな?”

 ヴェイグまで困惑の声を上げる。

「何もしてないよ」

 本当に威圧も何もしてない。

「ヴェイグ、ここって印付けた?」

 転移魔法の目標地点を定めるために、魔力で付ける印のことだ。ヴェイグは今の所、メルノの家にだけ付けている。

“いや”

「何箇所も付けられるものなの? 付けたとして、魔力足りる?」

“今の状態になる前は2箇所で限界だったが、今なら10箇所は付けられるだろう。印を付けるだけなら魔力の消耗は少ない。ここに付けるのか?”

「できれば頼むよ」

“わかった、後でやろう。だが何故だ?”

 僕のお願いを了承してから理由を聞いてくるんだから、ヴェイグは優しいと思う。

「あの人、僕のこと怖がってるみたいだからさ。フィオナさんにいつでも来れるって伝えておけば、抑止力になるかなぁって」

“なるほど。随分あの男を毛嫌いするな”

「初対面から失礼だったからね」

“それならオイデアもそうではないか?”

「あの人は色々と理由があったからさ。それと、フィオナさんやヘラルドたちには、また会いたいし」

“……そうだな”

 ヴェイグの出自は聞いたのだから、僕のことも話さないとフェアじゃないかな。……そのうち話そう。


「お待たせしました、アルハ様。また叔父が失礼しました」

「いえ、何もされてませんから」


 フィオナさんがヘラルドを伴って応接室に入ってきた。早速取引して、滞りなく終わった。


「ありがとう。助かりました」

「いいえ、こちらこそ。素晴らしい封石やアイテムを取引できたこと、お礼申し上げます」


 これで用事は済んだ。

 すぐに発とうとすると、もう暫く逗留してもって引き止められた。

「後でこのお屋敷に転移魔法の印をつけようと思うんです。それがあれば、またすぐに来れます」

「転移魔法! 高度な魔法が使えるのですね」

「いや、まあ……。それで、印付けてもいいですか? 特に何か起きるわけじゃないんですが」

「勿論です。お好きな場所にどうぞ」


 フィオナさんとヘラルドが印をつけるところを見たがったので、一緒に外に出た。

 屋敷の敷地を出て、人があまり通らない場所を教えてもらってそこへ行った。

「右腕だけでいける?」

“問題ない”

 ヴェイグに右腕だけ渡して、無事印を付けた。……って言っても、僕には何も見えない。印は付けた術者にしか見えないんだそうだ。


「魔法は右手で使われるんですね。何か理由が?」

「え、えっと……左は武器持ってることが多いから、なんとなく」

 ヘラルドに妙なところを突っ込まれて、少し焦ったりした。


 その後も昼食を理由に引き止められかけたけど、他の用事もあるからと振り切った。



「それでは、お元気で。道中お気をつけて」

「また是非お越しください!」


 フィオナさんやヘラルド、ディーナさん達に見送られて、屋敷を後にした。




 トイサーチへ帰る前に、町を少し回ることにした。この3日間、殆ど屋敷で本を読んでたから町を歩いてないんだよね。

 商店街で初めて見る果物を買ってみたり、メルノたちのお土産を探したり。

 お茶専門店を見つけたので、早速入った。

「はー……いい香り」

 日本ではお茶といえば日本茶か烏龍茶くらいしか飲まなかった。ヘラルドに淹れてもらった紅茶が美味しかったので、家でも飲みたいしメルノたちにも飲ませたい。

「ヴェイグはお茶の好みある?」

“そうだな……少し替わってくれないか? 自分で選びたい”

 嗜好品を選ぶのに替わってくれって言い出すのは珍しい。勿論、すぐに交代した。


 ヴェイグが選んだのは、柑橘系の香りがするものだ。

 僕は林檎系の香りがするフレーバーティーを選んだ。他に、オーソドックスなものも幾つかチョイス。

 お店を隈なく周り、店員さんに美味しい淹れ方を教えてもらった。

 沢山買ってしまったからか、店員さんはすごく親切にしてくれて、オマケにオススメだという茶葉を付けてもらえた。


 満足して店を出て、暫く歩いていたら冒険者ギルドの表示を見つけた。


「ギルド、一応寄ろうか。分け前のこともあるし」

“乗り気でなさそうだな”

「うん、まぁ……」

 冒険者っていう職業に就いて、魔物討伐という労働をしてるわけだから、報酬が出るのは当然だし貰う権利もある。

 ただ、チートのお陰で楽勝だから、ズルしてる気分なんだよなぁ。

“もしや、魔物討伐が造作なさすぎて、報酬をもらうのに引け目を感じているのか?”

「全問正解だよ、ヴェイグ」

“楽勝で良いではないか。第一、魔物を放っておいたら、町の人間のならず者とは比べ物にならんほどの脅威になるのだぞ。それにアルハが自分で言っていたではないか。できるからやっているだけだ、と”

「う、うん」

“例えばアルハに、先程購入した茶葉を1から育て、美味い茶葉に加工することはできるか?”

「無理」

“生産している者はそれを普段からやっているわけだ。楽勝とは言わんが、生活の一部にしている分、アルハがこれから茶葉を育てるよりは簡単なはずだ。それでアルハは、その茶葉を手に入れるのに無償でも良いと思うか?”

「いや、まさか」

“だろう? 同じことだ”

「……そか」

 ヴェイグが珍しく長々と話してくれたお陰で、後ろめたさは薄れた。

「ありがとう」

“いや、ちと説教臭かったな”

「そんなことないよ」

 本当に同い年なんだろうか……。


 気を取り直して、僕は堂々とギルドへ入っていった。

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