24 魔物襲撃イベント

◆◆◆




 アルハは眠ったが、俺は眠れる気がしない。


 アルハが自主的に眠った場合、最初の推測通り、俺が身体の主導権を得ることは出来ない。初めて会った日のときのように、気絶したり強制的に眠らされた場合は俺が体を動かせるのだが、今のアルハにそんなことができる程の威力ならば、俺も同時に昏倒するだろう。


 ともあれ今、意識はあるが身体は動かせない状態だ。


 昼に読んだ本の内容を反芻する。

 そこで分かったのは、2つ。

 1つめは、この世界は間違いなく俺が生きていた世界と同じだということだ。

 通貨の単位や使われる文字等に証拠はあったが、違和感が拭えなかった。

 その違和感は、2つめの事実で正体がつかめた。


 2つめは、俺が死んだのは今から50年ほど前ということだった。


 50年も経てば、物価や人々の服の流行は変わる。封石を通信石に加工して使う技術は国の軍にしかなかったのが、今や少し裕福ならば個人で持てる程に広まっている。


 俺がいた国は、歴史書に滅びた国として名が残っていた。

 滅びるべくして滅びた、などとは言いたくない。だが、滅んだことに対して何の感情も湧かない。


 今も昔も、あの地は他の国から魔境と呼ばれている。

 あそこへアルハが、俺が訪れることはあるのだろうか。

 できればアルハには見せたくない。




◆◆◆




 翌朝、バレッタはまだ残っていた。付けている最中に消えても困るので、それはポケットに突っ込んで新しいのを創り、前髪を留めた。

 そうして身支度を整えていると、部屋の外が騒がしいのに気づいた。


 部屋を出て騒がしい方向へ向かう。ホールの方だ。

 行ってみれば、見知らぬ冒険者風の男性がいた。


「ヘラルドは只今留守にしております」

「どちらへ?」

「お嬢様の付き人として、あちこち回っておりますので、今どのあたりかと言われると……」


 冒険者風の人と、メイドさんが話をしている。どうやらヘラルド君を探しているようだ。


「アルハ様」

 ディーナさんが僕に気づいて声をかけてきた。

「アルハ様は冒険者でしょうか?」

 そういえば、はっきり言ってなかったかな。

「はい、そうです。どうしたんですか?」

「町のすぐ近くに魔物が現れたそうで……。あちらの方はこの町のギルドの統括です」

「それで、なぜヘラルド君を?」

「ヘラルドは上級者ベテラン冒険者なのです。それで応援要請に」

 やっぱ強いんじゃん、ヘラルド君。


 今はそれより、魔物と聞いたら放っておけない。

「あの」

 ギルドの統括さんに声をかける。統括さんは僕を見て、一瞬顔を顰めた。

「何か? 今忙しいのだが」

「僕も冒険者です。魔物の討伐なら、手伝います」

「しかし、相手は難易度Cだ。もし一人前シングル程度なら……」

「それなら大丈夫です」

 ギルドカードを見せると、統括さんはカードを二度見してから、僕とカードを何度か交互に見た。

指導者リーダー……! 貴殿がアルハか! これは失礼した。私はゴイネル。ツェラント冒険者ギルドで統括をしている者だ」


 ゴイネルさんによれば、町の西から半人半獣の魔物、ウェアタイガーが数十体、もしかしたら百体近く迫ってきているそうだ。

 気配察知を発動させれば、確かに西の方に魔物の群れがいる。

「すぐ向かいます」

「すまないが、頼む。既に先行している冒険者が戦っているはずだ。他にも応援要請を出している」

「わかりました」


 一旦部屋に戻って、外してあった短剣を身につけた。以前、フィオナさんに貸したマントは洗濯して返してもらってある。その綺麗なマントも一応羽織っていく。それから屋敷を出た。



 ゴイネルさんが僕を知ってる風だったのも気になるけど、そんなことより魔物の群れだ。

「大量に同じ魔物、って何だか嫌な感じだね」

“同感だ”


 西へ向かい、町の外へ出た。

 ツェラントの周辺は草や木があまり生えていなくて、見晴らしがいい。ウェアタイガーと、戦っている冒険者たちの姿はすぐに確認できた。


 ウェアタイガーは百以上いる。対して冒険者は30人ぐらいで、町に近づけまいと奮戦している。

 ウェアタイガーは先日のオーガに比べれば小柄だけど、その分素早くて、自前の爪の攻撃が鋭く厄介そうだ。


 1人が攻撃を食らって戦列が崩れそうなところへ飛び込み、一度に5匹を斬撃で切り裂いた。怪我人を抱えて後ろへ飛び退く。

 右腕をヴェイグに渡すと、右手から治療魔法の光が溢れた。怪我人は無事治せたようだ。

「よかった、上手くいったね」

 無言の部分交代だったのに、ヴェイグは僕の意図を汲んでくれた。

“ああ、しかしこれは……”


 周りを見渡す。人とウェアタイガーの足元には、沢山の死体が折り重なっている。元々は二百はいたようだ。


「……消えてないね」

“悪い予感が当たったな”

「良い方法ある?」

“やってみよう”




◆◆◆




 アルハに全身の主導権を渡された。早速、魔力を練る。

 昔、文献で消滅魔法というのを読んだ。今の俺になら使えるはずだ。

 念の為にステータスを確認すれば、解放済みのところに[消滅]が追加されていた。


 先程、アルハが5匹もまとめて瞬殺するものだから、ウェアタイガーどもは俺のところにだけ近寄ってこない。

 こちらから近づいていって、消滅魔法を発動させる。掌から黒い球体が放たれて、ウェアタイガーの1匹にぶつかると、鈍い破裂音がしてウェアタイガーが消え失せた。


“死体残らないけど、ドロップも出ないのか”

「仕方あるまい。いや、他の者は納得せぬかもな」

 どう説明したものか、迷いつつ次の魔法を溜めていると、後ろから声をかけられた。


「貴方は、アルハ?」

 振り向くと女が立っていた。軽鎧に身を包み、長剣を持っている。

「何故俺を?」

 素の口調が出てしまった。アルハの口調を普段から意識しておく必要があるな。

「トイサーチのティターンの事は聞き及んでいるわ。消えない死体が鍵なのね」

 トイサーチは、俺たちが最初にいた町だ。

「そうだ」

 女は他の冒険者たちの方を向くと、大声を出した。


「死体を消滅させないと、強力な魔物に変化してしまうわ! ドロップは諦めるのよ!」


 他の冒険者たちはそれを聞くと、魔法を使えるものは死体を炎やいかづちで焼き始めた。

 女はどうやら司令塔のような役割をしているようだ。話が早くて助かる。


「これが終わって、また会えたらゆっくり話がしたいわね」

 こちらへ向き直ってそれだけ言うと、ウェアタイガーの討伐に再参戦していった。


“また僕を知ってる人が……”

「これまで知らなかったとしても、今日知ることになる。時間の問題だ」

“なんでっ!?”

「あれだけ派手に魔物を倒しておいて……まあ俺も、今から似たようなことをするがな」



 アルハはティターンのとき、空中に無数の刃を出現させた。俺はそれを真似することにした。

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