27 自空間にて

 ずっと頭を掴んでいるのも疲れるので、針を創って弱めの麻痺を付与し、女性の肩に浅く刺した。身体は自由に動かせないけど喋ることはできるはずだ。その状態で、手を放す。女性は仰向けに寝転がった。ぜいぜいと息をしていて、苦しそうだ。


“アルハ、本当に冷静か?”

「大丈夫」

“そうは見えん。癪だが、威圧を少し緩めてやれ。話せるものも話せんぞ”

「……そっか」

 威圧を弱くすると、女性の呼吸が整ってきた。


「話せるよね。まず、貴女は誰?」

「……」

 無言を返されたので、威圧を強める。また呼吸が荒くなってきて、目尻に涙を溜めだした。


「話す気になれるまで、どんな手段でも使う。拷問なんてしたことないから、加減の仕方はわからない。遠慮する気は全く無い」


「は、話す……から……」

 僕の宣言を聞いて、息も絶え絶えにつぶやいた。威圧を緩めてやる。




 彼女の名前はオイデア。ヴェイグに仕えていた魔法使いで、ヴェイグを転生させる秘術を使った1人だ。

 転生の秘術はヴェイグが産まれると同時にかけてあって、ヴェイグにもしもの事があった時、1度だけ発動する。

 誤算は、その時ヴェイグの身体が消失していたことと、ヴェイグが僕の魂を追い出そうとしなかったこと。更に、転生に五十年かかったこと。



「五十年? ……えっと」

「私は主と生死を共にすることで、術に組み込まれた身です」

“つまりこいつも一度死んで、俺と同時に蘇ったんだろう”

「なるほど。ところでヴェイグの出自、聞いていい?」

“そういえば言ってなかったな。ディセルブ国の王の子として生まれた。既に王族ではないがな”

「王の子って、王子じゃん!」

 威風堂々とした言動をするとは思ってたけど……。言われてみれば、王族っぽい。食事のマナーとかも、聞けばすらすら答えてくれたし。

「もう王族じゃないってどういうこと?」

“家風やしきたりに辟易していたところに王位継承の話をされてな。嫌になって家出したのだ”

 家出って、思春期か!

「そういえば、ヴェイグって歳幾つ?」

“20だ”

「同い年だったのか。年上だと思ってた」

“俺はアルハを年下と思っていたぞ”

「お互いの歳も知らぬままだったのですか……」

 麻痺で動けず威圧で弱っているオイデアが、律儀に突っ込んできた。ちなみに僕らの、というかヴェイグの声はオイデアには聞こえるのだそうだ。だから今は僕とヴェイグの会話であっても、声を出すことにしている。


 出会った頃から今まで、この状態のことでいっぱいいっぱいで、お互い詳しく自己紹介する余裕なんてなかったもんなぁ。

 今も、こんなまったりした話をしてる場合じゃない。

 オイデアとの会話を再開した。




 折角ヴェイグの魂が肉体に入れたのに、僕の魂は邪魔だ。

 初めは魔物をけしかけて僕を殺そうとした。

 しかし、ヴェイグを追っていくうちに、スキルを使っているのは僕らしい、と判明。

 スキルを万全にした状態でヴェイグに身体を渡すべきと判断した後は、僕がスキルを発現させやすいように、適度に魔物を送り込むことにした。


 最初のアビスイーターは、魔物融合の実験で、僕が現れたのは想定外だった。

 次のティターンは、僕と諍いのあった冒険者を使って、本気で。

 今回の酔虎は、僕の性格を見越した上で、ああいう魔物を呼んだ。

 オイデアは自分が見つかって、こんなふうに拘束されるとは思わなかった。




“アルハ。次にこやつがアルハを邪魔だのと言い出したら、絶対に替われ。俺が始末をつける”

