26 VS酔虎

◆◆◆




 自空間にあの胸糞悪い奴を投げ込んだ後、アルハは火が付いたように走り出した。一瞬で先程の戦場へ辿り着く。

 そこに、立っている冒険者は居なかった。皆、地に伏している。


 代わりに、戦闘用馬車チャリオットほどもある大きさの四つ足の獣が、十数体、闊歩していた。


酔虎すいこだ。こいつらは――”


 もうアルハの耳に、俺の声は届いていなかった。

 先程は俺が不覚にも取り乱し、アルハが冷静で居てくれたが、今は逆だ。


 だが、俺はアルハを止めなかった。


「ああああああああああああ!!!」


 叫び声を上げるアルハの周囲に、無数の黒い刃が浮かぶ。ティターンのときに出した不思議な形の剣のことを問うたら、「刀っていうんだよ。大量に出したのは、刀身だけのやつ」と説明された。

 その刀身に似ているが、少々異なる。あの時より長く鋭く、禍々しい。


 3匹の酔虎が飛びかかってきた。アルハは微動だにしなかったが、周囲の刃が酔虎を文字通り霧散させた。

 すぐに別の3匹が迫ってくるが、やはりその場から動かない。いつの間にか左手に握られていた刀が閃き、酔虎は細切れになった。

 倒れた冒険者に近づく酔虎を目ざとく見つけ、新たに創り出した刃を飛ばして全身を四散させる。

 冒険者は酔虎の破片に当たり、わずかに身動みじろぎした

 そこで、漸く気づいたようだ。


「生きてる?」

“酔虎は相手を眠らせてから捕食する性質がある、と説明しようとしたのだがな”

「え」


 アルハから漂っていた雰囲気が、いつもの穏やかなものに変わった。

「なんだ……てっきり……」

 さらに酔虎が襲ってきたが、そいつはもう、首を刎ねられている。

 周囲に浮く刃も手に持つ刀も、白に変わった。だが、黒い時より研ぎ澄まされている。


 残りの酔虎どもは、瞬く間に首を落とされていた。




◆◆◆




 倒れてる冒険者達を見て、また暴走してしまった。

 この歳になって自分の感情が抑制できないなんて、恥ずかしすぎる。

 しかも勘違いだったし。全員、多少の怪我はあるけど、寝てるだけだった。


「眠ってるのって、魔法みたいな?」

“酒精のような成分を放出して相手を眠らせるのだそうだ。酔虎、というくらいだからな”

「酔っ払ってるのか……。起こせる?」

 寝てるだけとはいえ、屋外で地面にじか、は良くないよね。

“ああ”

 替わると、ヴェイグは両手を広げて魔法を使った。治癒魔法を、範囲でかけたようだ。


「う、うーん……あれ? 虎は?」

「頭痛い……」

「落ちてるの、これ、封石か? 魔物は?」


 皆が目覚めだした。頭が痛いって言ってる人は二日酔いみたいな状態になっちゃったのかな。辛いよね。

「アルハ!」

 ウェアタイガーのとき、ヴェイグと話をしていた女性が駆け寄ってきた。

「死体を消滅させても、だめだったみたい」

「すみません」

「いえ、責めてるんじゃないの。それに、貴方が倒したのでしょう?」

 僕が頭を下げたら、女性は慌ててフォローをいれてくれた。

「でも、すぐに戦列を離れてしまって……」

「戻ってきてくれたじゃない。で、貴方が倒したのでしょう?」

「はい」

 重ねて確認されてしまったので、正直に答える。

「それじゃ、ドロップは貴方のものね。回収、手伝うわ」

「え、いや、でも……」

 ティターンのときと似たような状況だ。でも、ここは引かない。


「僕は一旦逃げて、皆さんがやられてる隙に運良く倒せただけです。ドロップは僕のじゃないです」


 怪我はヴェイグが治してくれても、装備の損傷は直せない。戦ったのに、仕事道具を無くした上で収入もないのはキツい。また独り占めするわけにはいかない。


 女性は仕方ない、という感じの笑みを浮かべた。

「聞いた通りの人ね。わかったわ。皆で山分けしましょう。ギルドへ届けるわ。それでいい?」

「はい。お願いしていいですか?」

「勿論。いけない、名乗ってなかったわね、私はレクターよ」

 そう言ってギルドカードを見せてくれた。熟練者エキスパートと書いてある。

「それでは、レクターさん、お願いします」

「本当に変わってるわね。冒険者同士、敬語なんていらないわよ」

「わかった。じゃあ頼むよ、レクター」

「ええ、任せて、アルハ」



 フィオナさんの屋敷に戻ると、ヘラルド君――彼も冒険者だから、次から呼び捨てでいいか――が僕を見るなり寄ってきた。

「アルハさん、魔物はどうなりました?」

「終わったよ。無事討伐できた」

「そうですか、よかった……」

 よく見ればヘラルドは執事服じゃなく、レクターさんのような軽鎧を着込んでいた。出先で話を聞いたけど、フィオナさんの護衛が最優先だったので、出遅れたのだそうだ。執事兼冒険者って大変そうだな。

「アルハ様、ご無事でなによりです」

 フィオナさんも来てくれた。僕を見上げて、ホッとしたような顔をしてくれる。

「このとおり、無事です。……ちょっと、装備の点検をしたいので部屋に戻りますね」

「はい。ではまた、晩餐の時に」

 ヘラルドは何か話したそうだったけど、僕は僕でちょっと立て込んでるんだ。ごめん。



 部屋に入り、扉を閉めて、鍵をかけた。

 部屋の真ん中で、装備を解かないまま目を閉じて集中する。

 僕を中心に、部屋と同じくらいの広さの空間を生成する。スキル[自空間]の力だ。外からは、僕が消えたように見える……と、思う。初めて使うから自信は無い。この能力の詳しい検証は、メルノ達に協力してもらう必要があるかな。

 そこへさらに、黒い扉を出現させる。アイテム用、人間用、自分用と3つは創ったことになる。いくつまで創れるのかも分からない。今の所、身体に負担がとか、そういうのはない。


 扉を開けて手を突っ込んで掴んだものを引っ張り出した。フードの人はするりと出てきて、扉の前で両手をついてへたり込んだ。

「外……ではない……ここも、異空間か……」

 フードの人は精神的に疲弊した様子だ。もっと長時間だと負担がかかるのかな。外からの観察はともかく人体実験はやりたくないから、これはわからないままかな。


“アルハ”

「聞きたいことがあるなら僕が聞く。ヴェイグは出てきちゃだめだ。冷静じゃないでしょ」

“……承知した”


「本当に、お優しいこと」

 フードの人はクスクス笑う。厭な笑い方だ。


「なんだか誤解してるようだけど」


 [威圧]を発動させる。ダルク氏にやったのは、ほんの試しだ。

「ッ……!?」

 フードの人の口元がひきつる。口しか見えないのも苛々してきたので、フードを取ってやった。

 中から出てきたのは、ゆるいウェーブのかかった灰色の髪の、僕より少し上くらいの女性だ。瞳は紫色をしている。

 その瞳をまっすぐ見つめて、全力の[威圧]をかける。

「あ……あ……」

 女性は口をぱくぱくさせて、呼吸しづらそうだ。

 そんな女性の頭を、髪の毛ごと掴んだ。彷徨っていた視線を無理やり合わせてやる。


「かなり頭にきてるんだよ。全部喋ってもらうからな」


 僕は優しくなんてない。

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