12 狼煙

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 アルハとヴェイグがこの町に来た日、酒場でヴェイグに追い払われた冒険者パーティの男3人は、警備兵に連行された後、ギルドからカード剥奪処分を受けた。新人ルーキーからやり直そうにも、300日間は再登録もできない。

 アルハは1日で100匹以上のゴブリンを討伐し、すぐに一人前シングルへ昇格したが、普通の新人ルーキー冒険者たちは、1日に1度のクエストをこなすのがやっとだ。それも、戦闘で大きな怪我でもすれば、しばらくクエストを受けることは難しくなる。ゴブリン討伐の報酬で10日は食べられるというのは、妥当な報酬なのだ。


 3人はあれからギルド外でフリーターのような仕事をして食いつないでいた。仕事のない時は、町の中心から離れた酒場に入り浸り、安酒を呷っていた。

「クソッ! あの野郎がいなけりゃ……」

「あれからギルドの警戒も強くなって、近づけねぇし」

「まだ長ぇことこんな惨めな生活しなきゃならんのかよ……やってられっか!」

 3人はアルハへの恨みつらみをグチグチとこぼしている。


 そこへ、別のテーブルから男が3人、各々ジョッキを片手に近づいてきた。こちらはメルノ達に絡んだ連中だ。

「なあ、お前らが話してるヤツは、黒髪で大剣背負った野郎か?」

 近づいてきた1人が尋ねる。最初の3人は顔を見合わせた。

「そうだ」

 そこからは、6人で盛り上がった。


「細っちい野郎がよう、大剣抜くのかと思ったら蹴ってくるからよう。詐欺だ」

「みろよこの火傷、あいつどっかに火種もってやがった」

「ただの脅しで済ませてやろうとしたのに……あん畜生が」

 それぞれアルハへの一方的かつ理不尽な恨みを募らせ、それを肴に酒を追加する。

 全員がそこそこに酔ったところへ、誰かが提案した。


「あいつに魔物をけしかけたらどうだ」


 誰かが応えた。

「どうやって?」


 男たちのテーブルにはいつの間にか7人めが居たのだが、誰も不思議に思わなかった。

「町の北東へ赴き、陽が真上にきたころに、狼煙を3本あげれば、オーガの群れが攻めてくる」

 6人は酔っていたはずだが、7人めの言葉をしっかりと理解し、記憶することができた。

「貴方がたもついでに、オーガの1匹2匹でも討伐すれば、ギルドに復帰できるのでは?」

 その言葉に、6人は歓声を上げた。

「そりゃあ一石二鳥だ! よし、明日さっそくやろうぜ!」

 そう言い合って乾杯を繰り返した。


 7人目はいつの間にか消えていたが、誰も気にしなかった。




▼▼▼




「そういえば、大剣は使わないのですね」


 クエスト対象の魔物をいつものように短剣で倒した後、メルノにそう言われた。外にいる間はずっと大剣背負ってるもんね。

 最初にヴェイグに「触るな」と言われた理由を聞いたら


“俺以外が柄を握ると手が腐り落ちる呪いがかかっている”


 とのこと。恐ろしいので、着け外しする時のベルトと鞘以外、全く触れていない。


 ヴェイグも本職は魔法使いなので、剣を使おうとしない。だから未だに刃の部分を見たことがない。

 少し考えてから、こんな理由を作ってみた。


「これはちょっと訳ありの預かり物で、持ち主に返すまではなるべく持ち歩くことにしてるんだ」


 ヴェイグが特に何も言わないので、これで問題なかったようだ。

「そうだったのですか」

 メルノも納得してくれたようだ。


 この日はクエストを昼過ぎに切り上げた。

 買い出しのために大通りへ向かおうとした時、魔物の気配がした。

 人に対してはできるだけ使わないと決めている[気配察知]は、魔物だけを察知できるようにして常時展開している。

 魔物は大群で、家のある方角に向かっている。単体でも、メルノでは手に余るくらいの強さだ。

 ヴェイグに伝えるが、魔物の特定はできなかった。

 メルノとマリノに、魔物の襲撃を伝えて、ギルドへ伝言を頼んだ。


「アルハさんはどうするんですか?」

「家を守る。魔物もできるだけ倒してくるよ」

「お一人では……! いえ、でも私達では、足手まといですね。すぐに応援を頼んできます!」

 メルノが心配そうに見上げていたが、マリノの手を引いてギルドへ向かってくれた。


 二人を見送って、家の方へ向かう。

「急がないと」

“交代だ。転移魔法を使う”

