23 赤いバレッタ
“この大きさの屋敷なら、書架か何か、あるのではないか?”
屋敷にぽつんと残され「屋敷の中はご自由にお使いください」と言われた。とはいえ、どうしていいか分からないのでとりあえず客室に戻ろうとしたら、ヴェイグがそう言ってきた。
「それだ。こっちの本、読んでみたかったんだ」
メルノの家に本は置いてなかった。こっちの世界での本というのは、個人で持つのは学者でなければ余程の本好きか、お金持ちの道楽なのだそうだ。
早速ディーナさんに聞くと、すぐに図書室へ案内してくれた。
客室と同じくらいの広さの部屋に、天井まである本棚がいくつもあって、ほぼ隙間なく本で埋め尽くされている。
背表紙をざっと斜め読みしていくと、ちゃんとジャンルや作者などで分類してあった。フィオナさんは本好きのお金持ちなのだろう。
「前にヴェイグが言ってた、スキルの本とかないかな?」
“それは……難しいのではないかな”
「そんなに珍しい本なの?」
“ああ”
この話になると、ヴェイグの歯切れが悪いな。
結局スキルの本は見つからなかった。
図書室を一周してから、本を2冊、手にとった。魔法の教本と、魔物についての本だ。
室内には椅子とテーブルも用意されていた。そこで読もうと椅子に座ってから、ある問題に気づいた。
「僕が本読んでる間、ヴェイグ暇じゃない?」
同じ本を一緒に読むのも有りだろうけど、読むペースは人それぞれだし。僕が選んだ2冊は内容が比較的易しいものだから、この世界の本を色々読んできたヴェイグには退屈だろう。
“俺は寝ておくさ。気にするな”
「うーん……。視界は割と自由にできるよね」
身体の主導権が無い時、見えるものは顔が向いている方向のみだ。でも、上下左右は眼球の方向に関わらず、割と自由に見ることができる。仕組みはよくわからない。
ただ、それなら後は……。
「……っ! どう?」
“何をした?”
「右手だけヴェイグに渡してみた」
“なんだと? ……おお”
右手が僕の意思を無視して持ち上がり、握ったり開いたりしている。ちゃんとできたようだ。
「これで、右手と視界で読めるんじゃないかな」
“凄いな。試しにそっちの本を貸してくれ”
僕が右手に魔法の本を渡すと、右手は器用に本をめくり始めた。
“いけそうだ。……だが、前髪はなんとかならんか。少々視界に掛かる”
「え、そう? もう慣れちゃってて気にならないんだけど……。ちょっと待ってて」
左手の人差し指の先に魔力を集める。剣を創る要領で、シンプルな赤い髪留めのバレッタを創った。
それでざっと前髪をまとめて掻き上げて留めた。
「これでいい?」
“スキルで髪留めを……。ああ、これでいい。”
ヴェイグが呆れてるのはなんでだろう。
それから、ヴェイグが読む用の本を探すのに一度交代した。ヴェイグが手にとったのは歴史書だ。本が揃ったところで改めて椅子に座って読み始めた。
魔法の本は、ヴェイグに教えてもらったことを薄めて書いてある印象だった。初心者向け過ぎたのか、ヴェイグが教え上手なのか。ざっと眺めたけど新しい知識はなさそうだったので、すぐに読み終えた。
魔物の本は、遭ったことのない魔物についても書いてあった。ただ、ヴェイグに聞いたらそういう魔物の殆どは「伝説上の魔物」ということだった。どうやら子供向けの、おとぎ話に近い内容のようだ。
この2冊は同じ棚にあったので、もしやと見に行くと、他の本も子供向けだった。
別の本棚から魔法の本を選んでその場で捲ってみたら、こちらはしっかりとした内容だった。その本を手に椅子に戻り、改めて読み始めた。
「アルハ様、こちらですか?」
呼びに来たのはディーナさんだ。気づけば外は薄暗くなっている。
「また時間忘れてた」
“俺もだ。アルハのことは言えぬな”
右手はヴェイグが使い続けていても、特に問題なかった。これは今後、色々できそうだ。
「ここにいます」
ディーナさんの背中から声をかけると、僕に気づいて……ぽっと顔を赤らめた。なんで?
「?」
「あっ、し、失礼しました。晩餐の支度ができておりますので、どうぞ」
「はい」
本を棚に戻しつつ、ディーナさんの後から書架を出た。
「アルハ様……その髪留め、お似合いですわ」
食卓で会ったフィオナさんまで、ニコニコと笑顔で僕の顔を見つめてきた。
でも言われて漸く気づいた。バレッタつけっぱなしだ。
外そうとしたら「外してしまわれるんですか?」と残念そうに言われたので、渋々そのままにしておいた。
それから、食事中もその後も、屋敷の中で人に会うたびに、ボーッと見つめられたりサッと目を逸らされたりした。ここの人たちは、ダルク氏以外、初日から僕に親切にしてくれていて、とても良い人たちだと思ってた。それが今やこの反応だ。
「一体なんなんだ……」
やっぱりおかしいのかと、バレッタに手を伸ばしかけたらヴェイグに止められた。
“視界が良好なのだ。それは外さずにいてくれぬか”
そう言われると外しにくい。
部屋に戻る前に、再び書架に立ち寄った。ここの本を部屋で読んでもいいかとフィオナさんに聞いて、許可をもらってある。
僕が選んだ魔法の本と、ヴェイグ用の歴史書を手に部屋に入ろうとしたら、ヘラルド君がティートローリーを押しながらやってきた。
「今朝はありがとうございました。お茶はいかがですか?」
「是非」
こっちの世界のお茶、好きかもしれない。
昨日と違う香りの紅茶を淹れてもらってから、ヘラルド君に椅子を勧めた。今度は座ってくれた。
「前髪、上げることにしたんですか? とてもお似合いです」
「そうなのかな……皆さんの反応が変で、不安なんだけど」
「変にもなりますよ。アルハさん、そんなにかっこいいのにどうして目を隠してたんですか?」
「へっ!?」
“……んっ”
ヴェイグが笑いを噛み殺して
「かっこいい? 僕が?」
「はい。あ、僕は知ってましたよ。最初にお会いした時、風で前髪が
「え、いや、え?」
「?」
“ゲッホゲホ……”
咳き込みすぎじゃないですかヴェイグさん?
「んんー、自分でそういうのは分からなくて」
「そんな、勿体ないですよ! 折角黒くて綺麗な瞳なのに」
「……そういうことか」
髪もそうだけど、こっちの世界に来てから、髪や瞳の色が黒い人を見たことがない。珍しいからカッコイイってことなんだろう。納得した。
ヘラルド君は今朝の手合わせの話を少しして、退出していった。明日は朝からフィオナさんと出かけるので手合わせ出来ないことを残念がっていた。
ベッドに入る前に髪留めを外した。剣と違って、一度の使用で消えたりしないようだ。どのくらい持つのか気になったので、サイドテーブルに置いて眠った。
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