10 可愛い女の子の家に下宿することになった件

 アビスイーターの瞳と同じ黄色の封石、毒々しい色をした牙が2本、そして抜身の短剣。

「これ……」

 複雑な装飾が施してある白い短剣は、実用性はなさそうに見えた。けど、なんとなく手にとってみたら、武器としてかなり良いものだと分かった。


「いいな。これ、もらっていい?」

 短剣を失ったばかりだからか、ついそう口走ってしまった。ところが。

「元々全てアルハさんのものですよ」

 呆れた口調で言われてしまった。


 ドロップアイテムを拾ったのはメルノだから、という理由で、他の2つは引き取ってもらうことにした。

「引き取ってもらうのがお礼ってことで」

「そういうわけには……」


 とはいえ、本当に二人から貰いたいものなんて、ない。二人にしても、特にマリノなんかあんなに小さいのに冒険者やってるくらいだから、日々の生活すら大変だろうに。そこからお礼をむしり取るなんてできない。

 メルノも考えて考えて考えて……耳から煙でてるけど大丈夫かな、って不安になるくらい考えて。


 そうやって出した結論が。


「アルハさん、この家を宿屋代わりに使ってください」


 だった。



「えーっと、あの?」

 メルノさん、考えすぎて貴女と僕の性別忘れてない? 大丈夫?

「小さな家ですけど、部屋は空いてるんです。狭いかもしれませんが……」

「いや、そうじゃなくて……」

「あ、でも掃除してないからホコリが。これから綺麗にしますので、少し待っててもらえますか?」

「メルノ、あのね。僕は男で、君たちは女性で。ひとつ屋根の下。問題有るよね?」

「宿屋だって不特定多数の男女が寝泊まりするじゃないですか」

「宿屋は個室があって……」

「ですから、個室あります」

 うあー。僕こんな風になった女性の止め方知らないー。

“宿代も長期となれば馬鹿にならん。いい話ではないか、受けたらどうだ。どうせアルハはメルノらに何かするつもりはないのだろう? ところで俺寝てていいか?”

 ヴェイグまで諦めないで! 寝ないで!!


 わあわあ言い合っていたら、マリノが目をこすりながら部屋から出てきてしまった。

「おねえちゃんたち、うるさい……」

 言いつけを守ってちゃんと寝ていたのに、申し訳ない。

「ごめんなさい、マリノ。ねぇ、マリノはアルハさんがこの家に泊まるの、嫌?」

 マリノは眠そうな顔からぱぁっと笑顔になった。

「アルハにい、泊まってくの!? やったー!」

 ぴょんぴょん飛び跳ねだした。くそう、可愛い。


 ともかく、収拾つかないし、ひと晩だけということでお世話になるつもりだった。

 そう、ひと晩だけのつもりだったんだ。



 宿屋を急に引き払うことになったけど、ご主人はキャンセル料を受け取ってくれなかったばかりか、

「あの二人は早くにふた親を亡くしてなぁ。でも、あんたみたいな人が面倒みてくれるんなら安心できるってもんだ」

 と、何かを勘違いしたまま送り出してくれた。


 食料の買い出しのために皆で商店街へ行けば、店先でメルノが一々「恩人なんです」と紹介するものだから、「よかったなぁ」「ありがとうねぇ」「頼んだよ」と、温かい言葉を掛けられる。


 朝起きて、家を出るために荷物をまとめていたら、マリノに「もう行っちゃうの……」と半泣きで見上げられて……。


 そうしてもう一日、あと一日と続けて泊まって……気づいたら10日経っていた。

 こうなると宿屋というより下宿している気分だ。


 食事は全てメルノが作ってくれている。食費を渡そうとしたら断られたけど、食材は喜んで受け取ってくれるので、町で買ったり、クエストのついでに動物を狩ったり、キノコや木の実なんかを採取して渡したりしている。


 クエストも一緒に行くようになった。ギルドにパーティ登録しておくと、一番冒険者ランクの高い人に合わせたクエストを受けられる。ランクアップのための達成回数の計算などが色々複雑になったところで、僕らもメルノたちも、元々お金を稼ぐのが目的だから問題なかった。



「ただいまー……あれ?」

 滞在7日目を過ぎた辺りから、帰宅時には「ただいま」を言うようになっていた。最早自宅のように過ごしている。

 今日も皆でクエストを受けて、メルノ達はギルドへ報告に、僕は食料や日用品の買い出しへと一旦解散した。

 このパターンのときは大抵、メルノ達が先に帰宅しているのに、家の中には誰も居ない。


 [気配察知]は、人には使わないようにしている。プライバシーの侵害はしたくないからね。

 けど、もうすぐ日も暮れるというのに、これは心配だ。

 すぐさま[気配察知]を発動させた。


「まだ街のほうにいる。ギルドの近くだ」

 他に知らない気配が直ぐ側にいて、二人は動きたくても動けないような感じだ。

“何かに巻き込まれているやもしれんな”

 ヴェイグも心配そうに言ってくる。

 荷物をテーブルに置いて、すぐに現場へ向かった。



「ですから、ご遠慮しますと」

「いいじゃねぇか、付き合ってよ」


 大柄な男が3人、メルノとマリノを囲んで何か騒いでいた。男3人はそれぞれ剣、槍、弓を携えていて、冒険者か傭兵といった風体だ。周囲には『心配だけど関わりたくない』という空気が流れている。


 メルノは明らかに困っているし、マリノには弓を持った男が執拗に触れようとしていて、嫌そうにしている。

 何があったかはわからないけど、2人が迷惑しているのはわかる。ならば僕のやるべきことは分かりきっている。


 男たちの前に無理矢理割り込んだ。

「遅いから迎えに来たよ。帰ろう」

 あえて男たちを無視して、2人に手を差し出す。メルノはホッとした顔で素直に手を取ってくれた。マリノに至っては抱っこをせがんできた。今はなだめて、手を繋ぐだけに留める。

 突然の乱入者を呆気にとられた表情で見ていた男たちだったが、すぐ我に返って僕の肩を掴む。

「おい、邪魔すんじゃねぇ」

 日本じゃ身長は高い方だったけど、こっちに来てからは人を見上げることがよくある。今回もそうだ。

 でも、怖いとは全く思わなかった。僕も段々肝が座ってきた気がする。

 無言で振り払うと、あっさり激昂してくれた。


 殴りかかってきてくれたので、遠慮なく反撃する。

 一番大柄な男の拳を片手で受け止めて、そのまま捻って投げ倒した。槍を持ったやつが迷いなく穂先を顔に突っ込んでくるのを、避けて柄を掴み、腕を蹴りつけて槍を奪う。それを持ち替え、こちらを狙っていた弓の弦を斬りつつ、そいつの喉元に突きつけた。


 辺りは一瞬静まり返ったが、僕の耳には感嘆の口笛が聞こえてきた。ヴェイグだ。

「異世界ガラ悪いな」

 ヴェイグにだけ聞こえる声で言うと、

“すまんな”

 ちっともすまなさそうじゃない声が返ってきた。

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