“なにそれ”

「印をつけた場所なら一瞬で行き来できる。魔力の消耗がでかいから、緊急手段だ」

 言う間に足元に魔法陣が広がって……次の瞬間、家の前にいた。

“すごい……”

「ここまでくれば俺にも分かる。数が多いな。先に俺が数を減らそう。だが敵の前まではアルハが行ったほうが早いな」

「わかった」


 また入れ替わって、魔物の方へ全速力で向かった。そこで見たのは、森の木々の隙間をすべて埋め尽くすほどの魔物の大群だった。

“オーガか。群れる魔物ではあるが、この数は異常だ”

「家どころか町もやばいってこと?」

“そうだな。替わってくれ”




◆◆◆




 森を燃やしたくはないので、今回は地を使うことにする。オーガとは相性の悪い属性だが、なんとかなるだろう。

 地に直接手を当てる。送り込んだ魔力は地を這い、オーガの真下の土を隆起させた。灰色の塊が次々と串刺しになっていく。

 発動までに時間がかかるので、運良く避けたのや、小さすぎて的にならなかったのが進軍を続ける。

……いや、ここまで統率のとれたオーガは、やはりおかしい。


「おい、なんだよあの数!?」

「あ、て、てめぇ! なんでもういるんだよ!?」

 後ろから聞き覚えのあるような無いような声がした。男ばかりの6人パーティのようだ。ギルドから来たのだろうか。それにしては、来るのが早い。


“あれって、酒場でヴェイグが追い払ったのと、メルノたちに絡んでた奴らかな”

 ああ、それか。まあ誰でもいい。魔法で削りきれなかった分は、あいつらの手伝いを期待しよう。


「無駄口叩いてる暇があったら、1体でも多く削れ。じきにギルドから応援が来るはずだ」

 言うだけ言って背を向けた。

 突然、体の制御を失った。いや、アルハが強制交代したのだ。

 目線が下がる。しゃがみ込んだらしい。次の瞬間、目の前の木に矢が刺さった。後ろを振り向く。


6人全員の殺気は俺達に向いていた。


“何の真似だ”

 アルハと交代していたことを忘れて毒づいてしまった。

“すまん、今のはあいつらに対する台詞だ。交代、助かった”

「わかってる……っと」


 連中はアルハに殺到した。

 短剣で矢を弾き、剣や槍は躱す。

「今こんなことしてる場合じゃ……あっ!」

 アルハは距離をとってから、魔力で短剣を5本出現させ、投げた。


「があっ!」

「ぐっ!?」

 5人それぞれ腕や足など、致命傷にならない場所に小さな傷が付く。しかしそれだけで、連中は次々に倒れていった。

 そして1人残ったのは……。


「おらあ!」

「ぐあっ!」

 弓士だ。アルハが左拳で強打を食らわせた。

「ふんっ!」

「がふっ!」

 交代して速やかに右拳を撃ち込んだ。

「な、なんで……」

 弓士だけ、両頬を真っ赤に腫らして倒れていった。



“漸く意趣返しができたな。他の5人には何をしたんだ?”

「眠らせた……ぶっつけ本番、だったけど」

 アルハの息が上がっている。珍しい。

“睡眠を付与したのか”

「そんな、感じ。……はぁ、疲れるね、これ」

 打撃で疲れたわけではないようだ。魔法と同じように、スキルにも得手不得手があるのだろう。

 アルハは『属性:なし』だったはずだ。特に弱点は無い代わりに、得意な属性というものも無いのがこれだ。

“慣れぬことをしたせいだろう”

「練習、しとく。ごめん、替わって」


「少し休んでいろ」


 オーガの大群は数を増しているように見えた。

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