13 群衆、群像、群体

◆◆◆




 ヴェイグに身体を任せている間、僕の意識は身体の奥の方で揺蕩っている感覚だ。

 いつもならそのまま、ヴェイグのすることを見ているんだけど……すごく疲れた。

 言われた通り、慣れないことをしたせいだろうか。それだけではない気がする。

 今の自分に閉じられる瞼は無くとも、閉じるイメージをすれば視界は暗くなる。

 そのまま、意識ごと落ちていった。




◆◆◆




 アルハは眠ったようだ。交代した状態でアルハだけが眠るのは初めてだが、身体は問題なく動かせている。酷く疲弊していたが、大丈夫だろうか。


 俺たちの今の状態からして、アルハの「異世界転生」という話は本当なのだろう。つまりアルハは、突如知らない場所に俺という異物付きで放り出されたことになる。

 だというのに、アルハは俺を信じ切り、魔物を殺し、通りすがりの他人すら助けている。

「チートがあるから、助けられるから助けてるだけだ」

 と言っていたが、俺が同じ状況になったらアルハと同じ様に行動できるかは、分からない。


 俺の身体は、俺が死んだときに消滅している。

 自分の体に未練は無いが、このままアルハの身体に間借りし続けるわけにはいかないだろう。

 いつかは出ていく。


 だが、借りている間は、家賃代わりに、この何処か抜けたお人好しに付き合おう。

 苦でも嫌でもないしな。




●●●




 アルハさんと別れてすぐ、ギルドへ駆け込みました。

 受付のレイセさんに事情を話すと、直ぐにその場に居た冒険者の皆様に呼びかけてくださいました。


「緊急クエストです! 町北東付近に魔物が大量発生している模様! 上級者ベテラン冒険者のアルハが先行しています! 報酬は必ずお約束します! どうかご支援を!」


 凛とした声がギルド内に響きました。すぐに武器をとって外へ出ていく方、詳しい話を聞きに来る方……。その場に居たほとんどの方が、支援要請を受けてくださる様子です。


「アルハの名前を出して正解でしたね」

 レイセさんが私に微笑みかけました。

 アルハさんには自覚が無いようですが、彼は既にこの町の冒険者なら知らない人はいない程の有名人です。

 次々にクエストを達成しているのに、初めは運がいいだけだとか、汚い手を使ったんだとか、良くないことを言う人もいました。


 私達をアビスイーターから助けてくれたことは、ちゃんとギルドに報告しました。

 街で私達に声をかけてきた人たちは、全員上級者ベテラン以上の冒険者でしたが、アルハさん1人で簡単に無力化してしまいました。

 アルハさんが魔物と戦っているところを実際に見た人も居て、そういう人たちからアルハさんが本当に強いという話が出回りはじめました。


 アルハさんは自分からは、このような話を誰かに語ったりしません。それが逆に、噂のような話にも信憑性を与えていきました。


「おねえちゃん、私たちも」

 マリノが私の服の裾をくいくいと引っ張ります。私達も、いかなくては――。



 向かった先で見たのは、大量のオーガの死体と、右手で大剣を提げたアルハさんの姿でした。




◆◆◆




「本当に援軍のようだな」

 後ろを振り返ると、冒険者が10数人。この町には全部で百人程いるらしいが、今の時間では各々クエストに精を出している頃だろう。むしろ、よく10人以上も来てくれたものだ。


 普通に魔法を使っているだけではオーガの減りが悪く、奥の手であるまで取り出した。それでもまだ削りきれていない。

「すまない、魔力が底をつきそう……なんだ。残りを頼む」

 なるべくアルハの口調を真似ようとしてみるが……いつも聞いているのに、実際やるとなると難しいな。

 それでも、姿も声もアルハであるし、状況が状況だ。違和感を気にする者はいなかった。


「殆ど終わっているように見えるが……。まあ、任せて休んでろ」

 ギルドでよく見かける、茶髪の男剣士が胸を叩いて走り出した。他の者も、後から続く。

 残ったのは、メルノとマリノだ。


「ギルドへ伝えてくれたのだな、ありがとう」

 アルハはまだ眠っている。ぼろが出る前に起きてほしい。……が、俺たちのこの状況を2人にまで隠す意味はあるんだろうか。

 という俺の些細な心配は、マリノの一言で霧散した。



「だあれ?」



 メルノの方も、怪訝な顔をして俺を見ていた。

「アルハさん、左利きでしたよね。それにその大剣、預かりものだと……」


 メルノが「アルハではない」と感じる部分を次々に挙げていく。これはもう後で全て話すべきだな。


「アルハは寝ている。俺はヴェイグという。説明は後でする」

 素の口調でそれだけ言って、オーガの群れに向き直る。


 ところが、オーガはもう全て倒れていた。

「片付いていたか」

 茶髪の剣士が振り返って、笑顔で拳を上げる。他の者達もそれぞれに俺に向かって勝利の合図をする。それに頷いて応えた。


しかし……何だ、この胸騒ぎは。


 マリノが寄ってきて、俺の左手を握りしめた。

「ベーにい、蛇のときと、同じ感じする」

 ベーにい……俺か。俺のことか。適応力の高い娘だ。いや、それよりも、後半のことが重要だ。

 しゃがみ込んで、マリノと目線を合わせる。

「ビッグイーターがアビスイーターになった時のことか」

 マリノは頷いた。


 オーガの死体を見る。ひとつも消えていない。


「なんだ!?」

 誰かが困惑の声を上げると、似たような声や悲鳴があちこちから上がりだした。


 オーガの死体は浮き上がり、あちこちで数十体ずつ集まりだした。


「くっ!」

 そのうちの一つに、なんとか回復した魔力を使って炎をぶち当てる。弾かれた、というより当たる直前で炎が消滅した。

「どういう現象なのだ……」

 他の冒険者も武器や魔法を使うが、何もできていない。

 マリノはいつもの拒魔犬こまいぬたちではなく、1匹の犬型の精霊、ガルムを召喚した。マリノより大きな精霊は、召喚主を護るように唸る。

 身体が軽くなったと思ったら、メルノが強化魔法を範囲で掛けていた。かなり遠くの方の冒険者にも効果があったようで、みなオーガの集合体を警戒しつつも、メルノに視線や手振りで礼を送る。



 いつもなら交代するか、魔力を貰っているところだが、肝心のアルハは未だ目覚めない。


 そしてついに、集合体は一つの形になった。


「あれって……ティターン……?」

 誰かのつぶやきが伝染する。

 ギルドでクエストとして貼られるなら、単体でも難易度Sくらいにはなるだろう。



 オーガの10倍は大きな魔物、巨人ティターン。それが10体、俺たちを見下ろしていた。

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