9 クッションに顔突っ込んで足バタバタさせるやつ

 洞穴を出たところで、一旦休もうかという提案を、メルノが拒否した。一刻も早くマリノを家で休ませたいと。

「そういうことなら、はい」

 僕はマリノをメルノに渡した。

「は、はい」

 メルノは戸惑いつつもマリノを受け取った。

 で、僕はマリノを抱っこしたメルノを抱き上げた。お姫様抱っこ状態で。

「~~~!? アルハさん!?」

 失礼な話だけど、意外と軽かった。これならいける。ただ、全力疾走して二人を落としたら大変なので、かなりセーブして走った。


 町までの道中、全員無言だった。

 マリノは意識がないからしょうがないとして……メルノもヴェイグも何も言わない。

 なんかメルノは顔が真っ赤で、ちょっと怯えてるように見える。


 ……怯えてるのは、僕にだよね。さっきのアレだよね。


 頭に血が上ることがあると周りが見えなくなるんです……。昔から「日暮川キレるとこえー」って言われてきたんで自覚はあるんです。僕としては常に紳士的に振る舞いたいと思っているんですが……。


 あー、やっちゃったー……。


 早く町へ帰るっていうミッション中じゃなかったら、小一時間ほど森の中走り回って途中で転んでうずくまって布団かぶってうーあー唸ってるところだよ。

 内心大いに悶えつつ、1時間もしないうちに町に帰還できた。


 メルノに案内されて、町のはずれの方にある一軒家へ到着した。

 かなり後になってから聞いたところによると、二人の両親が、二人に遺した家だそうだ。

 マリノをベッドに寝かせると、着替えさせるというので僕は部屋から出て、リビングの椅子に座らせてもらった。


 テーブルの上に両肘をつき、手で顔を覆う、溜め息が出た。



“アビスイーターを倒した一撃、見事だった”

 ようやくヴェイグが話し出してくれた。

「うん」

 どう反応していいのかわからないので、そっけない返事をしてしまう。

“なぜあれだけの力を出し惜しみしていた?”

「そういうわけじゃない。その、頭に血が上ると、無謀な行動をすることがあって……」

“あの力は、何か切掛でもないと出ないのか?”

「わからない。あんな風になったの、久しぶりだよ」


 高校の時、友人がカツアゲに遭遇して殴られている現場に鉢合わせて……気づいたら相手をボコボコにしていた。相手は格闘技をやっていたとかで、僕はお咎めなしだったのは助かった。でもその後、友人は僕を見るたび怯えて近寄らなくなってしまった。


“そうか。だが、こちらの世界では心強い力だ。無理にやれとは言わんが。そうしなくてもアルハは強いからな”

「でも、あれじゃなきゃアビスイーターを倒せてたか、わからないよね」

“あの蛇は剣と相性が悪い。いざとなれば俺が出て魔法を使ったさ”

「えっ!? じゃあ短剣折れた時にどうして新しい剣を創ってまで渡してきたの?」

“何事も経験だと思ってな。お陰でいいものが見れた”

「……」

 何も言えなくなっていたら、メルノが部屋から出てきた。


「マリノは?」

「よく寝てます。呼吸も穏やかです。……本当に、ありがとうございました」

 深々とお辞儀をされてしまった。

「いや、僕は僕で、変なところ見せちゃって……」

 なんとなく語尾が小さくなっていく。顔が熱いので、多分、耳とか赤いと思う。

「とんでもない! 私こそ、吃驚してしまって……その、アルハさん、かっこよかったです……」

 最後の方は小声だったから多分聞き間違いだろう。そして、なぜかメルノまで顔が真っ赤になってる。


「えっと……じゃあ僕はこれで。メルノも今日は早く休んだほうがいいよ。ただ、マリノの経過を診たいから、また明日来てもいい?」

 なんとか気力を振り絞って、必要そうなことを伝えることに成功した。

 メルノもようやく持ち直して、僕の顔をまっすぐ見てくれた。

「はい、明日、お待ちしています」


“診るのは俺なんだがなぁ”

 メルノ達の家を出ると、ヴェイグがそうつぶやいた。僕が診るような言い方してしまったもんな。

「ごめん。でも、頼むよ」

“いや、謝ることではない。ただ、こういう事態を危惧していたのだがなぁ。やはり俺、邪魔だろう?”