 黙って話を聞いていたヴェイグだったけど、一区切り付いたところでキレた。めっちゃ怒ってる。

 会話中しょっちゅう、僕が余計だとか、出ていってほしいだとか、そういうことを口に出してたからなぁ。


「僕はヴェイグに、希望があればいつでも身体を渡すって約束してある。その上ここまで言われたら、渡さないわけにはいかない」

 でも、この人……。

「我が主の手にかかるなら、本望です」

 目が本気だ。


“アルハ、替わってくれ。話すだけだ”

 ヴェイグがため息とともに落ち着いた声で言うので、交代した。


「スキルのことだが、俺がこの身体を貰い受けたとしても、使えぬぞ。それとアルハは俺ほど魔法を使えぬ。スキルや魔法は、個人の魂に依るのではないか?」

「そ、そんなはずは……」

 オイデアがはじめて、驚きの表情を見せた。

“ヴェイグがスキル使えないのがそんなに意外なの? ……あ、僕の声聞こえないか”

「いいえ、聞こえております」

“それはそれで何で!?”

「わかりません……。ヴェイグ様が身体をお使いになっているからでしょうか」

 この状態の僕はヴェイグ扱いなのかな。まあ便利だからいいや。


「ディセルブ国には魔力を持った王族がいない。しかし、数百年に一度、スキルを使える者が誕生するという言い伝えがあってな」

“じゃあヴェイグは……”

「幼少時から過度の期待を背負わされた。俺の力が魔法に依るものだと分かった時は……俺を幽閉するか王にするかで国が分かれた」

“そりゃ家出するね”

「だろう?」

「わ、私はヴェイグ様を王に……」

「人の上に立つ資質と、戦うための力は別物だろう。そんなことも分からぬ家だから、嫌だったのだ」

 ヴェイグは嫌悪むき出しに言うけど、僕はヴェイグなら王様やれる気がする。


「アルハ、もういい。ところでこいつをどうする?」

 交代はしたものの……どうしよう。

「もう聞きたいことは聞いたし……後は、これ以上僕らに何もしないって約束するなら解放しようか」

 今まで、魔物を呼んで関係ない人まで巻き込んだ事は許せない。

 けど、今だいぶ痛い目にあってもらったし。それにこの人、死を恐れないタイプっぽいから何しても堪えない気がする。

 そもそも行動原理がヴェイグのためで、その理由も今バッサリやっちゃったし。


“いいのか? あれだけ無礼を働かれたのだぞ”

「確かに腹立たしかったけど、だいぶ痛めつけちゃったし……これ以上なにかするのはオーバーキルかなぁって」

“……やはりアルハは優しいな”

「優しかったらこんな拷問みたいなことしないでしょ」

“そういうことにしておこう”

 どうも僕とヴェイグの「優しい人像」に乖離があるなぁ。



 威圧は、ヴェイグに身体を渡す前には解いてた。肩の針を取り去って、麻痺も解除する。

 少し血が滲んでるからヴェイグに治して貰おうとしたら、オイデア本人が丁重に辞退した。


「主のお手を煩わせるほどのことではありません」

 ブレないなぁ。


 自空間を解除してから、ここがフィオナさんの屋敷だってことを思い出した。いきなり家の中に知らない人が入り込んでたらダメだよね。

 ってことで、オイデアには窓から退出してもらうことにした。勿論、周囲に人の気配が無いことは確認済みだ。


 窓から外に出たオイデアは、こちらを振り向いた。

「本当に私を逃がすおつもりですか?」

「うん」

「……」

「どうしたの?」

「これをお持ち下さい」


 オイデアは腰のポーチから、薄黄色の球体を取り出した。それを両手で掴んで引っ張ると、硬そうな石がぷるん、とゼリーみたいに2つに分かれて、それぞれがまた丸くなった。

 その片方を僕へ投げて寄越した。

「何これ」

「通信石のようなものです。特殊な作り方をしておりますが……。これで呼んでいただければ、いつでも参上します。……アルハ様、我が主のこと、宜しくお願い致します」

 そう言って、なんと微笑んだ。僕にまで様付けって。急に当たりが柔らかくなったな。

「分かった。持っておく」

「はい。それでは」


 そうして、オイデアは何処かに去っていった。

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