14 白い世界と少し前のこと

□□□




 どのくらいの時間、朦朧としていたんだろう。気づけば白い世界に放り出されていた。


 僕の身体をヴェイグが使っていて、それを眺められるはずなのに。

 もしかして、僕が身体から出てしまったのかな?

 一抹の不安がよぎる僕の目の前に、1人の人間が横たわっている光景が浮かんできた。


 ヨレヨレのグレーのパーカーに、くたびれたジーンズを履いた、黒髪の男。

 物がなさすぎる部屋と、敷きっぱなしの煎餅布団。四畳半ワンルーム。

 異世界に来る前の、日本の僕の自宅だ。既に懐かしさを感じる。


 うつ伏せで倒れている男は息をしていない。

 この男は間違いなく僕だ。

 あの日、バイトから帰ってきて、ただ眠っただけと思っていたのに。


「死んでたのか、僕は」


 死因はなんだろう。過労死? 心不全? ……まぁ、何でもいいや。死んだ僕が死因を知ったところで、どうなるわけでもない。


 暫くして玄関が開くと、大家さんと大学の友人たちが入ってきた。死体を見つけて驚くも、救急車を呼んでくれている。


 大家さんは目に涙を浮かべて俯いている。大家さん、良い人だった。大学一年のとき、一度どうしても家賃の支払いが間に合わなくて、謝りに行ったら「いつでもいいから」って夕飯のおかずまで持たせてくれたこともあった。

 事故物件にしてしまって申し訳ない。

 大学の友人たちは、僕の呼吸や脈が無いことを確認して、1人は崩折れて泣き出してしまった。合コンに誘ってきたやつだ。合コンちゃんと成功したのかな。他の友人が慰めているが、暫く立てそうにないようだ。「誘わなきゃよかった」とか「ノート取ってやっとけば」とか言ってるけど、絶対お前のせいじゃないよ。ごめん。



 目頭が熱くなりかけた時、場面が急転した。

 次に出てきたのは、僕から両親の遺産を毟り取っていった遠い親戚たちだ。涙は引っ込んだ。

 連中の顔色は悪い。騙して見捨てた大学生が孤独死したことが周囲に広まって、近所からは白い目で見られ会社とかにも居づらくなったようだ。

 毟り取ったお金をどうしたかはわからないけど、お金を得る前より惨めな生活を送っている。

「……」

 何の感情も湧かないな。あいつらの事は本当にどうでもいい。



 白い世界に戻ってきた。

 僕の死体は仰向けになって宙に浮いている。ほんのり光ってるのは何故だろう。

 そこへ、もうひとりやってきた。装備は今の僕と同じものだ。

 セミロングの髪はアッシュブロンドで、瞳はごく薄い紫色。身長は僕より少し低いくらいだけど、体つきががっしりしている。……この服、そういう人が着るとシャツの部分はピッチリになるんだな。僕が着るとゆったりしてるから、そういうデザインの服かと。


「こちらの身体へ」


 何処からともなく声が響いた。厳かで、逆らい難い声だ。

 しかし、その人は首を横に振った。

「この者の魂はどうするのだ」

 声を聞く前から何となく予想はしてたけど、確信した。この人、ヴェイグだ。


 厳かな声がまた何か言ったけど、なぜか僕には理解できなかった。

「俺は元々、復活など望んでおらん。この者の人生が幸薄かったのなら、この者の望みを叶えてやってくれ」

 ヴェイグはあんな声が相手でも堂々としてる。


 声とヴェイグが何事か会話して――こんな近くで聞いてるのに、話の内容が全くわからない――やがて、ヴェイグが言い切った。

「それでいい。乗り越えてみせよう」


 ヴェイグの全身から力が抜けた。僕の隣に並んで浮くと、2人とも徐々に半透明になっていった。

 それから近づいていって、身体同士が触れる。ぶつかっているのに、身体の移動は止まらず、重なっていく。

 完全に重なると、半透明だった身体に色が戻って……ヴェイグの装備を身に着けた僕が立っていた。



◆◆◆




“だからヴェイグの装備してたのか”

「起きたのか、アルハ」

 一体何を見たんだろう。ていうか、今見てきたのが本当のことだとして、ヴェイグは覚えてないのかな。


“おはよう。魔物どうなった?”