「邪魔じゃないよ、マリノを治してくれたじゃないか」

“……あー、そうか。マリノは俺が責任持って診るから安心しろ”

「? うん」

 何か引っかかるけど、まぁいいや。



 翌日。予告通りメルノ達の家へお邪魔した。マリノの寝室へ入ると、マリノはベッドの上で身を起こしてスープを飲んでいた。

「おはよう、マリノ。体の調子はどう?」

 訊いたのは僕だ。ヴェイグとは、とりあえず様子を見て何かあったら交代する、と話がついていた。

「平気、元気!」

 スープをすくっていた匙をぐいっと掲げる。たしかに元気そうだ。

「今朝は起きるなり『おなかすいたー』って、いつもどおりでした」

 メルノは苦笑いを浮かべている。


「メルノは? 疲れてない?」

「私は大丈夫ですよ」

 メルノも怪我は治ったけど、体力はギリギリの状態だった。でも、さすが冒険者をやっているだけあって、回復は早いようだ。

「そっか、よかった」

 本当に良かった。心底そう思えた。

 もう起きるというマリノに、今日一日だけ寝てなさいといいつけて、寝室を出た。


 リビングでメルノがお茶を出してくれた。薬草茶っていうものらしい。不思議な香りはするけど、クセがなくて飲みやすい。


「ところで、昨日は一体何があったの? あの辺りで魔物討伐してて、アビスイーターと遭遇したとか?」

「はい、そうなんですが……。ちょっと不思議なことがありまして」



 昨日、メルノ姉妹はビッグイーターという蛇の魔物の討伐クエストを請けた。難易度はF。

 二人共、一人前シングルの魔法使いで、メルノは攻撃と補助、マリノは精霊召喚が得意だ。

 マリノが精霊を召喚し、それにメルノが補助魔法をかけて攻撃をしてもらう、という方法で戦っている。

 その日も同じ方法で、討伐条件の3匹目を倒した時だった。


 3匹のビッグイーターの死体は消えるどころか、ふわっと浮いて一つにまとまったかと思うと、アビスイーターに変化した。



「そんなことが……」

“初めて聞く話だ”

「私も、驚いてしまって……」



 メルノは真っ先に攻撃魔法を放ったが、アビスイーターに避けられ、反撃を食らってしまった。倒れたメルノを庇うように立ったマリノは、精霊もろとも一口で飲み込まれ……。



「あの洞穴の奥へ行ってしまったんです。私は動けなくて、意識も霞んできて……」

 メルノが膝の上においた手をギュッと握りしめる。

「ごめん、嫌なこと思い出させた」

 メルノは首を降ると、僕に笑顔を向けた。

「いいえ。それで、そのあとはアルハさんに助けていただきました。アルハさんは、なぜあの場に?」

「僕ら……僕は、フレイムベアのクエストを受けてたんだ。それで魔物の位置を探知してたら、メルノと強そうな魔物の気配がしたからさ。その、余計なお世話かもって思ったんだけど」

 うっかりヴェイグの存在を口にするとこだった。いや、隠す必要あることなのかな。でも高確率で信じてもらえないことだし。

「アルハさんは優しいんですね。お陰で助かりました。何かお礼をしたいです」

「この前の宿屋の件でチャラってことで」

「いいえ、それでは釣り合いません。今回は命を救って頂きましたから。アルハさんに直接お返ししたいです」

「うーん……でもなぁ……」

 何も思いつかない。

「あっ、いけない私ったら」

 メルノが急に立ち上がって、パタパタとリビングから出ていった。かと思いきや、手に革袋を持ってすぐ戻ってきた。

「これ、預かっていました。お返しします」


 そう言って目の前に並べられたのは、アビスイーターのドロップアイテムだった。

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