「ご覧の有様だ。オーガを倒したら、アビスイーターより酷いことになった」

 ヴェイグが背中に手をやりながら答えた。見れば、10メートルくらいある巨人が10体、町に向かって進攻している。冒険者10数人の攻撃や妨害を、巨人は全く意に介さない。冒険者の存在に気づいているのかすら怪しい様子だ。


“……ってヴェイグ、怪我してるじゃないか!”

“すまない……何故交代した!?”

「っつつ、魔力無いんでしょ? 僕ならすぐ治る」

 多分あの巨人に殴られたんだろう。肋の何本かが折れて、あちこちに切り傷があった。こんな痛いのに、よく普通にしてたなあ。ヴェイグが一番得意なのは治療魔法なのに使ってないってことは、魔力切れを起こしてる。渡そうかと魔力を操作しかけて……止めた。


「なんか、身体軽い」

 手を握ったり開いたりを繰り返す。そうしてる間に切り傷は治ってしまった。肋も、動くのに問題ない。


「アルハにいだ」

 前を向いたら、マリノが振り返ってこっちを見ていた。メルノもいる。

 マリノが精霊を介して防御結界を張っていた。僕を守ってくれていたようだ。


“2人には後で、俺たちの事を話すと約束してある”

「バレたの?」

“あっさりとな”

「そっか」

 この2人なら仕方ない。信じて貰えなくても、話すだけ話しておこう。


「アルハさん、ですか?」

 メルノが心配そうに聞いてくる。メルノはいつものようにマリノの精霊に強化魔法バフを掛けていた。

「うん。守っててくれてありがとう。じゃあアレ、片付けてくる」

「へっ!? あのっ」

 付いてこようとするメルノを手で制して、巨人に向かった。



「うおお! せめて避難が終わるまで足止めするんだああああ!」

 ギルドでたまに見かける茶髪の剣士さんが、声を張っている。

 巨人の動きは鈍く遅いが、町に入ったら歩くだけで甚大な被害が出そうだ。


“ティターンという魔物だ。難易度で言ったらSのあたりだろう。やれるか?”

「うん」


 体が大きい分、皮膚も分厚いだろう。短剣だと貫通しなさそうだから、長い刃物……日本刀がいいかな。

 そうイメージして、魔力を放出する。出現させた一振りをティターンへ向かって飛ばす。

 脛に鍔まで突き刺さった。ティターンの様子を見るに、針をチクリと刺したようなダメージしか入っていないようだ。

 でも、皮膚を貫けることだけ判れば十分。


 次にやりたいことのために、自分のステータスを確認しておく。


+―

| 日暮川 有葉

  レベル:35

  生命力:100620/100620

  魔力:100630/100630

  筋力:100072 敏捷:100069 運:100070

  属性:なし

  魔法:レベル1

  スキル:全 [解放済:生命力補正 魔力補正 筋力補正 敏捷補正 運補正 体術の極み 武術の極み 必中 気配察知 弱点看破 鋼の精神 千里眼 順風耳 隠蔽 潜伏 ドロップ確率超上昇 干渉阻害 武器生成 暗視 属性付与 精密制御 限界突破]


 なんだこれ。この前、魔力で短剣を創ってた時はこんなんじゃなかったのに。今は突っ込んでる場合じゃないので置いといて。

 魔力の残量が見たかったんだ。上限は10万超えてるし全快してる。これなら余裕だ。



 頭上に右手を掲げる。

 更にその上の空中に、刀身だけの刀を千本、出現させた。

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